今度の対戦は、黒田たちの本来のターゲットなっている龍田の番だ。黒田たちの視線が集中した。同時に少しざわついている。松池と堀田の組手を見て内心、浮足立っている者もいる。そういう中で武術の稽古をやっている今の龍田と、昔の龍田とどれくらい違うのかという興味を持つ者もいる。北島は昨日見ているので分かっているが、他の者には分からない。龍田を初めて見る者もいる。世代が違うため、暴走族の現役時代の龍田を知らないのだ。だから、昨日稽古を見ていた北島に尋ねる者もいる。
「北島さん。龍田、どうですか? やっぱり、さっきのやつみたいに強いですか? 俺、さっきの組手を見て、正直ちょっとびびっちゃいました。あれだけ本気で蹴られたら、一発で肋骨折れちゃいますよ」
背を丸め、腰が引けた感じで声も少し震えがちに尋ねた。
「びびるな! 大したことねぇよ。俺が一発でやってやるよ」
北島は後輩の手前、このような答えを言うしかなかった。だが昨日、道場での稽古も見ている分、内心は喧嘩を避けたいという気持ちが大きくなっている。もし喧嘩になれば、龍田だけでなく他の強いメンバーとも戦わなくてはならない。初めから勝てそうな相手ならば強気で行けるが、圧倒的な実力の差を見せつけられたら、どうしても足がすくんでしまう。当然のことだが、これはそのまま伊達の作戦が当たっていることになる。
そうこうしているうちに、龍田と高山の組手稽古が始まった。先程の戦いを見ていたためか、場に合った戦い方になっている。
遠間から飛び込むというより、比較的近い間合いを取り、そこから攻防を行なっている。そのため突き・蹴りともに当たることも多いが、1本というレベルではない。もちろん、素人の喧嘩ではないので、一つ一つの打突は早くて重い。それは傍目で見ていても分かるレベルだ。しかし武術的に見た場合、1本ではない。特に今回の組手稽古では、武技の質を黒田たちにも十分知らしめる目的があるため、確実な1本でなければならないのだ。
また今回の組手は、近間ということもあり、掴んだり投げようとする動作が多いのも特徴だ。ここでは実戦を想定しているため、そのような動きも認めて行なっている。だから、引きが甘かったりするとすぐに出した手足を取られて関節を極められたり、投げられたりする可能性がある。高山と龍田はこのような緊張感の中で戦っているのだ。
龍田が左の上段突きを出した。ややフック気味で、空手で言う鈎突きのような突きだ。高山は左で上段の内受けを行なった。少し巻き込み、引っかけるような感じで受けたため、龍田は引きのタイミングを失った。その瞬間、高山は身体を右側に回転させ、同時に右足をほんの少し後方に引き、それに加えて、わずかに身体を沈めた。手を掴んでいるわけではないが、タイミングよく技がかかったために引くことができず、反射的にこの形で固定された。そのため、高山の身体の動きに合わせてそのまま回転するように体軸が崩れ、倒れてしまった。
高山はすかさず下段突きを放った。
龍田は地面を転がって逃げた。倒れた相手にフルパワーで攻撃することは普通はしないが、この稽古は黒田たちへ見せつける意味もある。だからほんのわずか攻撃のタイミングと場所をずらし、龍田に逃げてもらい、その代わりに地面をしっかり突く、といった形にした。いつも一緒に稽古しているからこそできる阿吽の呼吸だが、防具の奥の表情から互いの心を読み取ったのだ。
突きそのものは本気だったため、その迫力は満点だった。