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誘い 6

 次の日、龍田のもとに電話が入った。ちょうど龍田が事務所にいる時だった。そこには全員揃っている。前日、伊達も含め全員で、きちんと対応するという話が通っているので、龍田にとってみればちょうど良いタイミングだった。

 携帯電話への着信だったので、電話番号から相手が誰か分かった。龍田は伊達や他の内弟子たちに目配せし、電話に出た。

「龍田。返事聞かせてもらおうか」

 意外にもいつもの相手とは違い、電話の相手はチームのリーダー、黒田からだった。電話番号はこれまでと同じだったが、かけてきた者が違ったのだ。一瞬、龍田は戸惑ったが、気持ちは決まっているので、何の問題もなかった。今回、黒田が電話かけたのは、龍田が思惑通りの返事をしないので、リーダーとして脅しの意味も含めて電話をかけてきたのだ。

 普通の人なら不安になるような口調で話してきたが、龍田も以前はそういう世界にいた。だから、そういう話し方だけなら何とも思わない。周りの人へ迷惑をかけることだけが心配だった龍田にとっては、その点が解消されたことで、何のプレッシャーにもならない。

 全て相談済みで、しかもはっきりみんなが自分の味方になってもらえるという話ができているので、きっぱり断った。

「入るつもりはないよ。それより黒田。いつまで昔みたいなバカなことやっているんだ。俺たちの時代は終わっただろう。いい加減、そんなことから卒業しろよ」

 龍田は断るついでに説教した。それは黒田の感情を逆なでするものだった。以前は同じ土俵に立っていた者が、今は違う土俵に立っているということにも、黒田としては面白くない部分がある。自分の言うことを聞かないということだけでなく、一歩先に進んでいることを言われたことにも腹を立てている。

「よく言ったな、龍田。お前の考え、よく分かったよ。だがな、俺の性格、知ってるだろう。これだけ恥かかせておいて、ただで済むと思うな。お前の居場所、ちゃんと分かっているからな。しっかり落し前、つけてもらうからぞ」

 そう言って、黒田のほうから電話を切った。

 話の内容は、まるでヤクザの台詞だ。言い方も、先ほどよりは凄みをきかせている。龍田は電話を切った後、話の内容や雰囲気を全員に伝えた。大体の想像はしていたが、ほぼ予想通りの内容だった。

 だが、そういう言い方をしても、たいていはそこで終わり、その後何もないことが多い。いわゆる、捨て台詞だ。だから気にすることはない、という気持ちはあるが、黒田の性格を知っている龍田にとっては、本当に何かするのではないかという一抹の不安は持っている。

 しかし伊達は、龍田が自分の意思を明確にしたことで、第一段階は成功したと考えた。しばらく様子を見なければならないが、今後の対応について説明した。

「龍田君の話だとしつこいらしいから、また何か言ってくるかもしれないし、このまま終わってしまうかもしれない。たしか実家はN県だったな。東京までは距離もあるし、わざわざここまで来るとも考えにくい。用心に越したことはないが、それは武道を学ぶ者としては日常的な意識だ。だから取り立てて気にしすぎる必要はない。いつも通りにやっていくぞ」

 龍田の明確な返事を聞いたところで、改めて全員に内弟子本来の意識に戻ることを促した。

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