「みんな、この様子を確認したね。それでは松池君、うつ伏せになって」
伊達の指示通り、松池はうつ伏せになった。
一同、これからどんなことをやるのか興味津々だった。事前にツボ一つと聞いてはいたが、いざとなるともっとすごいことをやるのでは、という期待が膨らんでいた。
伊達は「京骨(けいこつ)」に親指を当て、他の指でかかとを包むように持った。そのまま1分ほどだろうか、伊達は静かにツボを押した。松池も含め、なぜ足のツボを押しているのか分からなかった。
「さあ、いいだろう。松池君、立ってみて。そして、もう一度、前屈して」
伊達が自信を持って静かに言った。みんなキョトンとした表情だ。あんなことで身体が柔らかくなるはずかない。内心、みんなそう思った。
松池もゆっくり立ち上がり、半信半疑で身体を前屈させた。
ところが、苦しそうに身体を曲げると思っていた松池が、スムーズに腰を折っていく。余裕を持って掌全体が床に着いたのだ。
これにはまず松池自身が驚いた。当然、他の内弟子も同様だ。
「えっ? なぜ?」
堀田はその状況をそのまま驚いた。
「本当か? 最初からできたんじゃないのか」
龍田は少し疑いながらも、その事態を自分なりに理解しようとした。
「信じられない」
御岳は一番長く伊達の下にいるが、このようなことは初めて見た。そして改めて、伊達の技術と身体の不思議さを感じていた。
「…」
高山は驚きのあまり、無言だった。
伊達はみんなの様子を見た上で、今回のことの説明を始めた。
「みんな、経絡の働きは知っているな。東洋医学では経絡を流れる気血の状態は、その走行部位の状態とも関係があり、流れが悪くなると運動に関係する部分にも影響する。背中には膀胱経という経絡が走っているのは知っていると思うが、今回使った『京骨』というツボは原穴(げんけつ)だ。このツボは膀胱経の代表的なところで、大切な診断点であると同時に治療点でもある。だからここの状態が良くなることで経絡全体の状態も良くなり、結果、身体も柔らかくなった、というわけだ」
この説明を聞いて高山は、整体術の一般のクラスで勉強していた時、ギックリ腰になった木村のことを思い出した。あの時も膀胱経の関係ということで、同じツボを使って藤堂がすぐに回復させた。その時も驚いたが、ツボにはこういう使い方もあるのかと、改めて感心した。
「しかし、ツボが分かったからといって誰にでもすぐに結果が出せるわけではないぞ。相手の条件もあるが、押す側の技術もある。みんなは活殺自在を目指してきているわけだから、『活』のほうでもしっかりした技術を身に付けなければならない。これからペアを組んで、押し方のコツを勉強する」
ツボの効果と使い方の実例を目の当りにすれば、興味が湧かないわけはない。高山たちは伊達のアドバイスに従い、嬉々として稽古を続けた。