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第23話 石化魔術

 石化現象というのは、人間同士が戦争をしていた時代には盛んに使われた呪いの一種だ。

 文字通り肉体が石になる。体が末端からだんだん無機物になっていき、最終的には10分ほどで完全に動かなくなる。

 ただ、この「石化」という特殊な状態は、呪いを解けばまた動く可能性が残っている。

 そのため石化した人間は「犠牲者」ではなく「捕虜」であり、呪う側にしてみれば非常に管理がしやすい処理であったという。

 何しろ石化した人間は、仕舞う倉庫だけがあればいい。食料や健康管理はいらず、脱走や自害の心配も必要ない。

 運び出しには慎重を期さねばならず、従って奇襲による電撃的な奪還も難しい。

 また、あくまで「可能性がある」だけであり、石のまま戻らないことや、蘇生できても重度の障害が残る場合もある。そういった意味でも、戦争では都合がいい。

 母国側は石化者を見捨てるのは強い決断が必要になるし、取り返したとしても再び戦力になるとは限らない。

 人質として扱うのに、こうも都合のいいものはない。戦場では石化魔法が吹き荒れることになった。


 が、その時代も長くは続かなかった。

 石化の魔術的機序は比較的単純で、それを阻害する方法が早期に発見されたのだ。

 抵抗装備が普及し、石化成功率は著しく下がった。敵を捕獲してからの石化は相変わらず可能ではあったが、こうなるとシンプルに捕虜虐待として糾弾されることになった。

 それでも石化を戦略的に活用しようとしていた国は粘ったのだが、魔獣大戦の勃発によってその国は他と同様に滅亡した。巨大モンスターには、勿論そういった呪いや毒はほとんど効果を示さない。桁外れの膨大な魔力は「願いを叶える」というシンプルな効用を発揮し、搦め手をまとめて踏み倒してしまう。

 結局、現在は「石化」は禁呪としてその存在だけが言い伝えられ、術本体を差し置いて対策知識が残る結果になっていた。



「人間……ったって、いつのだよ」

「石化魔術が廃れた頃を基準にすれば160年以上ー。素直に見ればそれこそ200年前の人間ってトコじゃないかなー」

「……石化ってそんなにもつの? 途中で解けたりとかしないのか」

「理屈の上では自然に解けるってことはないわねー。解けちゃうようだと拘束として信用ならないわけだしー。でも基本、時間が経つほど蘇生成功率は下がるから、そうしたいなら急ぐし、殺したいならこの状態で破壊すればいいだけだからー……200年そのまんまっていうのはさすがに聞いたことはないわねー」

「……蘇生、難しいのか」

 ヒューガはしゃがんでその像を覗き込む。

 やはり綺麗だ。単色の石像でもそう思うなら、血色を取り戻したらどんな美女になるのだろう。

 それができないというのは、とても残念なことのように思えた。


「とはいえ、ロクな機械のない時代の話だからねー。石化関係は」


「?」

 ルティの発言がどういう方向の発言なのか掴めず、ヒューガはきょとんとする。

 機械がなかったから何だというのか。

 機械があったなら、どう違うというのか。

「とにかく、戦利品としてはめちゃくちゃ大発見よー。お手柄、ヒューちゃん♥」

「あ、ああ」

「コレをどうやって地上に降ろすかが問題ねー。ここで機材揃えて研究するのは現実的じゃないし、かといって乱暴には動かしたくないからー……うーん、耐衝撃パッキングの方法を検討しないとねー。移動手段も鋼像機ヴァンガードがいいか他の手段を用意すべきか……こりゃ、相当やりがいのあるプロジェクトになりそうねー♥」

「な、なんだよ、この人を実験材料にでもするのか!?」

「言い方悪いけどそれ以外ないでしょー? 飾っといたらどうなるってものでもないんだしー♥ ただでさえ石化なんて今どきアンティーク魔導具の操作ミスでもしない限りお目にかかれない事象だからね、どう手を施すのも実験よー♥」

「…………」

 理屈の上では実際、放っておいてもどうにもならない。

 これから調査に大勢が押しかける予定のこの地に置きっぱなしにしても、せいぜい見世物になるだけだ。

 しかし嬉しそうに実験実験言っているルティに任せる方がいいのかと言われると……悩ましいことこの上ない。

「いやーな顔したところで意味ないわよー。いくら最初に見つけたからって、コレはヒューちゃんのモノじゃないんだからねー?」

「う……い、いや、それは」

「それとも何? 死体と一緒に家出するー? 蘇生実験しない限りそれは死体よー。し・た・い♥」

「ま、まだギリ死んでないんだろ?」

「だからそれを『生きてる』状態にするための実験しようってんでしょー?」

 人体実験という字面の嫌さ加減が問題なのだが、ルティはそういうところは汲んでくれない。

(ヒューガ。諦めんか。……実際問題、蘇生させるならルティに任すしかないじゃろ。他にそれよりマシな処遇が思いつくか?)

(そうは言っても……)

(ぐずるな。だいたい、ちょっと顔立ちが好みなだけで入れ込み過ぎじゃ。顔のいい女には慣れとるんではなかったのか)

 脳内のリューガにまで呆れられる。

(いや別に顔がどうっていうか……もっと全体的になんか惹かれるものがあるというか)

(我に取り繕ってどうする。どうせ自分じゃぞ)

(ぐぬっ……)

 異性の魅力にうろたえるという経験があまりにもなさすぎて、不毛な真似をしている。

 ひとしきりそんな脳内でのやりとりを終えて、ヒューガはゆっくりと立ち、ルティに向き直り。

「……わかった。どうすればいい?」

「んふー♥ 聞き分けのいい子は好きよー♥」

 ……間違いなくベターな選択であるはずなのに、「魂を売り渡す」という表現を思い浮かべるヒューガである。


       ◇◇◇


 それから、ヘルブレイズは地上と空中都市を何往復もする羽目になった。


 まずはルティの言う通り、発見した石化者を地上に降ろすための特殊機材の運搬。

 そして、それ以外にも探査拠点を設営するための資材を運び上げなければならない。

 当初の見込みとしては、第一陣は威力偵察。いくらかの反撃を想定し、制圧することを目的とした鋼像機ヴァンガード派遣であったが、想定された反撃が全くなかったことで鋼像機はそのまま探査拠点の造営を担当する運びになった。

 ただし、鋼像機による制圧が必要なかったのは、あくまで表層だけの話。空中都市は多数の層で形成される立体建造物であり、下層に脅威が存在しないという保証は何もない。

 そういった想定外の敵に遭遇した場合は、最終的に仕留められる戦力を置いておかなければ、安心して撤退すらできない。探索中の鋼像機ヴァンガードの常駐は必須であり、探索を担う徒歩の人員の拠点のほか、鋼像機ヴァンガード整備用の機材もある程度は持ち込まねばならなかった。

 元々飛行を想定し、桁違いなフレーム強度を持つヘルブレイズはともかく、それ以外の機体は飛んで着陸するだけで中破の危険が伴う。

 生身の人間に比べれば巨大とはいえ、鋼像機ヴァンガード一機の手で持ち運べる機材など大した量でなく、とんでもない非効率だったが、ヒューガは黙々と仕事をするしかない。


『ルティ! そろそろ気は済んだか!』

「まだまだー。石化者の靭性は石英と大差ないからねー。雑な保護だと軽くマニピュレータおててが滑っただけでコナゴナのゴナよー」

 リューガが梱包材を運び込んでから4往復した後でもルティは石化者にいろいろと保護材や緩衝材を取り付ける行為を進めている。

 小粒の風船めいたエアバッグや添え木のようなものを大量に張り付け、分厚いスチレンのプレートの上に鎮座する姿には、発見した時の神秘性はもはや欠片もない。

 そんな彼女の作業を眺めているのはリューガだけではなく、ようやく合流してきた鋼像機ヴァンガード隊の隊員たちも休憩がてらに物珍しげに見物している。

「石化した古代人なんて、何の価値があるってんですか」

 嘲笑うような声音にイラッとしてヘルブレイズの頭部カメラを向けると、案の定、あの新入りのパイロットのジミーだった。

 ヘルブレイズの頭部はドラゴンを模している。顔を向ければそれだけで恐ろしいもののようで、ジミーは一瞬身構えたものの、すぐに後ろから同僚に頭をはたかれた。

「ヘイ、ルーキー。アンタの仕事は他人の任務にケチつけて回ることかしら」

「ぐっ……コーヒー持ってる時に叩くのはねえでしょ……っ」

「サーク隊長なら拳でいくところよ」

「っ……でもよ、あんな後生大事にするようなモンですかね!? どうせ石化解けたって現代のことなんて何もわかんねえ原始人でしょうが」

「アンタが200年前と一万年前の区別もつかないアホだ、ってことだけはみんなに伝わる、素晴らしい自己紹介だわ」

 先輩女性パイロットの物言いに、溜飲が下がるヒューガ。

 とはいえ、普通はそんなものだろう、とも思う。


 前線都市に移住することで、レベルの高い教育は保証される。

 逆に言えば、本国に集中している過密な人口の多くは、系統立った教育を受けられていない。

 その状態が数十年続いていることで、簡単な計算や文字の読み書きさえできない者が増えているのが現代だ。

 教育不足はもちろん歴史という分野にもいえることで、自分が生まれる前の「古いこと」のグラデーションが理解できない者は、決して少なくない。


 こういったことが、本国が旧大陸再征服を急いだ一因でもある。

 教育が行き届かないということは、定められたルールを理解できない者が多い、ということでもある。

 大多数がルールを理解できない社会というのは、一時の狂乱でどんな惨事が起きるかわからない。極めて危険な状況だ。

 しかし教育管理しようにも、一度過密化してしまった難民区域を統制するのは容易ではない。

 外国から流れ着いた彼らは、すぐに内輪で寄り集まり、役人の指示を受け付けなくなるのだ。

 乱暴に言う事を聞かせようにも、既に流入した難民の数はもといた国民の十数倍にもなっており、あまり強引にことを運べば、それらが一致団結して統治を否定しかねない。

 治安維持の範疇を超えるほどのお節介は焼けないのが実情だった。

 だからこそ、彼らに難民共同体、つまり「縄張り」を一度捨てさせて、質の高い暮らしと将来をチラつかせる「前線都市」という構想は噛み合った。

 本国の人口密度を下げると同時に仕事と教育を与える。一石二鳥だ。

 受け入れる難民たちにとって肝心のエサである将来の展望も、あながち絵に描いた餅ではない。

 今はまだ「国」と呼べるほどの安全区域を確保しきれた前線都市はないが、超越級オーバードクラスを撃破することが容易になれば、それも遠い話ではないだろう。

 歴史の転換点にいるのがヘルブレイズであり、ヒューガなのだ。

 そしてジミーは、その転換点の直前で育つしかなかった、可哀想な世代とも言えた。


「少なくともこの石像……いや石化者は、ここにいたのなら、ここが何なのかを知っているだろう」

 ヌッと現れたサーク隊長が、やれやれという口調で言う。

「蘇生に成功すれば、得られる情報は金銀財宝よりよほど価値がある。……古い記録では数か月程度の石化でも後遺症が多かったというし、楽観はできないが……シュティルティーウ博士なら、何か成算があるのかもしれん」

「博士って、いくらエルフってもあんなチビがねぇ……いてっ」

「シュティルティーウ博士には大佐相当の発言力があるんだぞ。本気で怒らせる前にその口を縫っておけ」

 結局ゲンコツを食らっているジミー。

 そして、ルティはにっこりと笑って彼らに視線を向けた。

「怒りやしないわよー♥ ブツブツ陰口叩く程度ならいくらでも♥ ただ、やること邪魔したら殺すけどねー♥」

「殺っ……!?」

「あいにく、“原始人”より古くから生きてる野蛮人なのよー♥」

 まるでマイクを向けるような気軽さでワンドをジミーに向けるルティ。

 直後、ジミーはクルリと逆さになって宙に浮き、そのまま上昇することも落ちることもなく固定される。

「う、うわっ!? な、何しやがる!?」

「これ以上キミが隊長さんを煩わすと仕事に支障出そうだからねー♥ 半日ぐらい逆さまになっててねー♥」

「うぇっ!? た、隊長っ! エリー先輩っ!? た、助けて……」

「…………」

「…………」

 サーク隊長と同僚の女パイロットは顔を見合わせ、溜め息をつき、ジミーを無視してテントに戻っていった。

「うおおおいっ!? 半日は長ぇよっ!?」


(……しっかりキレてんじゃん)

「年寄りが悪口に寛容かってーと、また別の話じゃからな……」

 見た目の幼さは結構気にしているのである。エルフ族としてもあまりに成長不良らしく、こんな体格は不本意らしい。

 引きこもりがちなのも、そのあたりを揶揄されるのが嫌なんだろう、と思ってはいるが、あえて指摘はしないヒューガである。

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