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第45話 「最強の人間」と鋼像機

 市街地開発と移住者増加で沸く地上をよそに、地下の鋼像機ヴァンガード隊基地は穏やかなものだった。

 至近の障域が解消してしまったので、あまり出番がない。

 鉄道を通した先の前哨基地アウトポストでの小競り合いは始まっているのだが、鋼像機ヴァンガードを必要とする大物は、そちらではあまり出現頻度は高くない。

 頻繁に災害級ディザスターが出るような状態は本来ハンターが狩りに出るには不適で、前哨基地アウトポストからの徒歩範囲にいるのは現状、大物に縄張りを押し出された野犬クラスの小型モンスターや、せいぜい人間より多少大きいレベルのものがほとんどである。

 深入りすれば災害級ディザスターに出会う可能性も増えるのだが、それもツバサがいると勝手に撃退してしまう。

 鋼像機ヴァンガード隊の出番は明らかに減少していた。


 そんな基地の片隅のハンガーでは、ゴールダスが低機能ゴーレムを使役して、乗ってきた新型機スミロドンの修復を続けている。

 基地内の他の整備員も手伝おうとしたのだが、ゴールダスは「素人がいじるな」と追い返してしまっていた。

 量産機ダイアウルフの整備に慣れた整備員は、新型のスミロドン相手ではどうしても学びながらの整備になってしまう。

 自前の開発局員ならまだしも、二度三度と触るとは限らない他人にいちいち講義しながら修理していたらキリがない。

 それに、ゴールダスが強引にノーザンファイヴに来た時の手続きのせいで、どちらにしても数か月間は帰るわけにいかないらしい。

 両脚を寸断され、サブアームも数本折れて中破したスミロドンは、現在ようやく歩行機能が回復したところだった。


 そして、パイロットのユアンは暇そうにしていた。

 彼には鋼像機ヴァンガード隊の指導員及び予備戦闘員という役目が振られている。ノーザンファイヴに仮出向するための名目がそれなのだ。

 ただし、ユアンの戦技指導は歓迎されていない。

 ダイアウルフにおいても腕は確かだが、彼の戦い方は荒っぽく挑発的で、真似をするパイロットは長生きできない、と早々にサーク隊長に判断されてしまっていた。

 ユアンもそれに異を唱えることはなく、残った予備パイロットという役目に甘んじている。

 元々問題児だったせいでゴールダスに拾われることになったのだ。当然の話だった。

 そして、パイロットは現在、ほぼツバサのせいで全体的に暇である。

 サーク隊長は若い隊員に、長時間の操縦に耐えるためのトレーニングを課しているが、ユアンにそれに混ざれと言うこともない。戦闘力自体はユアンの方が上なのだ。

 基地内の通路を何周もジョギングしているパイロットたちを遠目に眺め、予備資材の山に腰かけながらスマホをいじっているユアンの姿を、ヒューガは学校の行き帰りに幾度も目撃していた。


「ツバサのおかげで半分鋼像機ヴァンガード隊がいらない子になってるぞ」

「あはは。ま、いいことじゃーん。それで済んでるうちはそれでいいのよー」

「そんなもんか?」

「だって出し渋る軍上層部がそもそも悪いんだから、無駄飯食ってるとか言われる筋合いないでしょー?」

 ルティはルティでヘルブレイズの調整を進めている。

 こちらの目標は遠大だ。そう簡単に片付くわけもない。

「というか、あの子ツバサちゃんくらいの戦闘力がある魔術師って、今の世代になる前はそこそこいたのよー? 胎児の魔力抑制処置開始は結構前ではあるけど、その前から生きてる魔術師自体は魔獣大戦ぐらいの頃には珍しくなかったんだからー」

「……あのレベルってそれこそ史上最強クラスじゃないのか?」

「理想値に近いというのは間違ってないけどー。彼女の攻撃力はせいぜい鋼像機ヴァンガード一機か二機で実現できるものでしかないわよー」

「生身でそれってもう反則じゃん」

「違うわよーヒューちゃん。逆、逆。鋼像機ヴァンガード。ツバサちゃんは。だから……彼女じゃ、今の世界は救えないわー」

「…………」

鋼像機ヴァンガードを何機か投入すれば災害級ディザスターは倒せる。ツバサちゃんも同じことができる。それはとってもすごくはあるんだけどー。超越級オーバードが出てきたら、ツバサちゃんを10人出しましょう、というのはどう逆立ちしたってできない。鋼像機ヴァンガード数十機っていうのは、できる。ここはどうやっても覆せないわけよー」

 ルティはスナック菓子を食べた手でタブレットを触りつつ、ヒューガに言い聞かせる。

「だからツバサちゃんが張り切って鋼像機ヴァンガード隊をサボらせてるのは、手間が省けたって喜んでていいのよー。本当の意味で鋼像機ヴァンガードが必要な事態は起きてないってことなんだからー」

 ルティの言うように喜んでいていいのか、あるいはツバサに頼りつつあるこの街に危機感を持てばいいのか。

 ヒューガは少し迷いながらも、家事を開始する。

 とりあえずタブレットはちゃんと拭いておかなくてはならない。

 技術者のくせに、ルティはそういうことに全く無頓着なのだった。


       ◇◇◇


 久しぶりに緊急発進スクランブルのコールが研究室に響いた。

「何、この音」

 ツバサが数日ぶりに前哨基地アウトポストから帰ってきている夜だった。

「こっちの仕事だ」

「ツバサちゃんは寝てていいのよー」

 久々の出番にヒューガは張り切る。

 すぐにヘルブレイズの暖機を始め、状況確認を開始する。

 ルティは低機能ゴーレムにタブレットで指示し、ヘルブレイズの武装をラックから持ってこさせる。

「今回は属性拳銃エレメントピストルも調達しといたけど使うー?」

「……ユアンの真似はしたくないんだけど。ていうかルティ、そういうとこパクるの抵抗ないのか」

「パクリじゃないしー。っていうか属性拳銃エレメントピストル自体は二世代前からある武装だしー。……あいつらが使ってんのにヘルブレイズは使えないのかよーってヒューちゃんが思ってたらシャクだから用意しただけよー?」

「対抗意識丸出し過ぎる……」

「対抗じゃないってゆってるでしょー!」

 ルティの子供じみた叫びに苦笑しながら、ヒューガは通常の属性銃エレメントライフルを選択する。

 飛びながら間合いを支配して戦うのなら、射程が短い属性拳銃エレメントピストルをわざわざ使うことはない。

 同時発射で火力を上げられる利点も、災害級ディザスター相手なら直接体当たりでもした方が低コストで高威力だ。

「それよりも光刃剣スラッシャー用意してくれよな……なんで尻尾剣が出せるのに普通の剣は使えないんだよ」

「急に言わないでよー。格闘はできるから別に欲しくないんだと思ってたわよー」

「いや前に言ったよな!?」

 確かにいざとなれば体当たりで代用しようとは思っていたが、不要と判断されているとは思わなかった。

 ……そして、何故かツバサがヒューガの洗濯物の中からパンツを持ち出してきた。

「はい」

「……何」

「替えのパンツ」

「……俺、漏らすことになってる?」

「この前、下半身丸出しで恥ずかしくて出られなかったでしょ?」

「いやあれは変異したせいで……」

「とにかく。またコクピットから出られなくならないように」

「だからパンツのあるなしじゃなくてな?」

「……ん!」

 ツバサは不機嫌そうにグッとパンツを押し付けてくる。眠いのかもしれない。

 いや、彼女の謎の羞恥心の薄さから考えて……服が破れたぐらいでピーピー言うガキが何をゴチャゴチャ言っているんだ、と思っているだけかもしれない。

 そうではないのかもしれないが、そうだったらなんか嫌だな、とヒューガは思って、仕方なくパンツを受け取ってスウェットパンツのポケットに突っ込む。


 発進口は順番待ちだ。

 こちらへのコール前に鋼像機ヴァンガード隊は暖機していたようで、ヘルブレイズの発進は少し遅れる。

 が、それでも飛行できるアドバンテージは計り知れない。すぐにダイアウルフの集団を飛び越して、救援要請のあった前哨基地アウトポストに針路を向ける。

 ……そして、ダイアウルフたちよりさらに先に進むスミロドンの姿を見て取る。

「……足が速いのぅ」

(追いつかないってことはないだろ)

「ま、こちらが先着するじゃろうが。手間取っとると横入りされちまう」

 まだ完全修復はできていないはずだ。よく見れば腕部は片方ダイアウルフの予備に換装している。

 それでもユアンなら、それで困るということはないだろう。

「競争じゃ」

 ニヤリとリューガは笑い、夜の荒野の空に黒い翼をはためかせ、血のような赤い燐光を散らして加速した。

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