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第21話 滅亡のかたち

 空中都市表面の建物は、随分とボロボロだ。

 当然、人の気配はない。

「まだ誰か住んでたら面白いんじゃがな。……エルフならいけそうなもんじゃが」

「エルフをなんだと思ってんのよー。っていうかこんな空の上で暮らして何が楽しいのよー」

「何が楽しいって言われると……地上にいても変わらん気がするがのう」

「全長ざっと2キロかそこら。厚さからして上下3層か4層……こんな広さで周囲と断絶して生きていくとして、大した人数抱えらんないわよー」

「そうか? 前線都市と大して環境変わらんじゃろ」

「前線都市は周辺と人的、物的なやり取りがある前提で作られてるし、あくまでその後版図を広げるための種子だからねー。本当に単独ピンになったら10年と保たないわよー。繁栄の絵図がない状況でヒトの集団が自己制御できる期間なんて長くないわー」

「そんなもんかのう……」

「たとえパンケーキ並みに美味しい魔力生成ペーストみたいな技術があるとしても、これから死ぬまで何の夢も叶わないしどこにも行けないって状況で満足して生活できるわけないのよー。いずれ絶望が集団を蝕んで滅びに向かうわー」

「…………」

 絶望が、人を殺す。

 笑い飛ばせればいいのだが、そうはいかない。


 空中都市より遥かに大きな、今ヒューガたちに「本国」と呼ばれている国は、実際に崩壊の危機に瀕した。

 超巨大モンスターという新種の厄災に見舞われ、人類が対抗できずに次々と大陸を明け渡した数十年間。

 それらの大陸から次々と難民が流れ着き、たった一国しか存在しない小さな大陸は、すぐに人で溢れ返り、延々と住宅が密集する中で飢餓と治安悪化で最悪の状態になった。

 食料に関しては、流れ着いた亡国の技術者によって開発された「魔力生成ペースト」と「水合成魔術システム」のおかげで生きていく最低限は保証されるようになり、治安に関しても、徐々に強められた軍隊による統制である程度は歯止めがかかったが、それだけだ。

 限られた土地、限られた将来。

 旧国民と流入者、種族間、男女間、貧者と富裕者、健常者と傷病者、老人と若者……あらゆる分断が頻繁に惨劇を生む日々。

 ただ生きるために必要な栄養を、日々配給で与えられる泥の塊のようなペーストから摂取し、ただ糞をして過ごす。

 やり場のない怒りと不満が渦巻く荒れた街で、命が誰かに奪われるまで、ただ待つ。

 その日常に耐えられなかった人々は、次々と自ら命を絶っていく。

 それは、今も海の向こうで続く絶望の世界だ。


「前線都市」は、そんな日常を生きる人々にようやく与えられた希望の光だった。

 モンスターの跋扈する世界に再び飛び込む危険と引き換えに、美しく機能的な街に住まい、教育を受け、差別なくネット環境を与えられる。それが表向きに希望者を集める「エサ」ではあったが、彼らの真の希望は「戦えば、未来を得られる」ということ、そのものだ。

 この状況になってたった数十年だが、人々は理解した。

 広がる未来がなければ、人は生きられない。

 巨大モンスターに蹂躙される恐怖より、戦うこともできずに朽ちる絶望の方が、魂を蝕む。

 だからこそ、各地に次々と築かれる前線都市には、滅んだ国々の敗残の民がこぞって手を上げ、乗り込み、ハンターとして剣と銃を取った。

 そんな現在進行形の歴史があるからこそ。


「……こんなところで200年も生活できるわけがない、か」

「あるいは、どっか地上の一部と計画交流してたっていうならまだわかるけどねー。そんなんだったら幻扱いされないわよねー……」

「あるとすれば、亡国の埋蔵金か、あるいはそれを守る番犬か……というところか」

「そんなもんを無為に飛ばしとく理由もわかんないけど、まー延々飛んでること自体が意図的とも思えないのよねー」

 物々しいロケット推進器を背負ってズシンズシンと先行する、太く武骨なダイアウルフと、その後ろを影のように静かに歩む、細く黒いヘルブレイズ。

 改めて両者の姿を見る者があれば、あまりにも雰囲気の違う取り合わせに戸惑うことだろう。

 しかし、ここには誰もいない。

 人が作り上げたというには立派過ぎる構造体でありながら、ただただ風雨と崩壊の痕跡だけが続く。



「さっきから気になってるんだけど……壊れてるトコ、極端よねー?」

「うん?」

 ルティの指摘にリューガも歩行操作を止めて、近くにある建造物の残骸を見る。

「わりとまんべんなく崩れてるかなーと思ってたんだけどー……壊れてないトコはホントに綺麗に残ってる。てことはー……」

「ってことは、何じゃ」

「……壊されなきゃこうはならない、ってことよねー?」

「何当たり前のこと言っとるんじゃ」

「全然当たり前じゃないでしょー!」

 シートをガクガク揺すろうとして、体重と腕力が足りないので自分だけがガクガク揺れるルティ。

「つまり、経年劣化じゃなくてってことよー! 幻のオーパーツをー!!」

「い、いるじゃろそりゃ!! 200年も漂っとるなら!!」

「普通に考えたらそうはならないでしょー! ここ上空2000メートルよー!? なんでそんなとこにわざわざ乗り込んで壊しまくるのよー!!」

「……戦ったってことじゃろ? ここにいた何かと、ここに来た誰かが」

「それが何なのかって話をしてんのよー!」

「それこそ防衛兵器がおったならいくらでも大規模戦闘になるじゃろ!」

「それはなーい!」

 ルティは言い切る。

「少なくとも防衛兵器戦でこんな広範に破壊するわけないのよー! ここを守る目的の兵器なら建造物を盾にするはずないし、攻撃側も不用意に大規模破壊したら墜落させちゃって何も得られないんだからー!」

「それを構ってられんほどの戦いの可能性はあるじゃろ。この都市自体が攻城するとか……」

「そんな戦いがあったらそれこそ歴史に残るわよー! なんのための構造物なのかわからなかったから幻にされてんのよー!」

「ぐぬ……そ、それこそ誰ぞが探検の際に大規模戦闘したとかも有り得るじゃろ」

「こんだけあっちもこっちも壊すのに、制約級大魔術何発必要だと思ってんのよー! ただの探検家がどんだけ火力持ち込んでんのよー!」

「我が知るか!」

「だからおかしいって話してんのよー! どういうシチュでこんな破壊しまくったのかって話よー!」

「興奮し過ぎじゃい! こちとら操縦桿握っとんじゃぞ! 足踏み外したら2000メートルじゃぞ!!」

 ルティのテンションがやけに高いな、と思ったが、数瞬置いて「当然か」と納得するリューガ。

研究所うちを出てまで行きたがる場所なんてそうなかったからのう……)

(よその鋼像機ヴァンガード展示会でもあんまりテンション上がらないしな)

(あれは待ってればそのうち設計図や資料手に入るってのもあるんじゃろうし)

 引きこもり気質のルティは、興味の中心が建造中の鋼像機ヴァンガードにあり、好奇心が外に向くことがそうそうなかった。

 とはいえ、外と言っても決まりきった街並みとモンスター蔓延る大自然という環境では、仕方ないところもある。エルフは珍しいのでどこでも居心地が悪いし、わざわざモンスターと戦って小遣い稼ぎを画策するほど貧乏しているわけでもない。

 彼女視点では久々に現実に現れた「面白い物」なのだ。

「バトったのは……順当に考えたら空中都市側はバルディッシュ帝国の上層部の誰かだとしてー……時期は絞れるわね、。つまり、防御側がいたとしても、建造から数年以内。で、攻撃側はー……」

「そんなもん普通に調べが進めばわかることじゃろう?」

『いや、ヒューガ君。それは違うぞ』

 今まで黙って先行していたサーク隊長が通信で口を挟む。

『歴史というのは、誰かが仮説を考えなければ形にはならない。どんな証拠も、思考する人間が「材料」として集めて、初めて何があったかを証明するんだ』

「サーク……隊長」

 リューガは一瞬迷ってからヒューガの口調をエミュレートする。

 ヒューガに人格ごと戻るのは操縦中は危険だ。体の変化も戻ってしまう。

『教科書に書かれている歴史は、事実そのものじゃない。たくさんの証拠を集めて、誰かが仮説を組み上げて、それは99%までは事実だろう、と推測されている事に過ぎない。それに反する証拠が存在していることもあるし、実はさらに前に原因が見つかって、意義がひっくり返る事件もある。……酷い体制だと、丸ごと「なかったこと」にされる歴史もな』

「なかなか小難しいことを言う」

『俺のいた国の歴史はそうだった。滅んで逃げ出して、そこで初めて、教わったことが嘘っぱちだったのを知った。地元では偉人だった国王が、他国では狂犬扱いされていたよ。歴史を常に考える者は必要だ。俺は学者にはなれないが、それを研究する大切さはわかるつもりだ』

 サーク隊長の出身地は、比較的近年になって滅んだのだろう。彼の年齢がまだ30代かそこらなので、20年かそこら前というところか。

 それでもヒューガにとっては生まれる前の話だ。「本国が唯一の残存国家」という世界になる前のことを、ヒューガはあまり想像できない。

 そんな会話をよそにブツブツ言っていたルティは、何か納得いく筋書きを思いついたのか、いつの間にか落ち着いていた。

「こりゃあ……あるのは予想外のものかもしれないわねー……♥」

「どういうことじゃ」

「調べが進めばわかることよー♥」

「それ、さっきの我の台詞」

「実際、調べなきゃなんにも確かめられないのはその通りだしー♥」


 二機の鋼像機ヴァンガードは、空中都市の中心部に足を踏み入れようとしていた。

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