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誘い 23

 今回の策の中で、さらに心理的に優位に立つために行なわれるのが試割である。そのために用いるブロックは十分用意してある。試割は具体的な対象を用いて技の威力を示そうというものだが、さきほどの突きや蹴り、そして武器が具体的にどれくらいの威力を持っているかを視覚的に見せることになる。これまでの技、あるいは武術としての技が実際に当たればどうなるかということを、黒田たちに想像させる作戦だ。今までやってきた心理的な揺さぶりから既に効果は出ているが、ここでさらに駄目押しすることになる。

 まず、各々の拳足での試割だ。よく見かけるのは瓦などを床の上に重ねて置き、それを正拳、もしくは手刀で割るといったことだ。しかしここでは、もっと実戦を想定した形で行なおうと、吊るし割りという方法が取られた。

 これは文字通り、対象物を吊るした状態で割るものだ。床の上に置いて行なう場合、しっかり固定されているため実は割りやすい。しかし、吊るす場合、固定が不安定なため、大変高度な技術が要求される。今回はブロックの穴に棒を通し、ぶら下げる。実際に戦う場合、相手は直立し、しかも動いているので、同じ試割といっても吊るし割りのほうが実戦に近いのだ。

 割る技は各自の自由ということで行なわれる。まず最初は松池だ。さきほど組手をやった際、きれいな回転足刀蹴りで堀田を倒したが、ここでもその技で割ることになった。組手の技が、どれくらいの威力があるのかを具体的に見せるには、最適の選択だ。

 だが、回転足刀蹴りは文字通り身体を回転させるため、ターゲットの捕捉が難しい。特に今回のように吊るし割の場合、ちょっとしたズレが失敗の原因になる。この点は黒田の仲間の中にも理解している者がいる。

「あの割り方、難しいぞ。うまく当たらず、失敗する可能性が高いな」

 何人かが同様のことをつぶやいている。

 松池は呼吸を整えた。目標とするブロックを見つめている。足場を確認し、左足を前にした正整立ちで構えた。

 ここからは全員の目が一点に集中した。きちんと割れれば稽古として合格点で、今回の作戦としても成功と言える。逆に割れなければ、黒田たちをせっかく心理的に追い込んでいることが無駄になる。最初に行なうというプレッシャーと難易度の高さで、松池はかなり緊張した。

 その緊張を解き放つような感じで大きく深呼吸し、続いて自分を奮い立たせるように気合いを入れた。それを受け、他のメンバーも気合いで返す。気持ちが一つになった。これで割れる。松池の迷いは吹っ切れた。

 気合い一閃、松池の身体が回転し、足刀がきれいに伸び、ブロックに命中した。その瞬間、見事に二つに割れた。松池はその様をしっかり見ていたが、自身の目にはスローモーションで見えていた。最初に行うという大役を見事に果たし、それが成功したことに安堵した。内弟子から拍手が起こる。

 その様子があまりに見事なため、黒田たちの中にも思わず拍手をしようとした者がいた。黒田や北島の目が鋭く光ったためすぐに手を止めたが、敵味方関係なく称賛されるようなきれいな試割だった。

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