龍田と黒田の問題が一応解決した数日後、嬉しい電話があった。御岳からである。
「先生。お元気ですか、御岳です」
今まで通りというより、今まで以上に明るい声だった。
「やあ、しばらく。随分元気そうな声だね。体調はどう?」
久しぶりの電話だ。御岳の体調を気遣って、伊達からは電話をしていない。それだけに御岳の元気な声を聞けて、大変嬉しく思った。
「おかげさまで、随分回復しました。そちらはお変わりありませんか? みんな、元気ですか?」
「あぁ。元気だよ。いつも通り、稽古に励んでいる。みんなも御岳君のことをいつも話しているよ」
少し前に龍田の一件があったが、病み上がりの御岳にそんなことは話せない。ここは何も変わらないという、よくある会話になった。
「ありがとうございます。ところで今日お電話したのは、退院のことなんです。来週の月曜日に決まりました」
御岳の笑顔がはっきり感じられる声だった。やっと病院生活から抜け出せる、といった喜びに満ちていた。
「そうか。おめでとう」
「それで内弟子復帰の件ですが、改めてお願いします。実は入院中にも自分でできることはいろいろやっていて、病人らしくない病人と言われていました。なるべく階段を使うようにしたり、調子が良い時は軽く腕立て伏せなんかもやっていました。もちろん、以前みたいにはできませんが、もう身体を動かしたくてうずうずしています。まだ武術の稽古はできないと思いますが、退院したらなるべく早く戻ります」
すっかり入院したことなど忘れてしまった感じだ。それだけ心身ともに回復した証拠だが、ガンの克服ということも自信につながっているのだろう。
「分かった、分かった。でも無理はするな。病み上がりということは忘れないように。内弟子が逃げるわけじゃないので、慌てなくてもいいよ」
御岳が元気になったのは嬉しいことだが、気持ちだけで何とかなるものではない。ここはまず逸る気持ちを制した。そして伊達は、さらに続けて言った。
「ところで、御岳君はウチに来て何年になる?」
「3年ちょっとになります」
「そうか。もうそんなになるか…」
伊達はちょっと上を見上げ、感慨深げに言った。その様子は御岳からは見えないが、何かの思いがあるかのような感じだった。
御岳には伊達がなぜそんな質問をするのか分からなかったが、話の流れの一つと考えていた。
だが、伊達の心の中には、病み上がりという点が引っかかっていた。癒しはともかく、内弟子の条件である武術修行の点で今後の継続は難しいかもしれないという気持ちがあったのだ。もちろんそれは電話で話すようなことではないし、実際に御岳と会い、身体の様子を確認してからの話になる。内弟子という立場の場合、武術の稽古もプログラムの一環なので、もしその部分に耐えられない場合、かえって辛い思いをさせてしまうかもしれない、という心配があったのだ。もちろん、問題ないと判断される場合は、引き続きしっかり修行してもらうことになる。しかしそれが無理と考えられる場合は、御岳の性格が分かっているだけに余計な負担を背負い込ませることになる。伊達としてはそれができないのだ。
「それで、東京に戻れるのはいつ頃になりそうだ?」
「通常の生活に慣れることも必要なので、退院後、少し実家にいたいと思います。ですからおそらく、1ヶ月後くらいになると思います」
「そうか、みんなにも伝えておく。元気な顔を見せてくれ」
伊達はそう言って電話を置いた。