僕にとって必要なのは、大気と水と重力と、愛しい彼女だけ。
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世界の人口は80億人を突破し、90億人を突破する日も近い。
とある機関の統計では、世界の人口は、1分間に約130人、1日でおよそ20万人。この規模で、日々増加しているという。
僕の予想では、もっと、もっと、増えていくだろう。
17歳、自己中心的な僕の気持ちとしては―― いやだな。
「オスが増えすぎる」
もし、この地球上に僕と彼女だけしか存在しなかったら……
究極に愚かで最上の仮定をしてみた。
「僕とミナミだけの世界。それは、地上の楽園だ」
僕は、
問題の多い男子高校生だと、自覚している。
僕の言動に対して、凡庸な科学者たち。只の偉そうな者たち。電気分解どころか因数分解を忘れたような大人たちに、
「このまま成長していけば、いずれ危険人物になるのではないか」
そう口にされていることは、承知している。
もっと詳しくいえば、僕という生体の人間性は最悪だ。
傲慢で、不遜で、偏屈。
辛辣で、冷淡で、毒舌。
第3者の評価は、おおむね正解。間違ってはいない。
ただし――
「彼はもうすでに、我々を見下している。自分の力を過信し、いつか暴走するだろう。他国の甘言にのせられ、利用される可能性もある。いっそ、国の監視下におくべきだ。憂慮さえる事態が生じたとき、いったい誰が、彼を止められるんだ。暴走した彼には、我々の声が届かないだろう」
それは、間違っている。
僕は、最初からアンタたちを見下していた。
僕は、凡庸な科学者ではないし、偉そうではあるが、自分の力量を見誤るほど馬鹿ではない。
それに、耳は良い方だ。とくに彼女の声は、とても良くきこえる。
たとえばそれが、激しいノイズ音が交錯する工事現場であっても、ガヤガヤと静まることをしらない休み時間の教室であっても。
「アルキメデス、やめて」
彼女がひとこと、そう云ったなら、
「うん」
僕はすぐに止まれるから。
僕を止められる唯一の人。
彼女の名前は、
僕は14歳のとき、陸上部のハイジャンパーだった彼女が、追い風を最大限利用して、助走から得た加速度で踏切り、完璧な空中姿勢で空を跳ぶのを見た。
ニュートンの美しい運動方程式を、彼女は体現していた。
15歳で
17歳の春、彼女とクラスメイトになって、そして、告白。
その夏いろいろあって、問題の多い僕は「彼女の彼氏」になった。
ひとつ白状すると、彼女を前にすると僕は――凡庸以下に成り下がる。
これは、同じ学校、同じクラスの僕と彼女の、とある日の放課後の出来事
アルキメデスの告白
~ とある男子高校生のエゴイズム ~
夏休みが間近にせまった、ある日の教室。
「ねえ、アルキメデス」
うしろの席の彼女が、僕を呼んだ。
「なに、東山さん」
理数系が突出して得意な僕を、彼女は「アルキメデス」と呼ぶ。
大昔の科学者の名前で呼ばれるのは、少し気恥ずかしいけれど、彼女が呼びやすいなら、それでいい。
「今日、部活が終わったあとで、ピザ食べに行かない?」
彼女が手にしているのは、近頃オープンしたピザ屋の優待券だった。
「兄貴の友だちがバイトしているらしくて、今日までMサイズが無料なの。どう?」
僕は即答する。
「いいよ」
「よかった。アルキメデスは、ピザとか好き?」
「うん、好きだよ」
ピザなんかより、もっと好きなのはキミだけど。
僕を「アルキメデス」と呼んでいいのも、「キミだけ」だけど。
今月オープンしたばかりのピザ屋は、僕たちが通う修英館高校から海側に歩いて20分のところにあるらしい。
「おまたせ」
「おつかれさま」
陸上部の練習を終えた彼女を校門で待ち、手をつないで歩く。僕の至福のとき。
「夏休み、もうすぐだね。そういえば、アルキメデスがイタリアに行くのって、来週からだった?」
「うん」
「ご両親と久しぶりに会えるね。何年ぶりくらいに会うの?」
「2年と46日ぶりかな」
「へえ。楽しみだね」
「……うん」
これは限りなく嘘に近い、絶望的な「うん」だ。できれば僕は、行きたくない。彼女と付き合いはじめた最初の夏を、いっしょに過ごしたかった。
しかし――ここ数年、イタリアを拠点に仕事をしている両親から、
『お母さんとお父さんは、涼ちゃんに会えなくて寂しいです』
要約するとそんな内容の手紙が、長々と便箋3枚にぎっしりと書かれ、航空券といっしょにエアメールで送られてきた。
僕からしてみれば、両親は非常にアナログな人間だと思う。航空券などインターネットで予約できるし、いまどきならチケットレスだろう、と思う。
手紙なんかよりもメールの方がずっと速くて便利なのに、いつまでたっても利用しようとしない。
「ねえ、アルキメデスのご両親って、どんな人」
彼女に訊かれ、
「進化よりも退化を望んでいるような人たち」
そう答えたら、彼女は少し難しい顔をして、それからすぐに笑顔になり、
「なるほど、なんでもかんでも便利になればいいってもんじゃないよね。アルキメデスの両親はきっと、地球にやさしい精神の持ち主なのね」
ひどく哲学的なことを云った。
地球にやさしい、ってなんだろう。
哲学的な彼女と、防波堤沿いの道を歩く。
夕暮れに反射する海を見て、「きれい」と喜ぶ彼女が、派手なレモン色に塗られた建物を指差した。
「あっ、あそこだよ」
反対車線には、そこだけ場違いにヤシの木が植えられ、店の周辺には人工的な砂浜らしきものが造られている。近くに海はあるものの、公道越しに見るあきらかに、不自然な光景だった。
しかし彼女は、
「へえ、なんとなくカリフォルニアのオシャレなビーチにありそうなお店だね。アメリカ行ったことないけど~」
この不自然さを、すぐに受け入れていた。
僕の彼女は、哲学的であり、柔軟な思考の持ち主だ。
「なんだか、お腹すいてきちゃった。はやく行こうよ」
少し早歩きになった彼女に手を引かれ、ヤシの木に囲まれた店に近づく。そこで、僕の至福度は一気に急降下。半減した。
不自然なヤシの木の下にある、すぐに色褪せそうな真っ白なベンチに、大馬鹿者と