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第3話 修英館高校野球部



 そして放課後――


 図書室の1番大きな机を囲むように、僕を待っていたのは……


「1番 サード 須藤です!」


「2番 セカンド 遠藤です!」


「3番 センター 後藤です!」


「4番 キャッチャー 加藤です!」


「5番 ショート 伊藤です!」


「6番 ライト 斉藤です!」


「7番 ファースト 工藤です!」


「8番 レフト 尾藤です!」


「9番 右のエース 佐藤です!」


「同じく9番 左のエース 近藤です!」


 総勢10名の野球部の主力メンバーだった。


 なんでこんなことに?


 理解不能な事態に、僕の顔が険しくなっていく。


 それを見た観音寺が、


「変人くん、キミって野球部に人気があったんだね」


 今にも噴き出しそうな顔をしていた。


 巨大企業の御曹司であるこの男、観音寺ハルノブ。


 本来であれば、県内ワースト5の私立高校などにいるのはおかしいのだが、とある割箸女に惚れて、エスカレーター式の有名私立校の高等部に進学することなく、修英館高校を受験。


 僕とミナミが付き合いはじめたちょうどそのころ、この男と割箸女・水沢さんもまた付き合いだした。


 今日の昼休み。


 いつものように弁当を持って、僕たちのクラスまでやってきた観音寺は、僕が赤点バッテリーの勉強をみることになったと知り、


「へえ、面白そうだから放課後、僕もついて行こうかな」


 そう云って、勝手についてきた。


 掃除当番の彼女と水沢さんも、あとから様子を見にくるそうだ。


 水沢さんいわく、


「万が一、キリシマが加藤と佐藤の頭に、本気で電気を流そうとしたら、ミナミしか止められないじゃん!」


 ということだ。


 それにしても、どうして2人から10人になっている?


 僕が教えると云ったのは赤点バッテリーだけだったはず。


 冷ややかな視線を、佐藤と加藤におくる。


「キミたち以外に教えるつもりはないよ」


 僕の言葉に、佐藤と加藤をのぞく野球部がざわつきはじめ、そのうちの1人が、恐るおそるといった感じで手をあげた。


 センター後藤だ。


「あの、俺……観音寺くんと同じクラスで、放課後、野球部を集めた勉強会が図書室であるって聞いて」


 冷ややかな僕の視線は、センター後藤から観音寺へ。


「どういうことだ、大馬鹿者」


「どういうことも何もないよ。僕はただ『 放課後、C組の変人くんが野球部に勉強を教えるんだって~ 』って、クラスで話しただけだ」


 こうなることが判っていて、観音寺は云ったにちがいない。


 相変わらずのすっとぼけ御曹子だ。


 観音寺と同じA組の野球部は、センターの後藤をはじめ、サード須藤に、セカンド遠藤、ファースト工藤の4人。


 今度は、ショートの伊藤が手をあげた。


「俺はA組の野球部のヤツから『 放課後、図書室集合 』のメッセージが回ってきて、同じB組の斉藤と尾藤と近藤に伝えたんだけど」


 情報の伝達だけは、異様に速く正確な野球部だった。


 最後に、4番でキャプテンの加藤が頭を下げた。


「頼む、キリシマ! 今年の野球部の主力は俺たち2年なんだ。そして俺たち全員、もれなく赤点ギリギリなんだよ!」


 冷ややかだった僕の目が、だんだんと遠くなっていく。


 なんてことだ。


 赤点バッテリーではなく、赤点チームじゃないか。


 そうしてはじまったテスト勉強。


 結論からして ――野球部の主力10名は、僕の想像を遥かに凌駕りょうがするアンポンタン集団だった。


 修英館高校の教師たちと同じ苦悩を、僕はいま、身をもって経験している。


 同時に教えられる許容人数は3名だと、早々に判断した僕であったが、そこをなんとか5名まで教えることにして、残りの5名は勝手についてきた観音寺に丸投げした。


「え~~~~、変人くんは人づかいが荒いなあ~~~」


 そう云いながらも観音寺は、


「じゃあ、まずは皆が苦手そうな古典からにしようか」


 主に文系教科を中心に教えはじめた。


 そして僕は、「数学からだ」当然のごとく理数系から教える。


 僕の目の前で、従順に数学の教科書を開くのは、5教科のなかでもとくに「数学が危機的状況なんだ」と話す、須藤、遠藤、伊藤、工藤の内野陣と、左のエースである近藤の5名。


 教えはじめてから3分。


 早くも僕は、自分の忍耐力の限界を感じた。


 彼らの数学レベルは「危機的」どころか「壊滅的」な状況だった。


 忍耐力の限界を感じたのは、僕だけじゃなかった。


「いいかい、キミたち! 何度も繰り返すけど『 古今集 』の撰者は『 土佐日記 』を書いた紀貫之で、『 新古今集 』の撰者は『 小倉百人一首 』で有名な藤原定家だよ。全部カタカナで書いてもいいから、間違わないで!」


 となりで古典を教えていた観音寺も、さっそく青筋を立てている。


「ちがうよ、佐藤君、道長じゃない! 藤原テイカ! なんでもかんでもミチナガにしない!」


「ご、ごめん」


「加藤君、コクラ百人一首じゃない! オグラ百人一首!」


「えっ、オクラ?」


 漢字の読み書きで、すでにかなりの時間を費やしていた。


 勉強会がはじまってからというもの、ずっとこんな調子がつづき、僕と観音寺の精神力、忍耐力がマイナス水域まで下降したとき。


「アルキメデス、おつかれさま。どう、調子は?」


「おっ、やってる。あれ、ハルくんも教えてるの?」


 教室の掃除を終え、図書室に現れた大好きな彼女と、やっぱり付いてきた水沢さん。


「東山さん!」


 僕は彼女を見て涙目になり、


「み、水沢さ~~~~ん」


 観音寺は涙声になった。




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