数日間、何事もなく過ぎ去った。先日熱くなって話したことが、遠い昔のことのような感じだ。ゴタゴタは起きないほうが良いが、ちょっと拍子抜けした感がある、というのも偽らざる感じだった。
「その後、電話は?」
松池が龍田に尋ねた。御岳がいないため、今は松池がみんなの相談に乗っているような感じだ。龍田のことも意識的に気を付けている。
「別に…。なんかちょっと気が抜けちゃうな」
先日までの様子と打って変わり、すっかり余裕の表情だ。何かトラブルを期待しているわけではないが、いろいろ言っていた割には何のアクションもないので、少し緊張も緩んでいる。それは他の内弟子も同様だ。みんな集まる場でも、この話題は段々少なくなっていた。
だが、1週間ほど経ち、変化が現れた。道場のそばに不審者を見かけるようになったのだ。道場が入っている建物から少し離れたところに数人がたむろし、様子を伺っている感じだ。
内弟子の中では最初に松池が気付いた。何気なくその連中の様子を見ていると、明らかに普通ではない。それは服装、所作などから分かる。一人一人見ると少しずつ異なるが、基本的にはサングラスに革ジャン、たばこを平気で道に捨てる様子、近くを通る人が無意識によけて歩く様など、注意を要する連中だ。時間によって顔ぶれが変わるが、人数的にはほぼ変わらない。交代でこちらの様子を伺っているようにも見える。
まだ確かめたわけではないので確定的なことは分からないが、龍田の件があったので、あまり良い気持ちはしない。龍田に確認させることもできるが、もしもの場合を考え、まず伊達に相談した。
「先生。今朝から変な連中が道場のそばに数人いますが、どうしましょう」
いざとなったらという心づもりはあるものの、何も起こらないほうが良いに決まっている。松池の表情はその「いざ」という時のことまでも意識した状態になっていた。
その心境は伊達にも十分伝わった。何かあったら、然るべく対処しなければならない。伊達も気持ちを引き締めた。
もっとも、現時点では何か起こったわけではない。先日の話に関係した連中である可能性は高いのだが、ただ待ち合わせをしているだけ、と言われてしまえば追い払うわけにもいかない。
伊達は冷静に答えた。
「私も気が付いていた。ただ、どうしましょうと言っても、その連中がどこの誰で、どういう目的か分からない以上、何もできない。今は静観といったところだ。先週のことがあるから、もしかしたら黒田とかいう連中の仲間かもしれないが、別の目的があるのかもしれない。あまり意識過剰になるな」
もっともだ。だが、油断してはいけないので、ここは注意を怠らないようにしておこうと松池は思った。
他の内弟子は道場のほうにいるので、松池は伊達にみんなにも注意するよう話すことを告げ、事務所を出た。