伊達は堀田に、仰向けで寝るように指示した。
「先生、うつぶせの触診は良いんですか?」
高山が質問した。まだ内弟子として間がないため、整体術の現場では臨機応変の対応をするということまでは学んでいない。それは状態を把握する場合も含まれるが、今回のように、骨格の状態を診ておくことが必要とされない場合、基本手順としての触診が省略されたり、逆にその状態に応じた問診・触診がプラスされるのだ。そこまでのことを聞いていなかったため、高山だけがこの点を疑問に思った。
伊達からこの点を説明されると高山も理解し、施術を黙って見学することになった。
伊達は足のほうから施術を始めた。主に親指で押すといったことを主体に、足の裏から足首のほうに調整箇所を移動していった。
具体的にどの経絡を意識している、という様子はない。伊達は押しながら堀田の表情を確認している。表情が変化したり、身体をくねらせるようなそぶりをすれば、圧加減を変え、あるいは手の使い方を変え、再度同じ個所にアプローチする。すると、先ほどのような反応はない。
このような感じで調整箇所は下腿部、大腿部と移動したが、調整のメインは内側のほうだ。
大腿部の調整では膝を立て、それを横に倒すというスタイルで行なわれたが、その倒し方は整体術の授業の通り、両手で膝を包むような感じで支え、大切な壊れ物をそっと置くような感じで倒した。
その時の動きは本当にソフトで、あたかも雪が静かに降る時のような感じでそっと行われた。脚部の付け根が動くため、このようなケースを施術する時に乱暴に横に倒すと、それだけで緊張してしまうことがあるが、この感じだと受ける側が緊張することはないだろう、と周りで見ていても感じられる動かし方だ。伊達が普段から言っている、受ける人は身体は壊れやすいガラス細工を扱う意識で行うように、という意味が高山にも理解できた。
さて、足のほうでは指がメインだったが、ここでは掌底部が多用された。結構圧がかかっているように見えるのだが、接触面積が広く、単位面積あたりにかかる力は見た目ほどではない。堀田はむしろ、気持ち良いといった表情をしている。
よく観察すると、圧の方向は何回か繰り返すうちに少しずつ変化しており、単純に押しているのではないことが見えた。時には筋肉を押し伸ばすような動かし方になることもあり、押すという行為にもいろいろあるものだと高山は感じていた。