次の日、午前中は特別な変化はなかった。昨日たむろしていたところには、今朝は誰もいなかったのだ。
内弟子たちはいつも通り道場に集まり、各々身体をほぐしている。松池もその中にいた。
「取り越し苦労か。それならそれで良かったけど…」
松池が一人、つぶやいた。
その日の午後の予定は、内弟子だけの稽古だった。一般の稽古は夕方から始まる。だからそれからの時間帯に注意を払わなければならないが、とりあえずは少し緊張が解けた。
いつも通りの内弟子稽古が始まった。1時間ほど経ち、休憩時間に松池は道場の外を何気なく見てみた。
すると昨日と同じところに、2~3人たむろしている。昨日の連中とは違うが、やはりこちらを意識しているように思えた。松池は龍田を呼んだ。
「慎吾。ちょっと来て。あの中に知っている顔はいる?」
「あっ。あいつ北島だ。黒田の仲間です。やっぱり来たのか…」
龍田の顔が曇った。N県からわざわざやってくる可能性は低いと思っていたが、しつこいという性格が現実化した。
だが、まだ直接こちらに手を出したわけではない。今、龍田たちからアクションを起こしては、非はこちらにあることになる。龍田の件に絡んで来ているのは間違いないので、もうしばらく様子を見ることにした。
もちろん、このことは伊達にも報告した。
「先生、やっぱりやってきました。心配していたことが当たりました。どうしましょう」
龍田が少し不安げに言った。伊達も窓からそれとなく外を見る感じで顔を出し、北島たちを確認した。
すぐに内弟子たちのほうを向いて、静かに言った。
「慌てるな。今は外にいるだけだろう。浮き足立ってどうする。相手が具体的な行動を起こした時に対処する。その時は指示するから、それを待っていなさい」