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とある男子高校生のテスト前

第1話 テスト前



 県内偏差値ワースト5の修英館高校では、中間、期末テストの1週間前になると、すべての部活動が休止になる。


 そしてこの時期、生徒も教師も、それまで感じられなかったほどの熱意をもって授業に向き合うことになる。


「いいかあっ! 大事なのは、ここだ、ココ! 教科書の25ページ! <We play baseball.>  一般動詞の後ろにつづくのは、目的語! 主語 + 動詞 + 名詞 !」


 教師が教壇で唾を飛ばしているが、真剣な目で教科書と黒板を見つめる生徒たちの多くが首をかしげた。


「メイシ……主語 + 動詞 + ……えっ、先生、モクテキ語はどこにいったの?」


「それは、イコールだよ! 名詞は文法用語で目的語だって、5分前におさらいしたろ?」


「えっ、でも先生、ノートに <I listen to music.> って書いてある。それじゃあ、<to> ってヤツがモクテキ語、それともメイシ?」


「それは~~~っ! 昨日の最後におさらいしたヤツ! 動詞が、自動詞か他動詞になるかでかわってくるんだよ。教科書の28ページに一覧があるだろ。前置詞が必要なのが自動詞! 前置詞なしで単独で使えるのが他動詞!」


「ああ~ もうダメだ~ メイシとかモクテキ語とか、ゼンチ詞とかタドウ詞とか、俺、主語しか理解できない~」


「だからさ、<to> ってなんだよ。どれに付けるの? もう一か八かで全部に付ければいいのかよ~」


 教科書の狭い範囲を行ったり来たり。


 授業は白熱しているが、いっこうにテスト範囲は進まない。


 この光景は、何度見ても不思議だ。




アルキメデスの告白


~ とある男子高校生のテスト前 ~




△  △  △  △




 僕の名前は、霧島きりしまりょう



 問題の多い男子高校生ではあるが、目的語がどれかは判るし、品詞の区別はつけられる程度の知能指数はある。


 頭脳に関していえば、主に理数系に特化している僕ではあるが、10年ほどの海外生活のおかげか、教科書25ページから28ページの範囲は、英語の教師よりも理解している。


 生徒と教師のこんなやり取りを目にした入学当初、僕は小学校に来てしまったのかと少々面食らったが、いまではこれが当たり前なのだと理解している――が。


 普段はまったくといっていいほど授業に集中していない彼らが、この時期だけ猛烈に勉強したくなるのはナゼなのだろう、と不思議に思っていた。


 僕の疑問に答えてくれたのは、大好きな彼女。


「赤点になると、校則で試合に出られないからね」


「アカテン?」


「そう、落第点のこと。アルキメデスはとったことがないから判らないよね」


 彼女の説明によると、定期テストにおいて一定の水準点に達していないことを落第点や赤点と呼ぶそうだ。


 赤点の場合、校則で部活動が制限され、公式試合、練習試合などへの参加が認められないという。


 僕が見る限り、私立修英館高校に通う生徒の6割は、体育会系の部活動に所属している。


 そのうち県内でも強豪と呼ばれているのは、野球部、ついで水泳部、テニス部、陸上部といったところで、公式、非公式を含めた試合や競技会に出場することが多い。


 そして客観的にみて、毎度テストがあるたびに悲痛な声をあげているのは、野球部、ついで水泳部、テニス部、陸上部といった具合だ。


 要するに、強豪であればあるほど赤点の恐れがあるということから、校訓として高らかに掲げてはいるものの、修英館高校において「文武両道」とは「机上の空論」なのだ。


 体育会系に属する彼ら、とくに野球部はテスト期間が近づくたびに教師たちをてんてこ舞いにさせ、授業は終始彼ら中心に進む。


「学校生活からテストが無くなりますように!」


「寝て起きたら、テスト1ヶ月前に戻ってないかな……そしてもう1回寝て起きたら、テスト1ヵ月後とか」


「3日間だけでいいから、教科書を一瞬で丸暗記できる異能力にめざめないかな……」


 そんな神頼み以下の言葉が、そこかしこで囁かれるテスト前。


 多くの生徒にとっては、最悪の1週間かもしれない。


 しかし僕にとっては、幸せな日々のはじまりだ。


 なぜなら、中休み、昼休み、放課後。


「アルキメデス、この数式ってさあ」


「どれ、これはね」


 大好きな彼女と過ごせる時間が、いつもよりずっと多くなるから。


 テスト6日前の火曜日。


 中休み――窓際の前から4番目の席に座る彼女が振り返る。


「ねえ、ねえ、アルキメデス」


「なに、東山さん」


 彼女のすぐ後ろ。前から5番目の席に座る僕に、


「さっきの自動詞と他動詞だけど、何か簡単な見分け方とかってあったりする?」


 英語の教科書を開いたままの彼女は、蛍光マーカーで構文にアンダーラインを引きながら訊いてくる。


「そうだな。普段使っているとあまりに気にしたことはないけど、しいていえば……」


 いつものように、彼女のためだけに教えはじめたときだった。


「それ、俺にも教えてくれ!」


「キリシマ、そんな便利技があるのか?!」


 僕と彼女の幸せな時間に、土足で踏み込んできたバカ2人がいる。


 もっとも赤点に近い体育会系。


 野球部の佐藤と加藤だ。




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