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第22話 戦いの痕

「こりゃあ……ひときわ派手じゃな」

鋼像機ヴァンガードが取っ組み合いしてもこうはならないわよねー」

 船に例えるなら甲板中央。

 最上部にして中央部はすり鉢状になっており……そもそも、すり鉢状に作られたわけではなかろう、というのは素人目にもわかった。

 中央部は崩れて二層目が露出し、一層目は丸ごと陥没していた。今まで地面であった高さに足場がないのだ。

 重心で考えても、この都市の真ん中に何もなかったとは思えない。一番立派な建造物を置いたであろう。

 それが、ただの瓦礫の穴になっていた。

 内側で何かが暴れた結果か、上から何か巨大なモノが落下攻撃をした結果か。

「確認するが、200年前にはまだ災害級ディザスター超越級オーバードもおらんのじゃよな?」

「まあ、それに匹敵する化け物がいなかったわけじゃないけどねー」

「おったんかい」

「魔獣兵器の怖いところって単純に異様な魔力量を生み出すという点であって、それを効率使用するって方向ではないからー。攻撃力的にはあれ以上のもいたっちゃいたのよー。……鋼像機ヴァンガードだって単純な保有魔力量そのものが災害級ディザスター並みってわけじゃないでしょー?」

「まあ……そうじゃな」

 魔獣兵器は「巨体で手の付けられない巨大魔力を発生させ続ける」という点が唯一最大の強みだ。

 魔力が異常に多いから、何もしなくても多少の魔法はかき消してしまう。

 魔力が異常に多いから、人間がコントロールできる程度の低レベル知能は全て自動的に洗脳してしまう。

 魔力が異常に多いから、自らの頭脳が原始的であっても感覚的に魔力を振るい、飛び道具として使えてしまう。

 ひたすら「量は力」なのである。

 それに対して鋼像機ヴァンガードが互角に戦えているのは、同等の魔力でがっぷり四つの戦いをしているわけではなく、効率的に、集中的に魔力を破壊力として叩き込むことができるからだ。

 同じ理屈で、魔王大戦当時も、攻撃能力だけで言えば同等以上の兵器や魔物は存在した。

「そういう存在がこれをやった、ということか」

 軽く翼をはためかせ、すり鉢の中に進入するヘルブレイズ。

 足場が悪くても、軽くホバリングすれば問題ない。応用の利く高性能な翼ならではの操縦術だ。

 ダイアウルフの急造飛行装置では、そんな繊細な飛び方はできない。サーク隊長はガラガラと崩れる足場に四苦八苦しつつ、砂丘をずり落ちるような不恰好さでヘルブレイズに続く。


 陥没穴の中心は、まるで泥沼だった。

「これは……」

「粉々の瓦礫に雨がかかって、垂れて集まって、半端な植物じゃ薄い空気に適応できずに、ただ埃が泥として溜まりに溜まって……って感じかしらねー」

「あんまり靴で下りたくはないのう」

「かといってヘルブレイズでドスドス歩き回るのはよくないわねー。元々が人間用の施設を鋼像機ヴァンガードの足で歩き回っちゃ、何踏み潰すか分かったものじゃないわー」

「今更じゃねーかの」

「特に鋼像機ヴァンガードで戦う相手もいなさそうだし、降りて探索するわよー」

『不用意ですよ博士。調べ切ったとはとても言えんでしょう。敵が急に出てきたらどうするのですか』

「そんときは隊長さんヨロー♥ 一機待機してれば充分でしょー」

 ヘルブレイズに膝をつかせ、地面に対して手を差し出させた状態でハッチを開ける。

 飛び出していったルティに続いて、リューガも少し迷って腰を上げる。

 座っていてもやることがないし、サーク隊長と雑談という気分でもない。

 彼のパイロットとしての腕は信頼しているが、一回り以上も年上の中年男と仲良くお喋りする才能は、リューガにもヒューガにも乏しかった。

(後は任すぞヒューガ)

(急に投げるじゃん)

(ヘルプレイズを乗り回すところまでが我の担当じゃぞ。降りて細かいことをやるのはお前ヒューガで良いじゃろ。居るのがルティだけならともかく、人目のある今はお前ヒューガの真似をせねばならんのも面倒じゃ)

(身体能力上がるお前リューガの方が、探検には向いてる気がするんだけどなあ)

(別にお前ヒューガでもやってやれんことはないじゃろ?)

(そりゃガチのパルクールってんでもなきゃ、できることはできるけどさ)

(探検ではなく、身体強化の話じゃ)

(…………)

 リューガに指摘され、少し難しい顔をしながらハッチを出るヒューガ。

 わざわざやったことはないが、同じ体だ。リューガがどんなふうに自分に秘められた力を引き出しているのかは、感覚として共有はしている。

 が、少しだけ念じてみて……やめる。

「そんなに必要な場面でもない。それに俺は抑制状態にんげん担当だ」

(ビビリめ。暴走が怖いんじゃろ)

「少なくとも今いきなりそうなったら意味わかんねえだろ」

 暴走。

 ヒューガの体のポテンシャルは、引き出し過ぎれば制御不能になる可能性を秘めている。

 そう言われただけではあるし、実際に限界を試したわけでもないが……言われる根拠は、ある。

 別に切羽詰まっていない今、それを試みるのは全く意味がない。ヒューガはそう考えて、思い付きの無駄な「実験」をやめ、普通にヘルブレイズの装甲を蹴り、跳ねて、泥濘の地面に駆け下りた。


 靴が沈む。

 泥に粘り気はなく、そして息をすれば空気が薄い。

 心肺機能だけでも「強化」を、と少しだけ心が動いたが、多少息苦しい程度でそこまですることもない、と再び自制する。

 先に下りたルティは両手でワンドを握りながら、荒々しくも静寂に満ちた「爆心地」で、ぐるりぐるりと何度も周囲を見回す。

「改めてバカみたいな規模ねー」

「この都市がか。破壊規模か」

「どっちもよー。……あれ、ヒューちゃんになったんだ?」

「今の一言で分かんのかよ」

「だってヒューちゃん発音にクセあるしー?」

「クセあるのリューガあっちの方じゃねえの!?」

 軽口を叩きながらも二人で歩き回る。

 ここで何が起きたのか。

 何が何と戦ったのか。ここが「開戦地点」なのか「終戦地点」なのか。

「あっちに向けて撃って、こうなるとしてー……拮抗の形跡がないのが違和感あるのよねー。この破壊規模で物理オンリー戦士ってことはまずないはずだけどー……」

 ルティは相変わらずブツブツ言いながら、ワンドで線を描くようにして戦いに思いを馳せている。

 しかしいちいち独り言を聞き返すのも鬱陶しいかと思い、ヒューガは一人で周囲を見回し、歩き回ってみる。

 一応、市販の限定魔剣を一本だけ持ってきている。カーゴパンツのポケットに入れようと思えば入れられる大きさなので、邪魔にはならないかと思って持ち込んだ。

 買えば結構するはずの道具だが、ルティの研究材料として研究室の片隅にあったのを拝借してきたのだ。ルティはこういった品は一通り弄り回したら忘れるタチなので、存在自体覚えていないだろう。

「わざわざ持ってきておいて使えなかったらギャグだな……」

(使えなくなったら柄尻が黒くなるみたいなことネットに書いてあったじゃろ)

「同じ型かどうかわかんなかったし、そもそもルティの『弄った』ってどういうことなのか怪しい」

(……まあ技術屋じゃからのう)

 ルティの場合、バラして適当に改造して飽きた、という場合も有り得る。その場合、元と同じ道具であるかが保証されない。

 起動してみたらただのマグライトにされていた、なんてことも有り得るのだ。

 いや、マグライトならいいが、手榴弾なんかにされていたら……。

(……万一でも使わんほうがよくね?)

「だな……」

 ポケットに突っ込んだ手を抜く。

 いざとなったら自分で戦おうとはせず、近くの大人に頼りましょう。学校の防犯のしおりにもそう書いてある。

 ルティやサーク隊長機の目の届かない場所には行かない。それが一番だ。

 とはいえ、爆心地のような穴の底だ。隠れようと思ったってそうそう陰になる場所はない。

 むしろ、敵が隠れられるような場所がないか、と探す方が早い。

 それにしたって多くははない。堆積した泥をぺたぺたと踏んで進み、階層を貫通したその縁に近づき……。

「!!」

(なんぞ……!?)

 ふいに、何かがいることに気づく。

 いや。


「石……像……?」


(美術品……にしてはおかしい……こんなところに台座もなしか……?)

 そこにあったのは、杖にすがってうずくまりながら、それでも顔を上げようとする一人の女の像。

 身に纏う服はボロボロで、疲れ果てたと思しき姿勢にはリアリティがあって。

 それでも前を見ようとする、立とうとすらしている、その姿には不思議な迫力があって。

 もしもこの像に題名があるなら「不屈」というのが相応しいか。いや、「絶望と希望」のほうが似合うだろうか。

 何より、その石で掘ったとは思えないほどの精緻な造形で表現された、凛々しくもどこかあどけない面差しが、ヒューガの眼を惹きつける。

「……なんて、綺麗な……」

(ヒューガ! ボケるな、だからおかしいじゃろ! 美術品を置くにしちゃあ変な位置じゃ! バルディッシュ帝国とやらは通路の真ん中にこんなもん置くんか!?)

「知らねえけど……置くかもだろ。美術館じゃないんだから……」

 芸術家の中には時々変な奴もいて、作品が誰も手の触れられないケースに入れられて見せびらかされるのはおかしい、という考えをするのもいると聞いたことがある。

 なんにしたってノーザンファイヴにその手の芸術的施設はなく、ヒューガやリューガもそういう展示を実際に見たことはないので憶測なのだが。

 リューガの懸念は、これが「ゴーレム」なのではなないか、ということだった。

 ゴーレムは今は巨大な可動鉄像というのが常識のようになっているが、古くはまさに人間大の石像や銅像に警備能力を与えたものを指したという。昔の魔術師たちはそれを要所に配置し、自領に侵入する不届き者を見つけ、襲わせたというのだ。

 まさにそういうものであるなら、ヒューガはまんまと狙い通りに引っかかったといえる。

(さっさと離れよ! ルティの領分じゃぞ!)

「い、いや、でも」

 ヒューガはその像の魅力に動けない。

 灰色の石の像に、こんなにも心を鷲摑みにされるなんて初めての体験だった。

 顔のいい女の子には結構慣れているつもりでいる。ルティも黙っていれば間違いなく美少女で、ジュリエットだって最近は急速に子供から女性へと羽化しているのが感じられ、顔を近づけられるとドキッとすることもある。

 しかしそれとは違う。この像から感じられる魅力は、それらとはなんというか、本質的に──。


「すごいもん見つけるわねーヒューちゃん。さすがの引き♥」

「え」


 振り向くと、いつの間にかルティがいた。

 泥の地面だ。歩けば音が聞こえるはず。どうして。

 ……そんなことも気づけないほど、ヒューガはその像に心を奪われていたのか。

「ちょっとどいてねー。……ふむふむ。これは……」

「さ、触って大丈夫なのか」

「大丈夫大丈夫ー。どーせ私らが第一発見者なんだしー。……それに」

 振り向いて、ルティはメガネの奥の瞳をギラリと光らせた。


「これ、石化した人間。……大発見よー♥」

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