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第33話 金色の鋼像機

 荒野を鋼像機ヴァンガードが疾走する。

 現行量産型ダイアウルフではありえないようなスピードだ。最高の条件でダッシュしても、その鋼像機ヴァンガードの半分の速度も出ないだろう。

 手足が太く頼もしいシルエット自体はダイアウルフに似ているが、装甲はより分厚く、面相フェイスパーツはより攻撃的な凶相を備えている。

 何より、全身に派手な金色を配したカラーリングは、艶消しシルバーの無骨な騎士然としたダイアウルフに対して、あまりにも趣味的だ。


 それが、唐突にノーザンファイヴに向けてその常識外の機動力で直進して来ていた。


『止まれ! どこの所属だ、それ以上近づけば発砲するぞ!』

 サーク隊長率いる鋼像機ヴァンガード隊が慌てて発進し、派手な鋼像機ヴァンガードの前に立ちふさがる。

 しかしその機体は沈黙したまま、速度を緩めない。

「くそっ……通信が届かないのか!?」

『撃っちまいましょう! どこの隷下だか知らねえが、鋼像機ヴァンガード司令官オヤブンの停止信号が届かねえトコにいていいワケがねえでしょ! こんな距離まで来てんだ、文句言われる筋合いはねえ!』

「……今回ばかりはジミーの言う通りだ! 全機、発砲用意!」

 形式的に構えているだけだったサーク隊長機以外の機体も、一斉に属性銃エレメントライフルを構える。

「弾頭は凍結弾フリーザー! あくまで無力化だ、木っ端微塵にはできんからな!」

 了解、と応答してくる部下たちの声を聞きながら、サーク隊長は数歩、前に出る。

 急な衝突だ。もし行き違いがあったとしても、部下たちに責任を取らせるわけにはいかない。自分が初弾を撃たなくてはならない。

 そして、敵がもし攻撃してくるにしても、自分が標的を引き受けなくてはいけない。

 ……果たして、派手な鋼像機ヴァンガードは全く躊躇することなく突っ込んでくる。

 ヘルブレイズのように軽く飛んでいるのかとも思ったのだが、どうやら足元に装輪機構ローラーダッシュでも装備しているようだ。

 飛行装置よりはローテクとはいえ、それはそれで難しい代物のはずだ。

 言うまでもなく人型の物体はトップヘビーであり、足元に推進装置があればそれが余計に不安定になる。急減速や方向転換まで想定すれば、必要なバランサーの性能も機体自体の構造強度も、装輪がない機体とは別次元だ。

 それも、ダイアウルフが素で走る速度の倍以上となると……人間で言うなら時速60キロや70キロで靴だけが前に進むような感覚だろう。

 直線的な動きはともかく、回避に機敏さが出せるとは思えない。そこが付け目か、とサーク隊長は睨み、最初の一撃を放とうとしたところで。

 敵機が、そんなサーク隊長の予想を裏切るように、とんでもない角度でギャッと横の動きに入る。

「!?」

 そんなバカな、とサーク隊長は狙いを補正しようと足掻く。

 カメラは追従しているが、もし肉眼だったら一瞬見失っていただろう。それほど急激な運動方向の転換は、スキーのような慣性任せの動きではないことを示している。

 おそらくは噴進機構ロケットモーターか、あるいは魔術的なものか。

 どちらにせよ、属性銃エレメントライフルの向きの修正は追いつかない。初弾を撃ち込むのをいったん諦め、隙を見せないようにするためだけに腰部のみならず全身でターンをかける。

 そんな隊長機の動きに倣うこともできず、後衛の僚機たちは次々と発砲。

 直撃すれば鋼像機ヴァンガードなど一発で身動きを封じられる凍結弾フリーザーが、まばらに敵機のもといた軌道をなぞって飛んでいく。

 まるでついていけていない。

 とっくに敵機は安全圏で、こちらは連射の利かない属性銃エレメントライフルをほとんど撃ち切ってしまったことになる。

 敵からすれば絶好機だ。

 リロードまでの間隔は数秒間といったところだが、そんなに無防備になっていたら敵はなんでもできてしまう。

「全機! 属性銃エレメントライフル投棄、光刃剣スラッシャー起動! 接近戦用意っっ!!」

『ええっ!?』

『隊長!! どうして!!』

「動きが違い過ぎる!! 射撃戦は諦めろ!! 全員殺られるぞ!!」

 たった一発外しただけなのに、と訝る部下たちに怒声を飛ばす。

 モタつく部下たちのダイアウルフに、稲妻のような回避機動を仕込みながら金色の鋼像機ヴァンガードが射撃してくる。

 属性銃エレメントライフルではない。撃ち切り型の内蔵魔術武装だ。

 弾速はさほどでもない。回避は充分に可能のはずだが……それは、サーク隊長基準の話。

「避けろ!!」

 サーク隊長が叫び、飛んできたうちの一発を自分の属性銃エレメントライフルを投げつけてインターセプトするが、残り二発がそれぞれ部下のダイアウルフに直撃。

『やばっ……!?』

『そんなぁっ!!』

 電撃系の魔法弾だ。鋼像機ヴァンガードといえども、落雷に匹敵する大電流が当たれば、電装系は無事では済まない。

 死んではおらずとも、もう戦力に数えるのは難しいだろう。

「くそっ……対鋼像機ヴァンガードを想定した性能だ……!!」

『ハッ』

 馬鹿にしたような鼻息が、通信に乗る。


『違ぇよ。鋼像機ヴァンガードだからで済ませてやってるんだ』


「……!!」

 やっと聞こえた、相手の声。

 ふてぶてしく荒々しい、男の声だった。

『これだけの性能差がありゃ、小細工せずともダイアウルフ如きは12機単位ダースで相手取れる。わざわざ想定するまでもねェんだよ。……それにしたってヘッポコばかりだがな。曲がりなりにも超越級オーバードに相対したってぇ連中が、なんてトロ臭さだ』

「……どういうことだ」

 サーク隊長は油断なく光刃剣スラッシャーを展開しながら問いかける。

 金色の鋼像機は停止し、胸部のハッチから堂々と背の低いヒゲ親父が姿を見せて、腕を組んで怒鳴った。


「俺様が来てやったぞ!! テメェらが乗ってるその雑兵どもの生みの親、ゴールダス様だ!!」


       ◇◇◇


「なにカマしてんのよ、あのクソドワーフ……」

 ルティは司令部から回ってきたレポートを読んで天を仰ぎ、心底嫌そうな顔をした。

「知り合い?」

 ツバサが尋ねるも、あまり言いたくなさそうに口をモヨモヨさせるルティ。

 代わりにヒューガが答えてやる。

鋼像機ヴァンガード開発はいくつかの設計局ってのがあってさ。ルティは一人で全部設計できちゃうんで別に『局』ってほどの組織は持ってないんだけど、ゴールダスさんは今んとこ一番有力な設計局のトップ。で、ルティのライバル」

「自称よ自称ー。あのヒゲが一方的にこっちをライバル視してるだけよー」

「一応、実績もルティとそんな変わらないんだから、客観的にもライバルなんじゃないか」

 鋼像機ヴァンガード開発史はさほど長いものではない。長く見ても40年以上ではないだろう。

 魔獣大戦のせいで混乱した世界がなんとかまとまり、体制が定まるまでにも結構な時間がかかっているが、この分野で初期からルティと同じ熱量で研究し、アイデアを競ってきた相手は、ゴールダスを置いては他にいないと言ってもいい。

 今までに何度か本国軍が使用する鋼像機ヴァンガードの制式機は変遷しているが、ルティの作だったときもあればゴールダスの作であるときもあり、今の「ダイアウルフ」はゴールダスの開発局による設計が採用されていた。

 もちろん他にも設計局はあるが、二人の能力に依存しないための次世代技術者育成機関という趣が強く、今のところルティとゴールダスに総合的に勝るほどのものは生み出されてはいない。局地戦型としていくつか試験運用されているのにとどまる。

「それにしても、ゴールダスさんって鋼像機ヴァンガード乗りとしてもそんなに腕利きだったっけ?」

「ありゃ複座機よー。コクピットブロックが不自然にでかい。どーせ誰かにやらせてんでしょー。あいつ運動神経はゴミだったはずだしー」

 と、ルティが看破したところで、ドカンと研究室の入り口のドアが蹴り倒されて当のゴールダスがノシノシと入ってきた。

「誰がゴミだぁ!? 万年チビガキエルフが吹かしやがってよう!」

「はぁー。……んじゃ自分であの機体乗り回したって言うんだー? 誓えるー? 命賭けるー?」

「言うことがまんまクソガキじゃねーかよガハハハ! 前線都市ドイナカに引っ込んで余計に退行したかぁ!?」

「質問に答えろ汚らわしいドワーフ小僧」

「お? 戦争か? 宣戦布告と取っていいのかババア?」

 漂う空気は剣呑だが、内容が本当に子供の口喧嘩だ。

 仕方なくヒューガが間に入った。

「用件は? ルティがヘソ曲げると俺が迷惑なんで、それ以上煽らないでもらえますか」

「……チッ。テメェ、シュティルティーウの飯炊きのあのガキか? 随分なりやがって」

「ヒューちゃんは養子だって言ったはずよー。記憶力に問題があるなら脳に直接プリントすんぞ無神経ドワーフ」

「ルティは黙ってろ話が進まないから」

 一応、長年の友人……では、あるのだろう。

 少なくとも、人嫌いで普段から研究室の外にすら出ようとしないルティと、こういう言い合いができる程度に気心が知れているのは確かだ。

 だが、常にこんな調子なので、いつも長々といがみ合う割に情報量がスカスカの会話ばかりしている。

 昔からたびたび顔を見せ合う機会があったので、ヒューガも一応見知ってはいるのだが、毎回ルティの付属物という認識で、ロクに名前も覚えてもらえない。

 ……もうそれ自体にも慣れてしまったが。

 渋い顔のルティを黙らせ、ゴールダスに続きを促すと、彼はことさらに腕組みをして胸を張り、威勢のいい声で叫んだ。


「ついに新型鋼像機しんさくがロールアウトしたんだろ? 力比べといこうじゃねーか、俺様の『スミロドン』と!」

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