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第2話 赤点バッテリー



 僕は修英館高校の教師ではないから、佐藤と加藤を相手に、てんてこ舞いする気はさらさらない。


 よって「断る。他をあたれ」にべもなく、断固拒否。


 僕と彼女がいる窓際の席に突進してきた彼らを冷たく見返し、うるさいハエのごとく追い払う。


 冷たい態度で1度断れば、いつもなら無理強いすることなく退散する彼ら。しかし、今回はちがった。


 主語しか理解できない佐藤が、僕の右脚にすがりつく。


「そんなこと云うなよ~~ キリシマ~~」


「頼むよ~~ 俺たち試合に出られなくなる~~」


 一か八かですべての回答に <to> を入れようとしている加藤は、僕の左脚にすがってきた。


 基本的に僕は、男だろうが女だろうが、彼女以外の人間から気安く触れられるのを好まない。


 それゆえ、たいして親しくもないクラスメイトの男子2人が、よりにもよって両脚に絡み付いてくる現状は――


 はなはだしく、不快だ。


「キミたちが試合に出ようが出まいが、僕にはまったく興味がない。ついでに野球に関しても、1ナノも興味がない」


 さきほどよりも、さらに辛辣に云いはなつが、男子2人はしがみついたまま一向に離れようとしない。


 右脚の佐藤が訊いてくる。


「1ナノってなんだよ~~」


 左脚の加藤も訊いてくる。


「1ミリより上? それって、けっこう興味あるってことか?」


 自分の例え方の失敗に、僕は今さら気が付いた。


 彼らは、赤点まっしぐらの野球部だった。


「1ミリメートルは1メートルの1000分の1で、1ナノメートルは、1メートルの10億分の1だ。長さとしては原子レベル。つまり僕は、キミたちのことも野球のことも、原子レベルで興味がないと云っている」


 わりと丁寧に説明したにもかかわらず、


「原子レベル!? なんかカッコイイな!」


「キリシマって、原子レベルの野球好きなんだな」


 まったく話しが通じない彼らに、僕のイライラがつのっていく。


 授業中ならまだしも、彼女と過ごす中休みまで邪魔してくるとは……なんて迷惑な2人なんだ。


 自然と僕は、彼女との時間をいつも邪魔してくる、あの無神経なお邪魔虫カップルを思い出した。


 水沢さんは相変わらず、部活帰りの彼女を遠慮なしに誘う。


「ミナミー、駅ビルに新しくできた100均に行こうよ!」


 帰宅部なんだから、行きたければひとりで行けばいいのにと、僕は日々、不満を持つ。


 水沢さんの後ろには、いつもコバンザメのように観音寺がくっついてくるし、部活帰りの彼女と帰ることを平日の楽しみにしている僕としては、


「そうだなあ、ちょっと行ってみようか、アルキメデス」


 彼女にそう云われたら、付いて行かざるを得ない。


 したがって、なぜか4人で街をブラブラするハメになる。


 これ以上、僕と彼女の時間を邪魔するヤツらはいらない。


 椅子に座わった僕の見下ろす先には――


 右脚に、2年生エースの佐藤。


 左脚に、4番でキャッチャーの加藤。


 彼らは大迷惑カップルならぬ、大迷惑バッテリーだ。


 邪魔する者は、徹底的に排除しなければ、第2、第3のお邪魔虫を生むことになる。


 僕はこれ以上ないというほど、冷淡かつ、冷酷かつ、冷然なる視線を、あきらめの悪い佐藤と加藤に向けた。


 視線を受けた佐藤は「ヒッ……」と小さな悲鳴を上げ、加藤はビクリと身体を震わせる。


 ふたりの顔が蒼白になったところで、僕はトドメとばかりに冷酷無比な言葉を投げつけるべく口を開きかけた、そのとき ――


「野球部の試合って、夏の地区大会?」


 それまで成り行きを見守っていた彼女が、迷惑バッテリーへと声をかける。


 青い顔でコクコクと首を縦に振るバッテリーを見て、彼女が云った。


「ねえ、アルキメデス。この2人に赤点を取らせるのは、ちょっと考えものだよ」


 それは、どういうことだろう?


 去年の夏から今年の春までの野球部の戦績について、彼女は説明してくれた。


「去年の夏はベスト4、春のセンバツはあと1歩だった。だから今年の夏はいよいよもって、『 甲子園 』が現実的になってきたわけだよ」


「うん、それで」


「甲子園初出場となったら、まずまちがいなく全校生徒で応援にいくと思うな。そうすれば、わたしとアルキメデスも甲子園に行けて、夏の思い出がまたひとつ増えるよ。それには地区大会で、エースと4番に活躍してもらわないと」


「……東山さんと甲子園」


「うん、バスで車中泊とかできちゃうかも。きっと楽しいよ」


「……東山さんと車中泊」


「わたし、1度でいいから甲子園のアルプススタンドで応援してみたかったんだよね~」


 彼女は僕を見て、手を合わせた。


「だから、お願いアルキメデス。うちのエースと4番が赤点を取らずに済むように、なんとかしてあげて」


 ―― 甲子園のアルプススタンドで応援したい。


 それが彼女の「願い」だったとは。


 両脚にすがりつく2人を振り払うようにして立ち上がり、僕は勢いよく指を突きつける。


「おい、そこの赤点バッテリー」


「はいっ!」


「ハイッ!」


 佐藤と加藤は、反射的に正座をした。


「東山さんは甲子園に行きたいそうだ。僕はその願いを是非とも叶えてあげたい。そこでだ……」


 僕は、ピッチャー佐藤に訊く。


「赤点さえ取らなければ、甲子園出場は可能なんだろうな」


「はいっ! 俺も甲子園のマウンドで投げたいです!」


「佐藤、昨シーズンの防御率は?」


「はいっ! 2.42です!」


 悪くない。


 つづいて、キャッチャー加藤に訊く。


「加藤、昨年の打率は?」


「ハイッ! 3割7分8厘、ホームラン22本です!」


 チーム打率は不明だが、個人としてはかなりの高打率だ。


 彼女が云うように、佐藤と加藤が試合に出られないとなると戦力ダウンは大きく、地区大会突破はかなり難しくなると考えるべきだろう。


 つまり……


 東山さんの「願い」を叶えるには、このバッテリーの地区大会出場が必要不可欠というわけだ。


 大好きな彼女との時間が減ってしまうのは非常に不本意だけど、仕方がない。


「わかった。今日からテスト前日まで、僕が、キミたちに勉強を教える」


「本当か! キリシマ!」


「やった! これで赤点回避!」


 喜ぶ赤点バッテリーを、僕は鋭い視線で見下ろした。


「ひとつ云っておくけど、僕が教えるからには、それ相応の覚悟はしてくれ」


「覚悟?」


 加藤が日に焼けた顔をポカンとさせる。


「はっきりいってキミたちの脳機能は、使用率3パーセント未満の無能レベルだ。それをテスト前日までに最低10パーセントまで引き上げてやる。そのかわり、何をされて文句は云うなよ。僕の求めるレベルに達しないと判断したときは、即座に科学的方法に切り替える」


「カガクテキ方法?」


 佐藤がポカンと口をあけた。


 主語しか理解できない佐藤でも判るように、僕は例をあげた。


「経頭蓋直流電気刺激法。たとえば出来の悪い脳に、直接電気を流すくらいのことを、僕は平気でやるってことだ」


「……脳に直接」


「電気刺激……」


 佐藤につづき、加藤の顔もサアーッと青ざめていく。


「それで良ければ、放課後、図書室で待っていろ」


 云いたいことを云い終えたとき。


 中休みの終了を告げるチャイムが鳴った。




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