そして、内弟子稽古の後半をいつも通り続けた。
しかし、この時の稽古は少し異なった。いつもは声が外に漏れないよう、窓を閉めて行なっているが、今回は外から稽古が見えるよう、わざと窓を開けた。
それには理由がある。実は伊達の道場と事務所、教室は一つのビルに入っており、1階が道場、2階が事務所と教室になっている。道場が道に面しているため、大きな気合が外に漏れないよう、普段は防音ガラスの窓を閉めて稽古している。それを今回はあえて開け、稽古の様子を北島たちにわざと見せることで、手出しをしても無理だということを実感させようと試みたのだ。
「さあ、これから組手だ。気合い入れて行くぞ」
伊達が大きな声で内弟子たちに言った。みんなも大きな声で返事をする。その様子は北島たちにも伝わった。
北島たちは何をやっているかを確かめるべく少し近づき、中を覗いた。かなり激しい稽古をしている様子が分かる。
技のスピード、パワーなどはもちろん、突きや蹴り以外に投げなどもあり、素人目に見てもその凄味が伝わってくる。北島たちは顔色を失った。こんなことやっている連中と喧嘩しても、全然歯が立たないであろうことは、中を覗いている全員が感じていたのだ。
伊達があえて稽古を見せたのは、やっている内容が素人の喧嘩のレベルではないことを分からせようとしたのだ。それで相手が恐れ、そのまま引き下がることを期待した。
もちろん、それでも挑んでくる場合がある。だが、激しい稽古を見せることで相手の心に少しでも恐れの気持ちが出てくれば、その後は心理的に有利に展開する。これも兵法の一つで、今後の展開を想定してのことだった。
だから特に組手を重点的に行ない、防具の上からしっかり当て、もんどり打って倒れる様を見せつけた。素人目に見てもそのパワーが理解できるほどの激しさだ。内弟子たちにとってはよくある稽古の一つだが、見たことがなければたいていはびっくりする。それでおとなしく引き下がればそれで良い、と思ったのだ。
案の定、稽古を見ている北島たちの表情からは、ふてぶてしさが消えている。目の様子にも恐れを感じている感じが現れている。それは稽古を指導しながら、伊達も確認した。心理作戦は明らかに功を奏した。
一通り終わった後、いつもよりひときわ大きい声で、終了の挨拶を行なった。内弟子は全員で道場の雑巾がけを行い、松池が外にいる北島たちを無視するような感じで、窓を閉めた。