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誘い 18

 普段はおとなしいタイプの松池が、この時ばかりは激しく動いた。受けて反撃をする、といったいつものパターンではなく、自分のほうから堀田に攻撃を仕掛けた。上段の連続突きだ。いつもより気合いが入っている。

 ただ、道場と足場が異なるので、今一つ届かない。当たるには当たるが、威力の点で欠ける。すぐに堀田の反撃が行なわれる。松池からの3本目の上段突きが終わるか終らないうちに、中段逆突きで返す。一応突きの間合いなので、試合であればタイミング的には十分な1本だ。黒田の仲間の中には、思わず感嘆の声を漏らす者もいた。しかし、これも十分な踏ん張りがなく、威力に欠けると判断され、1本のコールは出ない。

 初撃は互いに1本とは認められなかった。これくらいの内容であれば、いわゆる試合巧者の戦いのレベルであり、実戦で相手を畏怖させるようなものではない。だから、このようなことを何度見せても、黒田たちが引くようなことはないと伊達は考えていた。もっと激しく打ち合うところを見せ、完全な実力差ということを黒田たち全員に知らしめる必要があるが、この場所での組手はいつもと勝手が違う。内弟子の野外稽古としてはやっていたが、今回はこれまで以上の組手の質が要求されるため、内弟子と言えどもなかなかそういう動きができないのだ。

 互いに呼吸を整え、松池も堀田も変にいいところを見せようという気持ちを捨てるようにした。その辺りは互いの目配せで了解した。先ほどの攻防で、黒田たちを意識するあまり、足場の違いまでに気が回らないことに気づいたのだ。

 そこから2人の組手の内容が変わった。不要な動きはなくなり、地に足をしっかり着けながら居着かずといった、武術本来の足の使い方になってきたのだ。道場稽古やこれまでの野外稽古だけでは経験できないことだった。

 そうなると一つ一つの技が冴えてきた。攻撃を繰り出すほうも鋭くなり、受ける側もぎりぎりで見切る。互いに大きなダメージはない。大変高度な戦いになってきた。まるで約束した上で動いているかのような錯覚すら覚える内容だが、少しでも気を抜けば防具の上からでもダメージがありそうな雰囲気は、素人目にも分かる緊迫感が漂っていた。その雰囲気は黒田たちにも伝わっているようで、2人の組手を見ている目が真剣になり、虚勢の意識も薄れて、ただ組手を見入っていた。

 そういう状態が数分経った後、勝負が着く時が来た。

 堀田が前足である左脚で上段回し蹴りを出そうとした時、軸足が草に絡み、蹴るタイミングが狂ったのだ。松池はその隙を逃さなかった。すかさず後ろ足の右脚で、中段の回転足刀蹴りを出したのだ。タイミング・威力共に完全な1本で、堀田を後方に蹴飛ばした。防具がなければ、確実に肋骨が折れていたであろうことは、誰の目にも明らかだった。伊達から「1本」のコールがあり、松池と堀田の組手はここまでになった。

 伊達は松池と堀田が戦っている間、黒田たちの様子も見ていた。激しい稽古を見せることで、どのような心理的効果が出ているかを観察していたのだ。最初の頃は、まだ松池も堀田も本来の動きができていなかったため、これなら勝てる、といった印象を与えていたようだが、場に慣れ、武術的な戦いになってきた頃から、少しずつ表情が変わってきたのを確認していた。その様子を見て伊達は、この策が効果的ということを改めて感じていた。

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