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第42話 鉄道がある日常

 鉄道は本当に半月足らずで完成した。

 といってもルティが言った通り、もはや権利関係の揉め事などあるはずのない荒野に、システム化された地盤強化魔術を施し、疲れを知らない低機能ゴーレムに昼夜を問わない作業を命じて、天候などで障害物が入りづらいように軽く高架化した線路をまっすぐ通すだけだ。

 必要がないので途中駅も作らない。始点と終点だけの路線。

 ヘルブレイズの活躍で中核を失い、ツバサの掃討で残党も消えたn149障域はほぼ完全に消失し、ひとつ先のn144障域の辺縁部まで約100キロほどの鉄道は、ノーザンファイヴ前哨基地専用線アウトポストラインとした軍司令部のネーミングとは裏腹に「ハンター鉄道」という何のひねりもない通称が定着している。

 開通を急いだのはもちろん、需要が高いためだ。

 ハンターとしての稼ぎに依存した生活をしている住民はかなりの数に上り、彼らを遊休させておくのは、できるだけ腹を痛めず民間ハンターに哨戒させたい軍としても損失となる。彼らが長い収入減に耐えかねて都市内勤務に転職してしまえば、単純に兵力が減ったのと同じだ。

 複雑怪奇な連合政府内のパワーゲーム上、あくまで「ハンター」は自由意思の義勇兵であり、本人たちの意志と欲求でやっているという体裁でなければならない。

 必要だからといって強権で徴用してしまえば、それを実行した政治家や将官は批判の隙を晒すことになり、席を失う。

 寄り合い所帯の「人類最後の国家」は、そういう意味で本当に強い態度を貫くことができない。

 見え見えのお為ごかしではあっても、あくまで「民間人の積極性を尊重した結果、人が集まり事を成す」というプランを提示していかなくてはならない。

 そんなわけであれよあれよという間に完成した鉄道と前哨基地は、さっそくジュリエットら学生ハンターも愛用することになった。


       ◇◇◇


「電車、もっと速くなんないのかなあ……」

 ジュリエットたちがそうして遠征してきた翌週、彼女が学校でこぼした第一声はそれだった。

「そんなに遅いのか?」

「おっそい。多分私が本気出して走ったら勝てるくらい遅い」

 ジュリエットはそう言うが、横で聞いていたリステルは首を横に振った。

「さすがにジュリでも100キロは走れないでしょ……っていうか100キロを2時間ぐらいで走るんだから時速にすると50キロだよ? 普通は走って勝つの自体無理」

 つまり短距離なら時速50キロには勝ててしまうのがジュリエットの運動能力である。

 獣人種であるサーク隊長やジェフリーもさすがにそこまでの脚力はない。異様なタフネスもさることながら、特に敏捷性とそれを自在に制御する感覚がズバ抜けている。

 とはいえ、列車がちょっと遅いのは確かに疑問だ。

「100キロぐらいで運転してもよさそうだけどな」

「ねー」

 ジュリエットはヒューガの呟きに同意するが、クライスは苦笑いしつつ解説してくれる。

「あんまり飛ばすと事故が怖いんだって。今の速度なら異常があっても被害を抑えられるけど、あんまり上げるとそうはいかなくなるらしいよ」

「えー。あの高さなら災害級ディザスターでもないと線路に入れないじゃん」

「それでも橋桁の方は安心できないよ。そこを壊されたら線路も無事じゃ済まない」

「でも、そのせいで現場行くだけに二時間もかかるってバカバカしいよう」

 確かに、そのせいで放課後ハントというのは難しい。

 放課後一番で列車に乗れたとしても、行って着いた時点で日没だ。夜になってまでハントするのは上級者……というより半ば狂人めいた振る舞いとされている。

 が、クライスはあまり気にしていない。

「稼ぎとしてはそれでも充分なんだよ、僕ら。学生じゃない専業枠でも、土日であれだけ稼げたパーティはノーザンファイヴに10個もないって」

「なんだそれ。ランキングとかあんの?」

「あるよ。ほら」

 クライスはハンタースマホに映った画面を見せてくれる。

 確かにノーザンファイヴの日別、週別、月別の討伐ポイントがパーティ単位でランキングされている。

 ハンタースマホでしかアクセスできない仕様らしく、ヒューガもそんなサイトがあるのは初めて知った。

 クライスたち「チーム・ジュリエット」は、土日の両方で10位前後をキープしていた。

「それで……ぶっちぎりで一位爆走してるのは……」

「……うん。ツバサさんだね」

 パーティ名がそのまま個人名。「ツバサ・サワノ」という名義で、他とは桁の二つ違う働きをしている。

 さすがにこの期に及んで謎の都市伝説的人物のままではいられない。ツバサの異常な戦闘力はすっかり話題になっていた。

「あの人、悪い人じゃないと思うんだけど、さすがにちょっとやり過ぎじゃないかなあ……」

 ジュリエットがヒューガの胸元に潜り込んでクライスのスマホを覗き込み、難しい顔をする。

 強すぎることではなく、いることがジュリエット的には問題らしい。

「別にモンスターを狩ること自体に制限はないんだから、文句言う筋合いじゃないだろ?」

「そうなんだけどさー。みんなごはん代稼いでるんだから、掃除みたいな勢いでエモノ取っちゃうのはよくないと思わない?」

「それは……まあ……」

 別にジュリエットは金に困ってハンターをやっている口ではなかったはずだが、確かにそれを収入源に当て込む人間がいる以上、独占して他人に稼がせないのは褒められた行為ではない。

 しかし、モンスターが減ること自体は正しいはずなのだ。保護しなければならない環境資源などではない。

 減らせる者がどんどん狩るのを非難するのは、ちょっと間違っているような気もする。

 だがそれをジュリエットにここで説いてなんになるというのか。

 そもそも害獣狩猟に基づく経済生活というの自体が間違っているんじゃないか。

 ヒューガが微妙な顔でぐるぐる考えている間に教室に教師が入ってきて、ジュリエットはシュポッとヒューガの胸元からすり抜けて教室を脱出してしまう。

「逃げ足速っ……!」

「あはは。まあジュリちゃんだからねえ」

 ジュリエットの髪の匂いの残り香に少し変な気分になりながら、ヒューガはクライス、リステルと連れ立って手近の席に座る。



 放課後。

 帰り支度をしながら、クライスとリステルに声をかける。

「お前たち、結局放課後どうすることにしたんだ? クライスはともかく他の面子はいつまでも平日は勉強ってタチでもないだろ」

 話を総合すると、結局平日はハンター活動はできない。

 が、メンバーが他のスポーツやアルバイトなどに精を出すと、数少ない機会である休日のハントにも支障が出かねない。

 休日のまとまった時間はそういった世界でも重視されるべきものだ。そちらに足を取られたらパーティ解散の危機にもなる。

 そんなことをクライスの仲間たちが承知していないとも思えない。

 ……ヒューガとしては、そういう感じで解散して安全な青春を送る方がいいだろう、と思ってはいるが。

「ま、それは今みんなで話し合ってるけど、まずは特訓。ピンチはジュリちゃんやラダン君が大体なんとかしてくれちゃうからうまくいってはいるけど、僕やリステルがついていけてないからね……」

「ちょっ、クライスはともかくアタシは割と頑張れてる方だと思うけど!?」

「僕よりはマシだろうけど、じゃあジェフリーより役に立ててる感覚ある? ラダン君より貢献してるつもりある?」

「…………」

「フォロー役ってのも必要だけどさ。それ含めて、本番で一瞬で必要な役割分担できる体制作りたいんだよね」

「うぅ……たまにクライスってサドい」

「僕だってドベなんだから一緒に頑張ろうね」

 天使のような笑顔でリステルに現実を突きつけるクライス。

 しかしリステルだって、あの恐ろしい災害級ディザスターとの戦いで戦意喪失しなかった勇敢な娘であることは間違いないのだ。

 軍に入ったらなんだかんだでちゃんと脱落せず任官できるタイプだよなあ、とヒューガは思う。嫌がられそうだから言わないが。



 研究室に戻ると、ルティが低機能ゴーレムの背中にしがみついて作業監督をしている。

 ヘルブレイズはスミロドンとの勝負後、オーバーホールついでにさらなる強化改装を始めている。

 そのおかげでヒューガの出番はしばらくない。

 それ自体に文句はないのだが、退屈なのか、ツバサは以前に輪をかけて留守にしている。

 前哨基地に数日泊まり込んで、気が向いたら帰ってくるような生活。

 結構無茶なのではないかと思うが、本人はいたって平然としているので止められもしない。

 何しろ災害級ディザスターに単独で勝ててしまうのだ。何を心配して、どういう理由で引き留められるだろう。

 ……本音ではもう少し彼女と男女的に接近したいのだが、それを素直に認めるにはまだヒューガはだった。

ツバサあのおんなばかり気にしとるとジュリも愛想を尽かすぞ。さっさとツバつける方がいいと思うが)

(リューガ、お前さ……いや、ジュリにコナかけたらツバサにアプローチできないだろ)

(男なら二股三股で尻込みするでないわ。まごまごしていて他人にかっさらわれたら、カッコつけても誰も見んぞ)

(最低だなお前……)

(そもそも我、ツバサはちょい無理めじゃと思うとるんで)

(む、無理ではない……だろ? ツバサ、今のこの世界では他に誰といい仲になる予定もないはずだし!)

(他にいい男がいないから自分なんていうその根性で捕まえられる女には見えんのじゃよなあ)

 ヒューガが無言でヘルブレイズを見上げながら、関係ないことで渋い顔をしていると、やがてルティも彼の存在に気が付く。

「あ、おかえりヒューちゃーん♥ 次の相談いいー?」

「次?」

「うん、ヘルブレイズ・ドラゴンの次の段階ー♥」

「……あれ以上を目指すのかよ」

 ノーマル形態でさえ、超越級オーバードを仕留めたヘルブレイズ。

 それ以上が必要なのか。

「もちろんよー♥」

 ルティはにっこりしながら言う。


超越級オーバード一体に何とか勝てる程度で『最強』なんて、おこがましいでしょー♥」

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