松池は事務所を出て、みんながいる道場のほうに行った。まだ松池の話は誰も知らないので、いつも通りの雰囲気だ。各々、身体を動かし、それぞれの稽古をしていた。
松池はみんなに集合をかけ、集まってもらった。
「稽古中、申し訳ない。集まってもらったのはちょっと話があるからだけど、今朝から道場の近くに変な連中がいることは知っているかい?」
まず、今朝からのことをみんなが気付いているかどうかを確認した。
「そんなのいるんですか?」
堀田が言った。他のメンバーも同様の反応だった。やはり気づいていたのは伊達と松池の2人だけだった。
「どんな連中? そいつら、どこにいるの?」
松池の話を聞いて、一番強く反応したのは龍田だった。先日の話に関係しているのでは、と直感的に思ったのだ。まだ確証はないものの、これまでそういうことは一度もない。黒田から龍田へのアプローチがあった後のことなので、ここはしっかり確認しなければならない。
龍田の質問に、松池が答えた。
「さっき見た時は道場の入り口の斜め前にある電柱付近だったけど、2~3人いたかな。特別何かやっているわけじゃないけど、今は用心しておかないとと思い、ちょっと気にしてたんだ」
すでに対応する意識はできているので特別な感情はないつもりだが、実際に何かトラブルになると、いろいろ面倒だ。その場合、一番傷つくのは龍田になる。火種が自分だとなれば、最悪の場合、内弟子を辞めることになるだろう。せっかくみんなと仲良くなり、暴走族の世界に戻ることはありえないと自分では決めているが、そのために他のメンバーに迷惑をかけることは望んでいない。だからこそ伊達や他の内弟子にもすべてを打ち明けたわけだが、それが現実化するようであれば、進退も含め考えなければならない。
龍田はちょっと考え、言った。
「俺、ちょっと見てきます」
龍田はそう言うと、すぐに外に出た。知っている顔があるなら黒田の関係というのはすぐに分かる。それを確かめようとしたのだ。
勇んで出て行ったが、松池が言った辺りには誰もいなかった。そこで大立ち回りをするつもりはなかったが、もし黒田の仲間であれば、直接はっきり断ろう、というつもりの行動でもあった。だが、それは肩透かしに終わった。
龍田はちょっと拍子抜けした感じで道場に戻った。そして伊達のところにみんなで行き、松池からの話に絡んで報告した。
「先生、松池さんから話を聞いて確かめに行きましたが、今は誰もいませんでした。ただ、電柱のところには煙草の吸殻が数本落ちていたので、たしかに誰かがそこにいたことは分かります。それが黒田の仲間だったかまではちょっと…」
「そうか。ただ、確認するだけなら遠目からでも良かったな。もし、その場で乱闘騒ぎにでもなったら面倒だ。こういう場合、当事者になる龍田君ではなく、他の人がそれとなく確認したほうが良かったと思うが…」
伊達は龍田の立場を考えてみんなに言った。龍田は龍田で、自分に関係したことだから自分で確認したいと思っての行動だったが、たしかにもし黒田の仲間や黒田本人がいた場合、事の成り行き次第ではその場で何か起こるかもしれない。みんなは落ち着いているつもりでも、ちょっと興奮気味であったことを改めて気づかされた。
伊達の言葉を受け、松池が言った。
「まだ確認したわけじゃないので何も言えないけど、ちょっと注意していよう。俺たちだけならいいが、道場に通う一般の人たちに迷惑をかけるわけにはいかないからな」
今、内弟子の中で一番冷静に考えなくてはならない立場にいるのが松池だ。伊達の意を汲み、ここは冷静に対処することを改めて確認した。もちろん、全員そのつもりで松池の話にうなづいた。
そこで明日から道場の周囲をきちんとチェックするよう、ローテーションやその方法について打ち合わせをした。