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第20話 機体回復魔術

「はいゆっくり外してー。ゆっくりねー。装甲材は回復対象外だから曲がった分は自分で打ち直すんだよー」

 ルティがヘルブレイズの手のひらに行儀悪くあぐらをかいたまま、面倒そうに指示する……のをスマホを通して軍用通信へ中継するリューガ。

 足を鋼像機ヴァンガード三機は仰向けに寝かされ、無事に着地できた僚機によって脚部を取り外され、さらに装甲を剥がしてもらっている。

 装甲をつけたままだと回復魔術がかけられないのだ。装甲が食い込んでしまったまま修復されれば、整備環境で改めて修理しようにも構造材と装甲材が癒合してしまって結局大規模な取り換えが必要になるうえ、機能も戻らない。

『申し訳ない。鋼像機ヴァンガードの足は自分の足より大事にしろと常々言っているのですがね』

『まー、ロケット推進器なんて鋼像機ヴァンガードに背負わせようってのが無茶だけどねー』

 申し訳なさそうにするサーク隊長に、ルティは面倒そうにしつつ同情する。


 今からやろうとしているのは、損傷した脚だけを外して集め、範囲魔法で一気に回復する、ルティ曰く「究極の現地整備」。

 鋼像機ヴァンガードの四肢は、その全てが「一個の生命体」として回復を受け付けるようにできている。

 もちろん実際には生きてなどいない、せいぜいゴーレムの駆動原理が仕込まれただけの機械装置に過ぎないのだが、ルティら魔術に秀でた先人たちはそれを欺く術を編み出していた。

 ルティに言わせれば鋼像機ヴァンガードの強みは戦闘力より何より、この特性による整備の簡便さにあるという。

 それぞれが戦闘個体であり作業個体にもなる柔軟さは、四肢の取り外しや再装着といった最低限の相互整備補助を容易にしている。

 最悪、整備員がいなくとも、パイロット二人と専用修復器、それを駆動する魔力溶液エリクシルリキッドが用意できれば、中破以下の損傷なら戦線維持できる……というのは破格の省力化だ。

 まあ、そんな態勢では武装や装甲をいじることができないので、実際は何度も戦うのは非常に心もとない、というのは置いておくとして。

 今回は動けるようにするだけでいい。

 専用修復器の代わりに、ルティが手ずから回復魔術を使うことでそれを実現しようというのだった。

『はい、ガワ外し終わったらどいてどいてー。処理対象以外が近くにいると除外処理面倒だからさー。余計な魔力使わせないでねー』

 ヘルブレイズの掌の上でハンドサインを作り、地面に降ろさせるルティ。

 タタッと軽快に降りようとして、思い切りよろけて転び、メガネが外れて転がり、手探りでしばらく探してから再装着。

 リューガは何も言ってないのにジロリとヘルブレイズを睨み、呟いた声はちゃんとマイクに入る。

『リューちゃん、笑ったからおこづかい2割カット』

「理不尽すぎんか!?」

 笑ってない、とは言わないのがリューガである。どうせコクピットカメラは動いているし。



 改めてルティは高空の風に三つ編みをなびかせながら杖を地に打ち付ける。

 装甲を外して並べられた脚部、片足分だったり両足だったりで、総計4本。

 20メートル級の鋼像機ヴァンガードの足となれば、一本一本がちょっとした大型車両と言ってもいいスケールだ。

 ルティは一定のリズムで古木の杖で地面を打つ。

 脚部を囲うように薄い魔法陣が浮かび上がり、立体化して燐光を放ち始める。

(あれだけ派手な魔術も使えるんじゃのう……)

(あいつ、普段はずっと机仕事だもんな)

 ヒューガとリューガは、ルティが魔術師であることは知っているが、あまり実際に魔術を使っているのは見たことがない。

 自称「天才エンジニア」である彼女は、その生活のほとんどを使って設計や研究に没頭しており、魔術を手ずから使う機会自体がない。

 理論的に魔術を応用したデバイスが社会を支えている現在は、ハンターでもやらなければそもそも生の魔術の出番がない、という事情もある。

 今回は特別も特別だ。

 ヘルブレイズが曲がりなりにも稼働するようになったからこそ、こんなチャンスが来たのだろうな、とヒューガは思った。


 杖をグッと掲げて、魔術を発動する。

 赤から黄金色に変わる燐光が漂い、魔法陣の中心に吸い込まれ、旋風のように逆渦を描いて散る。

 ヘルブレイズのオーラと同じ色の光は、つまりはルティの魔術の「癖」でもある。

 フレーム強化システムの根本に彼女の組んだ魔術式があるので、結果的にあの禍々しい色彩が現れるのだ。

 とはいえ、リューガはこの色彩は強そうなので気に入っている。基本的にリューガは、ヒューガに比べてそういうところの趣味はちょっとイタい傾向があった。

 それはともかくとして、ルティの展開した魔術は当然、回復術であり、効果は即座に表れる。

 かけられた脚部それぞれがギギギッと音を立てて震え、折れたり曲がったりしていた構造材が元の形状へと戻ろうと蠢く。

 内部の結線やシリンダー類が見えているところはさらに生物的な挙動を見せ、そのさまは見る者の感覚によっては「グロテスク」と表現したくなるだろう。

 ルティ曰く、大量の構成要素を一斉に修復することができるなら、いずれにせよグロテスクになるのは避けられないとかなんとか。

 そして、そんな美しくも醜悪な再生処理が5分ほど続き、やがて四本の脚部から軋む音も震えも消える。

 そこで、ようやくルティは杖を下ろした。



『はい、おしまい。接続してー。つけられる装甲は適宜装着、歪んじゃったやつは廃棄。ちゃっちゃとやんないと調査する前に日が暮れちゃうよー』

『各員、復元作業に入れ! 二番機は三番機の補助ののち、残りの作業を共同で進めろ! 俺は先行調査に出る!』

『隊長だけで!? 一機での行動は危険です、作業が済んでから……』

『ヘルブレイズも同行だ! そもそもお前らが丁寧に操縦してればとっくに始められたんだぞ! これ以上の遅延は許容できん!』

「勝手に決めてるわねー。まあ、どうせ六機で歩き回るのは大所帯が過ぎるし、別にいいけどー」

 再びコクピットに乗ってきたルティが耳元で呟く。少しだげ疲労が感じられる。

「さすがにあの規模の魔術はお前でも大変だったわけか」

「回復魔術はべつにー。杖をずっと上げてるのがキツかっただけー。トシは取りたくないものねー」

「絶対トシの問題じゃねーぞそれ。ろくに運動もせんとコンソールやタブレットにかじりついとるからじゃ。背筋弱っとるんじゃ」

「う、運動してないわけじゃないしー? よく低機能ゴーレム乗ってるしー?」

「あんなもんに乗って降りるだけを運動と呼ぶな」

 鋼像機ヴァンガードに比べれば全高は低いが、それでも5メートル程度はあるのが格納庫の低機能ゴーレムだ。

 その上部に登るには、ちょっとした身軽さとバランス感覚は確かに必要だが、だからといって立派な運動かと言われると首を傾げるところだ。

 そもそも乗るのは別に作業に必須ではない。低機能ゴーレムにもちゃんと頭部や腕部カメラはついているし、タブレットなどに映像を転送することもできる。

 わざわざ乗るのは単にルティが高いものに乗るのが好きなだけで、それは本人の身長が低いコンプレックスのせいでは……と、リューガは疑っている。

「外に出ろ。ジョギングしろ。せめて歩け」

「医者みたいなこと言うじゃんー……」

「医者にも言われてるんかい」

「20年ぐらい行ってないけどー」

「行かんか! ただでさえ食生活ゴミじゃろうに!」

「医者みたいなこと言うじゃんー」

「ループするでないわ!」

(次に何かで倒れた時は問答無用で軍医呼ぼう)

(軍医、エルフ診られるかのう?)

(オーガや獣人診てんだからエルフ診られないってのもない……と思う)

 下手に回復魔術や簡易魔術による回復キットがあるおかげで、医者に直接かからなくとも、ある程度は何とかなってしまう時代だ。

 だからこそ病気が手遅れになる、というネットの噂を思い浮かべ、ヒューガとリューガは次のチャンスがあったら絶対診せよう、と決めた。義理でも何でも家族には違いないのである。


 無理を押してまで鋼像機ヴァンガードで乗り込んだ理由は、初期調査だ。

 何があるかわからないから困るのであって、迎撃兵装がないのなら、気球などのごく原始的な手段で乗り込む手も使える。

 そして、過剰な力を持つモンスターなどが確認されないなら、生身のハンターたちを使って人海戦術が取れる。

 空中「都市」といっても、ただ平らな地面が浮かんでいるわけではなく、上下何層にもわたる厚みがあり、鋼像機ヴァンガードでは中まで入り込めない。どちらにしろ徒歩での調査は必要だ。

 しかし何しろオーパーツとさえ言われる構造物だ。どんな危険があるかわからない。鋼像機ヴァンガードで探れる分は探っておかねばならない。

「200年前じゃろ? 鋼像機ヴァンガードでかかっても危ういようなモノは有り得んと思うんじゃがな」

鋼像機ヴァンガードを過信し過ぎないでねー。鋼像機ヴァンガードの攻撃力は魔王大戦時の存在としては過剰だけど、防御力はそんなでもないんだからー。当時の技術でも鋼像機ヴァンガードを倒すこと自体は難しくはないからねー」

「そういうものかの?」

「例えば、転位魔術を悪用されたら簡単にやられると思わないー? コクピットに直でなんかされるとかさー」

「ぬぅ……」

 あくまで、鋼像機ヴァンガードは「巨大モンスターを狩る戦力」として最適化された存在。

 それ以外の相手に対しても優位に立てるかというと、必ずしもそうではない。

 ルティはそう言っているのだ。

「まあ転位を使うってのは極端な話にしてもー。鋼像機ヴァンガードが不得意な状況なんていくらでも思い付くし、ヒトの遺産ならそこを突いてくる代物な可能性はいくらでもあるのよー。油断は絶対しないようにねー」

「200年も過去のモノ相手に、余裕でいられんのはなんとも歯痒いのう」

「……200年も過去、ねー」

 ルティは歩行に合わせて揺れるモニターを見つめながら、呟く。


「200年かけて、追いついただけ……なのかもよー」

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