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第86話 情報提供者

 美歌が織り成す音は、離れた前線に向かって包み込むように広がっていく──。


「飛び出てきたときの威勢はどうしたの? 金木瑠那! いくら威力のある魔法が使えたって、詠唱する時間もなければ使い物にならない!」


「うるさいわね……」


 何度目かの反論だが、続く言葉は出てこなくなった。


 残念ながら物部芽依の挑発は的確だったし、何よりも走り回り過ぎてもう吐息しか出てこない。


 日頃のレッスンやライブでダンスを披露しているとはいえ、間髪入れずに突き刺そうとしてくるナイフから逃れ続けるのは至難の技だった。


(……思った以上にやるわね。これは、勿体ぶらないですぐに発動すればよかった……) 


 当初の作戦はこうだ。有門が敵の攻撃を防いでいるその後ろから、魔法をぶつけて弱らせていく。最後、敵の動きが鈍くなったところで精霊魔法をお見舞いして鮮やかな勝利。


(──でも、実際は、有門は完全に物部に動きを止められて、魔法は詠唱すらさせてもらえない。逃げ回るだけでは、いずれ私か有門が傷を負えば一気に勝負を持っていかれる)


「くそっ! 全然当たらねぇ!!」


「だから、当たるわけないよ! 君の剣はどこを狙っているのかすぐに分かる」


「このっ!!」


 ロングソードが振り下ろされる。剣先を僅かに右に避けると、細いレイピアが顔面目掛けて高い唸りを上げて突いてくる。


 剣でガードすると、猫目の少女は後ろへ下がり、また有門のロングソードが空を斬る。この繰り返しだ。動きは完全に読まれ制御され、意のままに踊らされているだけ。


「ちっ!!」


 体力が残るうちならばまだいい。問題は体力が切れたそのとき。少しでも反応が遅くなれば、一つでも判断を誤れば、鋭利な細剣が顔面を貫き即退場となる。


(その前に、なんとかしないと!)


 最悪の想像を振り払うと、瑠那はバイコーンの角から作ったピンクの杖を構えた。


 魔法を詠唱しなくても、魔法を発動させる方法は2つある。1つは、事前に魔法を貯めておく【詠唱プール】。そしてもう1つが、詠唱を省略する【詠唱省略】。そのうちすぐにでも使用可能なのは、詠唱省略のみだった。


(……本当は取っておきたかったんだけど、しょうがないか?)


 詠唱なしでどんな魔法でも発動可能な詠唱省略は強力なスキルだが、反面、一度限りで対象にした魔法の使用回数が0になってしまうというデメリットも大きいスキル。この先に待ち受けている渚に対するときのために、温存しておこうと考えていたのだが。


(やるしかない、か? このままじゃ押しきられてしまう。一発逆転を狙うなら──)


 後ろに跳んだ物部芽依に目を取られる。天地を逆さまに回転するその頬が弛んだ。


(? ──まさか!!)


 一回転して音もなく着地に成功した少女は挑発的な笑みを湛えて瑠那を見据える。


「金木瑠那。詠唱省略使ってもいいんだよ」  


 読まれている。こちらの手札も作戦も。


「手を止めてリン。少し話がしたいから」


 出された命令に素直に従い、西條凛は繰り出そうとしたナイフを引っ込めた。火の魔法を纏わせていたのか、赤く色付いた刀身が鈍色に戻っていく。


「詠唱プール。リンのナイフにはあらかじめ僕のラピダとマルラピダをエンチャントしておいたんだ」


「なるほどね。それなら、詠唱省略のスキルも知ってておかしくないか。私がそれを切り札に取っておいたことも最初から気付いてたの?」


「違うよ。情報提供があったんだ。トップアイドルの瑠那だけじゃない、車椅子のアイドル美歌も、浦高センターのすずも、あの復讐に燃えていた侍もそこのこれといった取り柄のない筋肉ダルマも」


「あんだと!!」


 剣を振り上げた有門を「黙って」という言葉とともに左手を伸ばして制止する。猫目の少女が何を言わんとしているのか、その先を早く聞きたかったからだ。


「私達はともかく、車田直人の復讐のことを知っている人は限られている。あなたたちの情報提供者って──」


「うん! 変なフードを被った男だよ。僕とリンはそのまま『フード男』って呼んでるけど」


「フードって……あいつか!!」


「そう、そのあいつ。キモいぐらいに5人のことを知ってたよね。スキルから戦い方から、見た目から、性格まで。あとは、どんな生き方をしてきたか、までね」


 挑発的な瞳はそのままに意味ありげな含み笑いが現れる。釣られてわかりやすいくらいの動揺を見せる有門とは対照的に、瑠那はいつものアイドルスマイルを作った。感情を消したような完璧な笑顔。


「それで私が詠唱省略スキルを持っていることを知ったのね。戦い方も。道理で苦戦するはず」


「そうでしょ? いくらお金でスキルを買ったってさ、どう使うかわかるんだから、攻略は楽勝だ──」


「それで。わざわざそのことを話してどうするつもり?」


 相手の言葉を遮るのは効果的だ。こちらがイニシアチブを取る上では。


 瑠那は、何事にも流れというものが存在すると思っていた。その流れに上手く合致すれば、上昇気流に乗って高く羽ばたくことができる。


 今までのたかが二十数年の人生の中でだって、瑠那は流れに乗って進んできた。浦高に入学を決めたときも、センターに選ばれたときも、卒業後も、流れを掴み取ってきた。それは、今このときも同じだった。だからこそ、自信満々にこう言えるのだ。


「経験に裏打ちされないデータを知って何の役に立つの?」


 髪の毛を耳にかけると、瑠那は自信たっぷりに杖を振るった。

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