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第43話 次の段階

 コンソールの大きなモニターに、ヘルブレイズの変形態……ヘルブレイズ・ドラゴンが映し出される。

「この前はぶっつけでの発表になっちゃったけどー。これはヒューちゃんのドラゴニュート状態専用の形態、ヘルブレイズ・ドラゴン。形状だけで言うならただ全身のフレームが拡大してしっぽついただけに見えるけど、フレームへの魔力循環速度は通常形態の5倍以上。反応速度と構造強度、パワーは計算上200%を超えるわー。それをフル稼働させて格闘した場合のコクピット負担はもう正直、ただ動くだけでも毎秒衝突事故起こしてんのと変わんないわねー♥」

「俺の頑丈さを最大限に当て込んだ、ひでぇ形態だな……そこまで行くと普通に内部機器の方がイカレそうなもんだけど」

「この形態のミソはヒューちゃん自身の特性だからねー♥ 私らみたいなオールドスタイルの魔術師でも個人魔力による強引な骨格強化はできなくもない。でも、ヘルブレイズはヒューちゃんの……ドラゴニュート6型のモンスターとしての特性を機体設計の根幹に置いてるからこそ、そこらへんも全部、無限に強度が増えていく。……モニターや音声設備は、単にヒューちゃんがである間に必要なものにすぎないからねー。全開の発動ではまだヒューちゃんがギリギリ爪先だけ発動条件に入るか入らないかのところで動かしたから必要だったけど、本格的にやったらもう、ヒューちゃんの意識が直接センサーや制御系に接続される。そうなったら操縦桿も映像も必要ないのよー」

「つまり、実質フルダイブみたいなことになるわけか」

 意識ごと操縦系統に没入する。

 そうなれば、カメラから映像をモニター表示し、その情報をもとに操縦桿やペダルの操作をヘルブレイズの動きに変換する……という無駄な通訳が必要なくなる。

「仮想的に『6型ドラゴニュートが20メートル級の肉体を持ったら』という形で全身が機能するようになるからねー。……まあ大きさとしてはせいぜい災害級ディザスターだけど、モンスターどもは元々ガバガバの効率を強引にスケールでカバーして成立してる連中だから、最初から超高効率の魔導設計を組みこんでるコッチとは話が違う。ドラゴン形態まで行くことで名実ともに超越級オーバードと同格の存在になれる、ってワケねー」

「じゃあ通常形態で倒した超越級オーバードってなんだったんだ……」

「あれは防御力クソ雑魚だったし、すごく相性が良かったものー。というか、現状大部分の超越級オーバードは、縄張り争いを大人と子供みたいな体格差のある災害級ディザスターとしかやってないはずだから、まあまあの確率でああいうナメた進化してるはずではあるんだけどー……本来、超越級オーバードっていうのはもっとシャレにならない連中。超越級オーバード同士で削り合いを経験すると、そういう隙を克服した最強格になるのよー。……そして、人間が世界を奪還するためには、そういう奴らこそ基準にしないといけないのー」

 つまるところ。

(そこら辺のパンピー相手にイキったことしかない無法者と、互いに本気で殺し合ってる無法者じゃ、括りは一緒でも対応は同じにはできない……っちゅうワケなんじゃな)

(俺らは結局そのヌルい方になんとか勝ったに過ぎない……って、ルティは思ってるわけだ)

(まあ実際、ほとんど一方的じゃったからのう)

 最初に戦った超越級オーバードは、まさに災害級ディザスタークラスの相手をいじめることしか想定していない体躯だった。

 それだけで生きていけるなら、それ以上のものになる必要はない。

 膨大な魔力の願望効果で自らを望むように改変していくのが巨大モンスターの特徴だが、自分の目の届く範囲で押しも押されぬ最強になり得たなら、それで満足してしまうのも一つの道理ではある。

「だから、超越級オーバードと同格になったぐらいで満足して止まっちゃいけないのー。本当に必要なのは、さらに何歩も先。最強をさらに超え、そういうのを二体三体と相手取れるほどの力を持たなければいけない。そこまでいって、はじめて『これ以上の強さなんて意味ある?』とか言えるわけなのよー」

「……災害級ディザスターを単機で倒すのさえおぼつかないのが普通の鋼像機ヴァンガードだってのに、よくそこまでブチ上げるよなあ」

「軍事的な観点で言えば、それぐらいがちょうどいいのよー。あらゆる相手を薙ぎ倒すぶっちぎり最強なんてものは、本当は生まれない方が都合がいいのー。だって結局、生きていくにはそれを握ってる奴に媚びへつらうしかないわけじゃなーい?」

「意地の悪い考え方をすれば、そうなるかもしれないけど」

「どうにもならないほど強いってことは、交渉事なんて気に入らなければ一方的に踏み潰せばいい、ってなっちゃうのー。それができる奴の足元で笑ってられるのは、屠殺されることを受け入れた家畜か、なんにもわからない子供だけよー。……だからこそ、人間は竜を殺すしかなかった」

「……じゃあ俺もいずれ殺されるじゃん」

「そうなるかもねー」

 なんのためらいもなく頷くルティ。

「おいおい……」

「ジョーダンよー。ヒューちゃんは簡単。ヘルブレイズを降りればいいだけでしょー? ヒューちゃんがいなければヘルブレイズは並みの鋼像機ヴァンガード。ヘルブレイズがなければヒューちゃんはトカゲになれる男の子でしかない。雲行きが怪しくなったら、ヘルブレイズを自爆でもさせたらそれで終わりよー」

 ケラケラと笑って。

「……ま、そんな心配は置いとくとしてー。……ヘルブレイズ・ドラゴンよりもさらに強くなるとするなら、ヒューちゃんも本格的に覚悟キメて竜化しないといけなくなるわよねー」

「……俺、今回のでも戻るのにだいぶ時間かかってんだけど……そんなにディープに変異して大丈夫か?」

「それはわかんないわー。必要も迫ってないのにヒューちゃんをストレステストするのもナニだしー」

「でも、それを前提にして設計は進めてるんだろ?」

「もちろん♥ 長年ヒューちゃんが寝てる間に取ったデータとかヘルブレイズの調整用に使ったデータとか色々総合すれば、変異が進んだらどうなるかはシミュレーションできるからねー♥」

「……色々と聞き捨てならない感じの口振りだけどそれは置いておく。話が進まないし」

「うんうん。ヒューちゃんのそういうトコ嫌いじゃないわー♥ ……ヘルブレイズの戦闘力は、ここから先はヒューちゃんの変異段階次第で加速度的に上がっていく。最終的には、設計要求に到達するはずよー。……最終段階は『ヘルブレイズ・ロード』。そこまでいけば、理論上はどんな超越級オーバードでも絶対倒せるわー。そこまで実装して、ようやくヘルブレイズは完成って言えるかもねー」

「……どんな超越級オーバードでもとは言うが、超越級オーバードって基本、瘴気の奥じゃん? 考えてたよりずっと強い奴がいるってことはねえの?」

「もちろんそういうのの可能性を排除はできないけど、理論限界はあるわよー。超越級オーバードも生き物には違いないから、飲まず食わずに無限に肉体も魔力も肥大化し続けるってことはないわけでねー。そこを超えるとバランスが破綻するっていう点はあるから」

 なんでヘルブレイズだとそれを圧倒できることになるのだろう、と思ったが、ルティにそれを語らせると本当に理論を全部語れてしまうので、つつくのはやめておく。

 魔導生命工学や兵器工学に関わる色々な分野で第一人者なので、用語すら確定していない情報を一人で握っているため、ただでさえ難解な説明が余計に混沌として、ヒューガにはいくら頑張っても理解できないのだ。

「それは……近いうちに完成するのか?」

「んー、なんとも言えないわねー。知っての通り、まだまだ試行錯誤してる部分はいっぱいあるわけでー……『ドラゴン』もぶっつけ本番でなんとか使えはしたけど、変形機構とか翼の形状とか、まだ仮置きのまま使っちゃったから、あれで本決まりではないのよー。それが全部クリーンアップできてからかしらねー」

「でも、もうヘルブレイズのことは知れ渡ってるんだろ。ゴールダスさんもそれで見に来ちゃったわけだし。のらくらしてられるのも長くないんじゃないか?」

「ま、それはそうなんだけどねー。……でもまあ、ヒューちゃんがセーシュンしてられる時間ぐらいは何とか稼ぐわよー♥」

「なっ……」

「ツバサちゃんにあれでしょ、アレなんでしょ? ヘルブレイズで本格的に超越級オーバード駆逐作戦とか始めちゃうと、そういう甘酸っぱいやつ楽しむ時間もなくなっちゃうからねー♥」

 ニヤニヤしつつからかってくる小さな養母。

 ヒューガは真っ赤になりつつ、強く否定したものか素直になったものかと迷い、結局何も言わずに背を向ける。

「ゆ、夕飯の材料買ってくる」

「パンケーキでお願いー♥ 今日は頭使って疲れちゃったしー♥」

「あれはおやつであって飯じゃない!」

 たまに飯代わりにするならいいが、ただの糖分の塊である。

 ルティはいいかもしれないがヒューガは許せない。

(あのクソマズペースト食うよりは文化的じゃと思うがのう)

(普通の料理と比較しろよそこは!)

(前後数日で総合的にバランス取ればええんじゃないかのう。一食ぐらいパンケーキでも)

(なんでお前たまにルティに甘いんだよ)

 自分の別人格はただの年下趣味ロリコンなのではないか、と疑っているヒューガである。

(三百歳以上を年下扱いで括るのも無礼が過ぎんか?)

(見た目の問題だろそういうのは!)

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