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第24話 空に挑む者たち

 数日ぶりに学校に出ると、真っ先にクライスが寄ってきた。

「ヒューガ!」

「よう。元気?」

「知ってる!? っていうか知ってるに決まってるよね、例の浮遊要塞!」

「まあな」

 ヒューガは「家族の都合」で休んだことになっている。

 そしてヒューガが「軍の関係者」の家族である、というところまでは周知の事実だ。

 軍属の兵器技術者というのが正確な表現なのだが、そこはボカされている。

 軍人当人同様、その家族も、下手に詳細を明かせば、いざという時に責任を追及されたり、人質にされるなどの理不尽な扱いを受ける可能性があるからだ。

 が、「軍の関係者」であるというところまで割れていれば、今話題の空中都市関係のことで忙しくなったのだ、というのは誰でも簡単に推測できる話だった。

 そこは隠しても仕方がないので、ヒューガは認める。

 自分がその初期調査の中心的役割までやった、というのは当然伏せるが。

「あれ、民間ハンターも入れてくれるって話だよね! 僕らも行こうと思ってるんだけど、どうかな!」

「あー……」

 もうそこまで話が進んでるのか、と少し感心しつつ、席にデイバッグを下ろす。

「あそこ、一度上がったら何日か降りられないと思うけど、学校とか大丈夫なのか」

「あー、ヒューガ休んでたもんね……その辺特例で労働者も学生も、あそこに行くなら軍と行政でフォローするって通達が回ってるんだよ」

「手回し早ぇなあ」

 そういう事情は軍の方ではいちいち話題にはされない。

 軍で働いている者たちは元々フルタイムなので、民間人をどういう体裁で扱うのか、という点は語られないのだ。


 ヒューガやルティが噛み始めた数日前には極秘プロジェクトだった空中都市調査も、対空迎撃機能が沈黙していて乗り込みに支障がないというのがわかると、あっという間に公開され、民間を巻き込んでノーザンファイヴの総力を挙げる一大プロジェクトへと転換された。

 とはいえ、説明にも時間がかかるだろうし……と思っていたのだが、予想以上に盛り上がりが早い。

 授業も生徒どころか教師まで上の空で、数学の時間なのに空中都市の建設者とされるバルディッシュ帝国のあらましや、高度2000メートルの環境に関する雑学などがもっぱら語られる始末だ。

「もう休みみたいなもんだろこれ」

「まあまあ……」

 呟くヒューガに、隣でクライスが苦笑いを返す。


 とはいえ、それで不利益があるわけでもなく。

 現在の教育カリキュラムは小中高まで義務教育ではあるが、卒業に年限はない。

 正確に言えば、本国では元々あったらしいのだが、主に難民が多い前線都市向けに大規模に組み直した結果、強引に年限を切るのはナンセンスだという結論になったらしい。

 難民層に対しては教育そのものが普及段階にあるので、それを受け始められるのが児童期からとは限らない事情もあるし、経済状態やIQの種族差もある。

 魔獣に追い出され、世界中からあらゆる人類が集まってしまった結果だ。時間制限くらいはゆるくしなければ、落伍者ばかりになってしまい、本末転倒になる。

 別にいつ修了しなければ困るという理由はない。そんな中では、こういった突発的なイベントで授業が滞ったところで、さほど焦る者はいない。


 授業が終わると、クライスのところにパーティメンバーが次々集まってくる。

「ようクライス。申請はお前さんがやんだろォ?」

「一応パーティの代表者はジュリちゃんのはずなんだけど」

「ジュリがそういうのパッパとやれるように見える?」

 違うクラスからジェフリーとリステルが乗り込んできたのを皮切りに、少し遅れてジュリエット、最後にラダン。

 あっという間にヒューガの隣でパーティ会議が始まってしまう。

 居心地が急に悪くなったヒューガはデイバッグをかついで立ち上がる。

「俺帰っていい?」

「ま、待ってよヒューガ。意見とか聞きたいし。このパーティ基本的にみんなノリだけで突っ走るから」

「今回は別にアドバイスは何もないって。スマホの電波だって通じてるんだし。……そもそも、俺の知ってることだってそんな多くないんだから、せいぜい準備はしっかりやれっていうくらいしか言うことないぞ」

「そういうのを僕が言っても聞いてくれないんだよ! 特にジュリちゃんが!」

 ヒューガは溜め息をついて、ジュリエットの頭に手を乗せる。

「準備しっかりな?」

「雑ぅー」

 何故かジュリエットから口を尖らせてダメ出しされた。

「とりあえず煉瓦クッキーブリックは持てるだけ持っていけ。美味いお菓子は駄目だ。最初の一時間で食っちゃうから」

「えー。めっちゃ自分の好物ゴリ押すじゃん」

「違ぇよ。乗り込んだら何日か帰れないんだぞ。腹が減らないと食う気になれないモンじゃないと保たない。あとは尻拭く用の紙とかもだな……」

「うわっ。そういう話、人前でする?」

「なんでコソコソ言わなきゃいけないんだよ! っていうか普通のハントだって外でウンコぐらいするだろ!?」

「ヒューガ、あんたマジでそういうトコさあ……」

 ジュリエットだけでなくリステルにまで嫌な顔をされた。

「俺、変なこと言ってるかなあ……」

「まあヒューガは聞いてもらえるだけマシだよ……僕が言うと右から左だから……」

「いやクライスはもっと毅然としろ。こいつらお前の財布で保ってるようなモンだろ、全員お前の命令は聞いて然るべきだ」

「それじゃまるで僕が暗黒成金ハンターみたいに……」

「人の金で揃えた装備振り回しながら話は聞かないって方が暗黒だからな?」

 言いながら何かが引っかかる。

 ……脳内でリューガが言語化してくれた。

(ルティも政府の金でヘルブレイズ作っといて、ロクに言うこと聞く気ないがのう)

 それかー。と、ヒューガは苦い顔になった。


 それ以上ジュリエットたちのパーティのワイワイに混ざるのは気が向かなかったので、ヒューガは教室のベランダに退避した。

 まだ築十年にも満たない校舎はベランダも綺麗だ。

 天気も良かったので、ヒューガはフェンスに両腕を乗せて空を見上げる。

 遠い彼方にあの空中都市が見える。

 実際に肉眼で見えてしまうからこそ、当局が発表を急いだというのもあるのだろう。

「あいつらも行くのか……」

(活躍すれば、また有名になってしまうのう)

「…………」

(今はまだご近所人気に留まっとるが、このまま奴らの注目が高まれば……うかうかしてはおれんぞ?)

「何がだよ……」

 脳内でリューガが煽る言葉のその先は、本当はヒューガも理解している。

(ジュリエットじゃ。さっさとツバつけんと取られるぞ)

「お前なぁ……」

 溜め息をつくヒューガ。

 ひとつの体に同居する人格同士、好みも同じになりそうなものだが、リューガとは少しだけ趣味が違う。

 というより、好ましいと思うもの自体は変わらないのだろう。どこに決断の重点があるかが違うだけで。

「ジュリはジュリだろ……」

 ヒューガとて、ジュリエットは可愛いとは思う。

 外見だけの話ではない。

 よくなついてくるし、ルティのせいで色々と付き合いの悪いヒューガを、それでも疎んじることなく、常に尊敬し、一緒にいようとしてくれる。

 だが、そんな彼女が才能を輝かせ始めた今、どういう反応をしたらいいのか……というのは難しい問題だ。

 今まであしらうように付き合ってきたのに、慌てて飛びついて彼氏面をしようなんてのは浅ましくないのか?

 そもそもジュリエットを彼女にする……というのも、イメージが難しい。

 兄貴分と妹分、なんて周囲の理解にベタベタに甘えるのもカッコ悪いが、実際その距離感が心地よいのも事実で。

 詰めすぎてしまうと、失われるものがある気がして……。


(違うじゃろヒューガ。お前は……)


(結局、バケモノであることがバレるのが怖いんじゃろ。意気地のない)


「うるせえよ……」

 リューガは自分自身だ。だから、痛いところを百発百中で突いてくる。

 ヒューガは溜め息をつく。

 あのキラキラした目から好意が失われる瞬間が、怖い。

 ジュリエットは、失望すると急に視線の温度が変わる。そんな瞬間を何度か見たことがある。

 それが自分に向いたら、と思うと、ゾッとするほど怖かった。

(普段突っ張ってみせておいて、なんと情けない奴じゃ)

「……うるせえ」

 人間関係が広くないヒューガにとって、幼馴染にそうされるのは大災害より怖いことなのだ。

 そんなことはリューガにだって理解できるはずだろう、と気持ちが尖る。

 が。

(誰かに掻っ攫われれば同じじゃろ?)

「同じかどうかは、わからない」

(甘ったれおって)


 自分と会話ができるというのも善し悪しだ。

 いつだって、乾いた答えを突きつけられてしまうのだから。

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