空中都市への乗り込みは順番待ちになっている。
希望者が多いというのもあるが、何より移動手段が
結局移動には軍の所有する低機能ゴーレムをフル稼働して急遽建造された飛行船を使っている。その大きすぎる図体からして、やっぱり小回りの利く飛行機などの方がいいんじゃないか、と思いもするのだが、ルティによると「発着の問題でアレの方が都合がいいのよー」ということらしい。
それでも貨物室は小さく、一度に運べるのはせいぜい数十人。既に乗り込んでいる軍人や探索隊の生活物資も輸送しなくてはならないので、希望者が即座に乗り込むというわけにはいかないのだった。
そういうわけで。
「僕たちが空中要塞に乗り込めるのは来週になったよ。それまでに支度しないと……」
「先発したハンターがいくらか戻ってきてる頃合いだな。不便しない荷物を熟考できるいいタイミングだ」
クライスと話しながら昼食をとる。
校内は相変わらず浮ついている。ハンターデビュー済みの学生はもちろん、この世紀の大発見を機に、一念発起して自分も、と触発されている生徒も数多い。
空中都市での探索は既に始まっていて、四層ほどの大まかな区切りと、それをさらに3~4階層区切る構造が判明している。まずはあの「石化者」が見つかった竪穴を起点とし、その周辺部を慎重に調べ上げている段階だ。
思った通り、生きている人間の生活痕はないが、完全にただの「遺跡」であると判断するのは早計で、軍用の計測器による魔力計測の結果、何かしらの現在形の活動構造があるのは間違いないだろう、という話になっている。
それが一体何なのかは未だに推測の域を出ないが……表面調査の結果、対空迎撃装置は「最初からなかった」のではなく、建造当時はあったが、途中のいずれかの段階で破壊・無力化されたということが判明しているため、侵入者への備えが存在しないと考えるのはナンセンスである、というのが今のところの軍の見解だ。
規模と機密度から考えれば、
……それを肝心の軍の部隊で最後まで進めないのは、単純に兵力が足りないからだ。
というより、現在の本国軍の性質は国民統制に偏っており、本質的には「火力の高い警察」という状況である。実際に本国が置かれている状況を考えれば仕方がないのだが、訓練も装備も他国の軍やモンスター相手の本格的な戦闘を想定していない。
その人員を空中都市探査に回しても満足のいく成果が上げられるかはだいぶ怪しく、さらに人が減れば本国から補充するしかないので、都市内の治安維持に支障が出る。
空中都市の謎解明は最重要案件だが、都市の安全を脅かしてまで軍で独占することではない。
そのため、悪い言い方をすれば被害と面倒を民間に押し付けようというのが、この華やかな空中都市探査フィーバーの実態である。
民間人が技術遺産を発見したとしても、どうせ扱いきれるものではない。さっさと報奨金を出して買い上げてしまえばいい。
金銀財宝などは、本当にあるものならば、好きに持っていかせても構わない。現在の一国独占の世界経済の状況では、それが本当に大きな影響力を持つことはない。
そういう軍の魂胆は決して面白いものではないが、ルティから聞きかじったそれを友人たちに滔々と聞かせるほど、ヒューガも子供というわけではなかった。
「やっぱりさあ」
「うん?」
魔力生成ペーストを食べ終わって一足早く立ち上がったヒューガの袖を、クライスはグッと掴む。
男子にしては小柄で童顔なクライスがそういう仕草をすると、なんだかいたいけな子供のようで少し変な気分になるな、と思いながら、ヒューガは動きを止める。
「ヒューガも一回、僕らと来てよ。今回の遠征だけでも、試しにさ」
「いきなり遠征に誘うお前の神経がわかんねえんだよな」
「普段から誘ってはいるじゃん。そうじゃなくてさ、絶対ヒューガの方がみんなをまとめられると思うんだよね。ジュリちゃんは絶対言うこと聞くし、リステルやジェフリーもわりとヒューガには強いこと言わないじゃん。風格の差かな」
「いや、単に俺と利害ぶつかる部分がゼロなだけだと思うが……」
「ジュリちゃんが一目置いてるのも、ただ幼馴染だからってわけじゃないと思うんだよ。絶対向いてるって」
なんと言って断ったものか。
実際、揺れる面もなくはないのだ。
急場凌ぎの拠点設営は終わり、飛行船も就航した。空中都市に民間人も増えた今、一応秘密兵器扱いのヘルブレイズは、しばらく出番はない。
ヘルブレイズがヒューガにしか動かせない代物である以上、クライスたちにずっと付き合うのは無理に決まっているが、一度くらいは「友人たちとの冒険」というものに、青春イベントのつもりで参加するのはアリなんじゃないか……と思わないこともない。
空中都市の調査は決して油断できない程度に危険ではあるが……ジュリエットの実力もあるし、即応戦力としての
ヒューガとて少年だ。友達同士で何かワクワクすることをやりたい気持ちはある。
軍や都市上層部は軽んじているが、あるかもしれない金銀財宝というのは難民上がりにとっては魅力的なのも事実。貧しくはないヒューガとて、小遣いにできるというなら是非に、と思う程度の欲はある。
……そんな微妙なところで揺れているヒューガの顔を見て、クライスはさらに畳みかける。
「そうだ。遠征の話はまたその時に決めるにしてもさ。今日、ちょうど面白いイベントやってるんだ。行こうよ」
「は? こんな時期に?」
「こんな時期だからだよ」
◇◇◇
放課後。
クライスに引っ張られて街の中心部に繰り出すと、盛大なお祭りの雰囲気が演出されている。
電飾の飾り付けや録音音楽の力でやや強引に盛り上げられたその会場は、スマホで催事スケジュールを確認すると「ハンター用品企業20社合同展示会」ということのようだった。
「クライスお前……」
「ほ、ほら、まずは道具の楽しさって大事じゃん? スポーツでもレジャーでも、道具に惚れ込んで始めるって珍しくないし!」
「というか、最初からここに連れ出すのが狙いで話振りやがったな?」
ヒューガに「遠征についてきて」という話を切り出した段階で、まず断られて譲歩としてここを使う……というシナリオが彼の頭の中に出来ていたのだろう。
何故なら、クライスの父がやっている企業「ダウルテック」が合同展示会の筆頭なのだ。
「い、いや、ヒューガが乗ってくれてたなら、単にあとはヒューガの装備調達が課題だから趣旨変わるし?」
「結局ここに連れてくるのは変わらねえんだな……」
「なんにしたって丁度いいイベントなのは変わらないじゃないか」
幼く頼りなさげな雰囲気を出しておいて、妙な計算高さが顔を出す。
ヒューガはこの友人が時々怖い。
そして。
「まあまあ。仏頂面しないで。面白そうなアイテムいっぱいあるし、無料で試させてくれるんだから遊ばないと♥」
「お前もいつの間にいるんだよジュリ」
本当にいつの間にかいた。クライスに引っ張られていただけのはずなのに「最初から三人で来ましたよ?」といわんばかりの顔でそばにいた。
(お前気づいてたか、リューガ)
(我だけ気づくわけあるかい)
感覚器そのものは一緒なのだから、何を気にする、何を考える……という部分は分担できても、こういう時には役に立たない。
「ほら、ヒュー兄好きでしょ、魔剣♥ 子供のころからいい感じの棒よくブンブンしてたよねー♥」
「無駄にスイッチ入れんな。一回オンにすると使い切るまで止められないんだろ」
「あ、大丈夫だよヒューガ。そこに置いてある奴は呪い自体がダミーだから切れないし再点火可能。振り心地だけ再現してる奴」
「商品把握早いな!? ここ
さっそく二人に振り回される。
「これ面白ーい♥ 見て見てヒュー兄、超早い!」
ジュリエットが謎のブーツで遊んでいる。
履いてスイッチを入れると靴の下に謎の光球が発生し、使用者はその上に乗る形で立つ。
球は潰れない上に異常に弾力があるようで、ジュリエットが走ると反発力でとんでもない跳ね方を始めた。
一歩踏み込むたびに3メートルもの高さまで飛びながら走るジュリエットの姿はやけに楽しそうだが。
「アイツの場合、素で走る方が絶対強いよな」
「まあ……でもね、あれ普通の身体能力の人が使うと機動力めちゃくちゃ上がるんだよ。止まるのにコツが必要で地形選ぶから、実用はされてないんだけど……」
「実用されてないんならなんで展示したんだよ、あんなファニーなもん」
「開発者が使ってみせた動画がめっちゃバズってて……いや本当に作った人はハントに役立つと思って作ったって言ってるんだよ。でもコレ使った屋内用の新スポーツ作ろうって動きがあって」
「それもう別の道具じゃね!? この展示会と趣旨違くねえ!?」
「だから、開発者はまだハンターに売るの諦めてないんだよ……!」
「ややこしいアイテムだな!」
別の場所では、重傷者が荒い息をつきながらもがいている……という映像を空中に映し出すホログラム投影装置が出品されている。
「すげえリアリティだな……今にも死にそうだ」
「これを囮として置いておくことで、モンスターの隙をつくとか、逃げる時間を稼ぐとかできるみたい」
「有効そうだな」
「でもあんまり売れてないらしいね」
「……モンスターには映像だけだと効かなかったり?」
「いや、ハンターやる人って基本的に短気だから……こんなのにモンスター引っかかるのを待つようなまどろっこしい狩りするより、正面から仕留められるやつ狙う方が早い……っていうのが理由っぽい」
「……まあ、それも道理か。だいたい障域内だとそんな計画的に狩れるほど一方的な状況把握は難しいしな……」
逃げる時には役立ちそうだが、それこそ逃げる前提の準備ができるハンターは、そもそも身の丈に合わない相手を狙わない。
帯に短し襷に長し。難しい問題である。
他にもいくつものアイテムを見て回り、ようやくオーソドックスな商品の展示場所に来た。
新型属性銃。といっても、軍用と民生用ではやはり時差がある。
新型といっても、ヒューガから見ると何に驚くべきなのかイマイチよくわからないのだが。
「これすごいよ。装弾数10発。連射速度も旧型より20%上がってるんだって」
「旧型って、ジュリたちに持たせてるやつか」
「そう、あれ。10発も撃てるなら、もう予備マガジン持たなくていいかもね」
「そういうもんか……?」
軍用最新式は装弾数15発だ。そして
そういったシステムのない民生属性銃は、ヒューガから見ると簡素の一言だ。
まあ、現状でも属性銃は強力すぎる武器なので、民間で使う分にはこれでいい、というのもわかるのだが。
空間魔力の妨害がなければ、普通に
テロに使われたらひどいことになるが、属性銃そのものを不活化する特殊兵器も既に実用化され、軍内では隅々まで出回っている。
「やっぱり俺は属性銃より魔剣派だな。属性銃が便利なのは認めるけどさ」
「何が気に入らないのさ」
「デカい。重い。間合いが近くても遠くても有効性が下がる。言うほどオールマイティじゃないぞ、属性銃は」
「ヒューガって結構腕力なかったっけ? これせいぜい3キロだけど、そんな重い?」
「持ち上げるだけならガキでもできるだろうけどな。何時間もずっと持ち歩くとなれば、3キロは馬鹿になる重さじゃないだろ」
(なーにを玄人ヅラして語っとるんじゃい)
リューガが脳内で揶揄してくる。
言われてヒューガはハッとした。すっかり使うつもりでいる。
興味がない体を装うなら、何も言うべきではないのだ。
特に銃や剣のこだわりなんて、軍の環境でそれなりに強い興味を抱き、使いたがっているのを、自らバラしているようなものではないか。
「ま、まあネット知識だけどな!」
慌てて誤魔化しつつ属性銃に背を向ける。
よく見ればクライスとジュリエットは悪い笑みを浮かべている。
もう一押しでヒューガを沼に引っ張り込める、と思っていそうだ。
バツが悪くなってヒューガは白々しくそこらを見回す。何か話を逸らすものが欲しい。
……と、その目が妙に吸い付けられる光景に出会った。
妙に「浮いた」女がいる。
荒っぽそうなハンターやビジネス目的のフォーマルな恰好の男女、さらには企業のコーポレートカラーを存分にあしらった派手なキャンペーンガール、とバラエティ豊かな人々が目につく中で、それでも場の空気が似合わない女。
やや荒れた長い黒髪、物憂げな眼、簡素な緑のワンピース。
纏っている空気自体が妙に静謐で、それでいてザワザワと落ち着かない気持ちにさせられる。誰がいてもおかしくない場なのに、なんでこんなヒトがここにいるんだ、と言いたくなる。
その彼女が、展示された簡易術式スティックを手にする。
属性銃と同じく投射型の魔法弾を扱う代物だ。
ただし威力は低く、狙いもつけにくく、使い切り。他の武器が壊れた時のために
ヒューガの視線の先で、彼女が係員に案内され、試射スペースに入る。
そして、なおも不思議そうにじっとスティックを見つめて……突然、スティックがボンッと爆発した。
「!?」
(なんじゃ!?)
ヒューガとリューガだけでなく、クライスやジュリエット、その他の来場者もその爆発にギョッとした。
この会場で試射ができるのは比較的低威力のアイテムに限られている。よほどのことがなければそんな派手な音が鳴るものではないはずだった。
……そして、謎の女はスティックの残骸を手に、ワンピースも肌も髪も、全くの無傷で立っていた。
「何だ!? あの客に何を持たせた!?」
「ただのフリーザースティックのはずですが……」
「爆発するわけないだろそんなもんが!」
試射スペースの周囲の担当者が喚き合い、女が残骸を返して新しいスティックを受け取るのを、ヒューガ含めてその他の客は全員注目していた。
そして、女は新しいスティックをおもむろに握り……また、爆発した。
「何だ……!?」
「どうなってんのあれ……!?」
周囲がざわざわする中、その企業の展示責任者らしき男が必死に場を鎮めようとし始める。
そして、爆発を起こした女はまたもや無傷で、どこか虚ろな表情で試射スペースから出てきて。
「現代品って不便……この程度の魔力で壊れるなんて」
ボソリと呟いて、そのまま展示会場を後にする。
そして、その言葉を数秒反芻して、ヒューガはピンときた。
(あれって……あの、石化者!?)
(まさか復活成功しとったんか!?)
慌ててヒューガも会場を後にし、ルティに電話を掛ける。
◇◇◇
「要はねー、石化解除する時のタイムラグの問題なのよー。心臓より脳を先に解除しちゃうと血流再開までに脳細胞が死んじゃうし、心臓を先に解除すると脳が蘇るまでの間に内臓側にダメージが深くなるのー。その辺のコントロールが運任せだったから昔の石化蘇生は厳しかったのよねー。でもおねーちゃん最新技術とか使って頑張りました! ヒューちゃんの喜ぶ顔が見たくて! あとその辺の論文の真偽確かめたくて!」
自宅である研究室。
ない胸を張るルティの後ろに静かに佇んでいる、先ほどの緑のワンピースの女。
「というわけで200年前の子だそうでーす♥」
「もう、この時代だと200年前なのね、あの戦い……」
「そっ♥ じゃあウチのヒューちゃんに名前教えてあげて♥」
「……この男の子、ヒューっていうの?」
「ヒューガだ。ヒューガ・ブライトン」
ヒューガは驚きっぱなしだったが、務めてクールに取り繕う。
あの石像が本当に「人間」になったというのも驚きなら、蘇ったばかりの石化者が何の前触れもなくその辺を歩いていたのも驚きで、さらにそのまま言葉が通じたのも驚きだった。
「……ヒューガ。
「何がだ?」
「……何でもない。私は……ツバサ」
女は、聞き慣れない響きの名を名乗る。
「ツバサ・サワノ。……違う世界から来て、『魔王』を殺した、犯人よ」