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アルキメデスの告白
アルキメデスの告白
藤原ライカ
現実世界青春学園
2024年10月08日
公開日
1.3万字
連載中
とある理数系男子のラブコメ 僕の彼女は、陸上部のハイジャンパー。 現実主義者の常識人である彼女と、神童なんて呼ばれて育ち、 自他ともに認める非常識人間と化している僕は、通称アルキメデス。 「わたし、ふつうだから」と笑う彼女は、本音と建前を自由自在にあやつる魔法使いであり、 「知識よりも、ときに経験だよね。世の中、割り切れないことの方が多いんだから」 賢者のような思考で、僕を翻弄する。 そんな彼女を、僕は世界で一番愛している。 僕にとって重要なのは、数学の未解決問題を解くことよりも、 彼女と過ごす学園生活の今このときと、これからと、 できれば最短ルートでたどり着きたい幸せな未来だけ。 そんな僕と彼女の『学園ラブ』な日々。 ・とある男子高校生のエゴイズム

とある男子高校生のエゴイズム

第1話 僕の彼女




 僕にとって必要なのは、大気と水と重力と、愛しい彼女だけ。




♡  ♡  ♡  ♡




 世界の人口は80億人を突破し、90億人を突破する日も近い。


 とある機関の統計では、世界の人口は、1分間に約130人、1日でおよそ20万人。この規模で、日々増加しているという。


 僕の予想では、もっと、もっと、増えていくだろう。


 17歳、自己中心的な僕の気持ちとしては―― いやだな。


「オスが増えすぎる」


 もし、この地球上に僕と彼女だけしか存在しなかったら……


 究極に愚かで最上の仮定をしてみた。


「僕とミナミだけの世界。それは、地上の楽園だ」


 僕は、霧島きりしま りょう


 問題の多い男子高校生だと、自覚している。


 僕の言動に対して、凡庸な科学者たち。只の偉そうな者たち。電気分解どころか因数分解を忘れたような大人たちに、


「このまま成長していけば、いずれ危険人物になるのではないか」


 そう口にされていることは、承知している。


 もっと詳しくいえば、僕という生体の人間性は最悪だ。


 傲慢で、不遜で、偏屈。


 辛辣で、冷淡で、毒舌。


 第3者の評価は、おおむね正解。間違ってはいない。


 ただし――


「彼はもうすでに、我々を見下している。自分の力を過信し、いつか暴走するだろう。他国の甘言にのせられ、利用される可能性もある。いっそ、国の監視下におくべきだ。憂慮さえる事態が生じたとき、いったい誰が、彼を止められるんだ。暴走した彼には、我々の声が届かないだろう」


 それは、間違っている。


 僕は、最初からアンタたちを見下していた。


 僕は、凡庸な科学者ではないし、偉そうではあるが、自分の力量を見誤るほど馬鹿ではない。


 それに、耳は良い方だ。とくに彼女の声は、とても良くきこえる。


 たとえばそれが、激しいノイズ音が交錯する工事現場であっても、ガヤガヤと静まることをしらない休み時間の教室であっても。


「アルキメデス、やめて」


 彼女がひとこと、そう云ったなら、


「うん」


 僕はすぐに止まれるから。


 僕を止められる唯一の人。


 彼女の名前は、東山ひがしやまみなみ


 僕は14歳のとき、陸上部のハイジャンパーだった彼女が、追い風を最大限利用して、助走から得た加速度で踏切り、完璧な空中姿勢で空を跳ぶのを見た。


 ニュートンの美しい運動方程式を、彼女は体現していた。


 15歳で


 17歳の春、彼女とクラスメイトになって、そして、告白。


 その夏いろいろあって、問題の多い僕は「彼女の彼氏」になった。


 ひとつ白状すると、彼女を前にすると僕は――凡庸以下に成り下がる。


 これは、同じ学校、同じクラスの僕と彼女の、とある日の放課後の出来事




アルキメデスの告白


~ とある男子高校生のエゴイズム ~





 夏休みが間近にせまった、ある日の教室。


「ねえ、アルキメデス」


 うしろの席の彼女が、僕を呼んだ。


「なに、東山さん」


 理数系が突出して得意な僕を、彼女は「アルキメデス」と呼ぶ。


 大昔の科学者の名前で呼ばれるのは、少し気恥ずかしいけれど、彼女が呼びやすいなら、それでいい。


「今日、部活が終わったあとで、ピザ食べに行かない?」


 彼女が手にしているのは、近頃オープンしたピザ屋の優待券だった。


「兄貴の友だちがバイトしているらしくて、今日までMサイズが無料なの。どう?」


 僕は即答する。


「いいよ」


「よかった。アルキメデスは、ピザとか好き?」


「うん、好きだよ」


 ピザなんかより、もっと好きなのはキミだけど。


 僕を「アルキメデス」と呼んでいいのも、「キミだけ」だけど。


 今月オープンしたばかりのピザ屋は、僕たちが通う修英館高校から海側に歩いて20分のところにあるらしい。


「おまたせ」


「おつかれさま」


 陸上部の練習を終えた彼女を校門で待ち、手をつないで歩く。僕の至福のとき。


「夏休み、もうすぐだね。そういえば、アルキメデスがイタリアに行くのって、来週からだった?」


「うん」


「ご両親と久しぶりに会えるね。何年ぶりくらいに会うの?」


「2年と46日ぶりかな」


「へえ。楽しみだね」


「……うん」


 これは限りなく嘘に近い、絶望的な「うん」だ。できれば僕は、行きたくない。彼女と付き合いはじめた最初の夏を、いっしょに過ごしたかった。


 しかし――ここ数年、イタリアを拠点に仕事をしている両親から、


『お母さんとお父さんは、涼ちゃんに会えなくて寂しいです』


 要約するとそんな内容の手紙が、長々と便箋3枚にぎっしりと書かれ、航空券といっしょにエアメールで送られてきた。


 僕からしてみれば、両親は非常にアナログな人間だと思う。航空券などインターネットで予約できるし、いまどきならチケットレスだろう、と思う。


 手紙なんかよりもメールの方がずっと速くて便利なのに、いつまでたっても利用しようとしない。


「ねえ、アルキメデスのご両親って、どんな人」


 彼女に訊かれ、


「進化よりも退化を望んでいるような人たち」


 そう答えたら、彼女は少し難しい顔をして、それからすぐに笑顔になり、


「なるほど、なんでもかんでも便利になればいいってもんじゃないよね。アルキメデスの両親はきっと、地球にやさしい精神の持ち主なのね」


 ひどく哲学的なことを云った。


 地球にやさしい、ってなんだろう。


 哲学的な彼女と、防波堤沿いの道を歩く。


 夕暮れに反射する海を見て、「きれい」と喜ぶ彼女が、派手なレモン色に塗られた建物を指差した。


「あっ、あそこだよ」


 反対車線には、そこだけ場違いにヤシの木が植えられ、店の周辺には人工的な砂浜らしきものが造られている。近くに海はあるものの、公道越しに見るあきらかに、不自然な光景だった。


 しかし彼女は、


「へえ、なんとなくカリフォルニアのオシャレなビーチにありそうなお店だね。アメリカ行ったことないけど~」


 この不自然さを、すぐに受け入れていた。


 僕の彼女は、哲学的であり、柔軟な思考の持ち主だ。


「なんだか、お腹すいてきちゃった。はやく行こうよ」


 少し早歩きになった彼女に手を引かれ、ヤシの木に囲まれた店に近づく。そこで、僕の至福度は一気に急降下。半減した。


 不自然なヤシの木の下にある、すぐに色褪せそうな真っ白なベンチに、大馬鹿者と割箸わりばし女のカップルがいた。





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