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第44話 人口流入

 n149障域が解消したというのは、実はそれなりに「事件」である。

 連合政府の戦略上はもちろん「当たり前」に頻発させるべきことではあるのだが、鋼像機ヴァンガード災害級ディザスターにもそこそこの割合で敗北してしまう。

 離反を過剰に恐れる運用規定のために、柔軟に戦えれば勝てる戦いでも愚直に突撃せざるを得ず、そのせいでみるみる機体数が減って、補充が間に合わずに司令部判断による部隊解散、基地である前線都市は廃都……というのは、よくある流れなのだった。

 おかげで、小規模の障域を解消し、海岸から再征服を進める人類の新しい「領土」とすることはあっても、差し渡し100キロを超える土地を一気に手に入れることは稀だ。

 何度もの超越級オーバード討伐を潜り抜けたユアンの例もあるように、やってできないものではない。

 だが、何よりクーデターを恐れて責任を押し付け合う現状の軍の方針では、偶発的な要因が絡み合ってようやく起きるような珍事でしかない。

 だが、滅びかけた本国にひしめく亡国の難民は、どんな理由であっても新天地を求めている。

 ノーザンファイヴ周辺は、モンスターを探しても見当たらない安全な土地。それならば、住まない理由はない。

 鉄道建設と前後して、にわかに市街地拡大と急激な人口流入が始まっていた。



「また転入生……っていうか『転入組』だってよ。今日は6人」

「ウチ、まだ生徒受け入れられる教室ある?」

「一応、クラス定員的に今の1.5倍ぐらいまでは受け入れられるらしいよ。普通の種族なら」

「普通じゃない種族って?」

「ハーピィとかケンタウロスとか」

「……エルフ並みの希少種族の心配しても仕方なくない?」

「でも、俺んちの近所にケンタウロス移住してきたよ。デカいのな、あいつら。家族全員2メートル超え」

「……それは見たいな」

 クラスメイトたちがとりとめもなく噂しているのを聞き流しながら、ヒューガはぼんやりとスマホをいじっている。

 何を調べているというわけでもなく、面白い動画を漁るわけでもない。なんとなくの暇潰しで、適当に出てきた字面を追っている。

 空中都市フィーバーの終焉から数週間が経ち、クラスにも落ち着きと退屈が戻ってきた。

 ハンター活動という刺激も物理的に遠くなり、少年少女たちの移ろいやすい興味は、増えてきている移住者たちに向いている。

 本来、前線都市への移住は本国からの一方通行で、建設初期の流入以降はあまり人は入れ替わらない。移住計画の前提上、こちらに来ることはできても、本国に戻ることは半ば禁止されてしまう。

 そこまでしなくてはならないほど、人口密度の問題は逼迫しているのだ。


 だが、こうして都市に拡張計画が持ち上がると話が変わる。

 本国からの募集もあるのだが、それよりも他で廃都となった前線都市の難民の方が手続きが早く、先に入ってくるのはそういう移住者だ。

 本国から旧大陸に移る際は、希望者が定数に達したところで新しい前線都市計画参加者としてパッケージングされる、というのが既定路線。まずはそちらの進行が優先される。

 廃都の難民は行き場がなく、たまたま距離的に近い都市に、肩身狭く居候のように押し付けられる。本来前線都市はコンパクトにまとめられた機能的居住環境なので、員数外をのびのびと養う余地はあまりない。

 もとよりそういう扱いなので、こういう都市拡張には真っ先に宛がわれるのだ。

 それが一通り落ちついた頃に、改めて本国からの移住計画が整備され、入ってくるのだろう。

 どうしても先住者の方が立場が高くなってしまう問題はあるが、それは本国とて同じこと。元々の本国人から難民に対する差別意識は苛烈なものがある。

 いずれノーザンファイヴが現在の市域を中心とした大都市に生まれ変わった時、今の住民と新移住民はなんとなく住み分けて、互いに小さな苦手意識を向け合うことになるだろう。


 ヒューガもそういう分断がいいことだと思っているわけではないが、だからどうしよう、とは思わない。

 養母であるルティもそうだが、ヒューガは先住者で強い立場ではあっても、決して「多数派マジョリティ」ではない。住んだ時期などとは別の要因で、いつ被差別側に入るともしれない身だ。

 決して偉そうに他人に説いて回れる理想なんかがあるわけでもないし、そんな分断も数ある世の中の摂理のひとつ、と考えるしかなかった。

(人が増えると面倒なことになるのう)

(そうか? 別にどうでもいいだろ。どうせ新しい奴らは新しい奴らで集まるだけだ)

 ヒューガはそのあたりのことは達観している。少なくとも自身はそういうつもりでいる。

 現状でも、周りの全員と関わる気はない。合わない奴はいるし、同じ学年でもこの先、一言も言葉を交わさず卒業まで過ごす相手は多いだろう。

 自分の秘密を自覚してから、出会った相手は皆友達、なんて陽キャな思考とは縁を切っている。

 今の友人たちの中にもヒューガの秘密を知る者はいないのだが、それでも「決して受け入れられることのない秘密を持つ」というコンプレックスは強かった。

 これからもそのまま過ごすだけだ。誰が身近に増えようと。

(いやそういうことではなくて。……ジュリに悪い虫が寄ってくるかもしれんじゃろ)

(ジュリなら大丈夫だろ? 絡まれて嫌なら誰が相手でもぶっ飛ばせるし)

(……お前ホントお子様じゃのう)

(あぁ!?)

 自分に呆れられて頭の中でキレるという不毛な真似をしてしまうヒューガ。

 だが、続けてリューガが諭した内容には黙らざるを得ない。

(いきなり雑な絡み方するチンピラなんぞの心配はしとらんわ。やり手はファンのフリしたり、ジュリの好きなもの褒めてガード下ろさせてから、じわじわと喜びそうなポイント探って足場固めていって……じゃな)

(お前どこでそういう変な手際の知識仕入れてくんの?)

(んなもんお前が見ないフリしとるだけでどこででも仕入れられるじゃろ。そういう真っ当な攻略を、たまたま今まで誰もジュリに試してなかっただけじゃ。あいつ勘がいいようで根っこがアホじゃから、転ぶときは一発じゃぞ?)

(真っ当な攻略……か? それ悪い男の見本じゃないか?)

(適当に兄貴面しとるだけで懐かれとるのが状況としておかしいんであって、普通は女に話しかけたいならそうするんじゃ。なんにも歩み寄らずに近くでチラッチラッと気にするだけで女がほだされて寄って来る……みたいな気持ち悪い妄想はやめるんじゃ)

(なんで自分おまえにそこまでこき下ろされなきゃいけないんだ)

(事実、お前がツバサにやっとることってそれだけじゃろ)


 ヒューガの表情は死んだ。


 スマホをいじっているだけの手も止まった。

 ……数分ほど思考が飛んでから、改めてリューガに反論しようとしたらもう終業のチャイムが鳴っていた。


       ◇◇◇


 帰りがけの校門近くで、ジュリエットに見慣れない少年が挑みかかっていた。

 制服もこの高校とデザインが違う。どうやら噂の「転入組」のようだった。

 何事かと割って入ろうとして、すぐ近くにラダンとリステルがいるので足を止める。

「んじゃルールね。直接殴り合うとさすがに先生に怒られちゃうから、お互い胸ポケットに入ってる生徒手帳を取られたら負け。自分で抜いて後ろ手に隠したりしたらそれも負け。取るためなら打撃関節投げ技アリ。OK?」

「お、おうっ。……お、女にそこまでするつもりはないけどな」

「わー紳士。それならガッコでイチャモンつけてくるとかしなきゃいいのに」

 ジュリエットは全く感情の入ってない声でそう言って、次の瞬間に消える。

 相手の少年は身構えるが、目がついていっていない。

 ジュリエットのフェイントの残像に視線を取られ、背後に回られて、ヒョイと生徒手帳を抜かれた。

「っっ!? ず、ズリィぞ!?」

「狩り場じゃ誰もスタートの合図はしてくんないけど?」

 抜いた生徒手帳をポイと投げ捨て、ジュリエットはラダンたちのところに戻る。

「口ばっかりじゃん。ガッカリ」

「テメェッ!」

 相手の少年は改めてジュリエットに掴みかかろうとしたが、ラダンの発する圧にすぐに踏みとどまる。

 やがて悔しそうに手帳を拾って、そのまま駆け去っていく。


「なんだったんだあれ」

「あ、ヒュー兄。……なんか、よそでハンター経験あるらしい子で。動画盛ってんだろー、とかやけに絡んできたからさ」

「そんな大人げない方法で白黒つけなくても……」

「確かに。でもさー、パーティのみんなまで調子に乗ってケチ付けてこられたら、さすがにリーダーとして笑って流せないし?」

 ジュリエットは肩をすくめて。

「人が増えるのは別にいいけど、ああいうのが増えるのは勘弁してほしいよねー……」

「…………」

 リューガの心配とは今のところ別方向で苦労しているようだ。

 安心したような、していいものでもないような。

 なんとも言えない状況に、ヒューガはただジュリエットの頭を撫でて慰めた。

「……えへへ♥」


(ジュリが喜んどるからいいが、普通女の頭そんな雑に触ったら大減点じゃからな)

(うるせえよ!)

 リューガはヒューガにジュリエットに絞って欲しいのか、一般的なモテ男になって欲しいのか。

 自分のことながら微妙にわからなくて困った。

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