それだけでもとんでもない速度に思えるが、人間大の10倍スケールであることを考えれば、人間でいう時速10キロ相当。
軽いジョギング程度の動きではあるが、それでもコントロールには細心の注意を必要とする。
未加工の地面は、ヒトの100倍を超える重さの踏み込みを受け止められるようにはできていない。それだけの荷重をいきなり叩きつけられれば当然沈み、場合によっては土と岩盤の硬度差、地下空洞や埋没物などの予期せぬ要因で足が取られることもある。
駆け足はそれを片足ずつ連続的に処理しなくてはならず、高度なバランサーの補正があっても、気を抜けば常に大転倒が有り得る。
できるだけ遅く動く方がバランサーの余裕が大きく、操縦は格段に楽になる。しかしそれに合わせていては、襲撃されている
100キロ先なのだ。単純計算でも一時間以上かかる。
少々無理にでもスミロドンとヘルブレイズを出す必要があった。
スミロドンの
が、100キロ程度の距離ならば、そこまで到達する前に減速に入らなくてはならない。
「一番乗り……じゃが、状況は面倒臭そうじゃ」
赤い燐光を散らしながら、急造にしては立派な
けぶる瘴気の中に見えるのは、100メートルおきに何重にも用意された警戒防壁を破壊して迫る
巨大で強固な「貝」だ。動きは数ある
そして、それに加えて小型のモンスターが無数に周辺にいる。
「ルティ! 映像は行っとるか!?」
『見えてるわよー。惨憺たる有様ねー……これは基地もほっといたらマズいでしょー。司令部、一旦迎撃の兵やハンターを一番頑丈な区画まで下げられる? 基地を破壊しないギリギリの攻撃で掃除させるわー』
ルティの要請に、しかしノーザンファイヴの軍司令部は渋い答えを返す。
『規模の大きな攻撃は許可できない。既に負傷者が多く出ている。簡単に集結させることはできない』
『アホなの? ウチの子に片付けさせないとそれも全滅するわよ?』
『
「簡単に言いおる!」
派手でなく地道に。
つまり、その巨体で人間以下の大きさの大量のモンスターをプチプチと殺せ、しかし味方を巻き添えにしないように、という命令だ。
確かに人間に比べて遥かに大きな
しかしモンスターも、近寄ってくる巨体に無警戒に潰されてくれるわけではない。都合よく一塊になってくれることもない。
手足で追って一回に捕らえられるのは一匹かそこら。それを何百匹もやれというのだ。
「我の本来の相手はあの
『どちらも疎かにしていいわけではない』
「それでも優先順位付けるのが
今回の
そして、よりにもよって「貝」だ。
貝の外に出ている軟体に攻撃すれば一応ダメージは通るのだが、大部分は貝の中。はみ出ているところだけでは致命傷にならない。
しかも、本格的に当たって標的と認定されれば、
どちらも一網打尽とはいかず、状況が長引く。
『……私がそっちにいれば……』
通信にツバサの悔しそうな声が入る。
確かにツバサがいれば、話は簡単だった。数百の小型モンスターも彼女に任せられれば安心だ。
が、いないのだ。
ヒューガは、リューガの内側で発奮した。
(ゴチャゴチャ言うのは後だ。一匹でも二匹でもいい、やるぞリューガ。
(……セコい戦いになっちまうのう)
(たまには時間稼ぎも悪くない。
(競争と言ったのに横入り待ちというわけか)
(誰も聞いちゃいないって)
着地し、その踏み足で一匹を潰す。
身を低くして
その状態で腕を振り回し、時に足も突き出して小型モンスターをせこせこと潰していく。
およそ最強兵器の戦いぶりではない。
が、それでも防衛していたハンターたちは援軍の登場に沸いた。
「おおい! 今からそっちに行く! 援護してくれ、黒いの!」
倉庫らしきプレハブの中から飛び出してきた数人のハンターがヘルブレイズの足元に駆け込む。それを追ってくる犬のようなモンスター数匹を、ヘルブレイズの翼をシャッターのように地面まで叩きつけて殺す。
「頼む! 怪我人を安全なところまで運んでくれ! 回復キットは使ったが戦える状態じゃない!」
ヘルブレイズの膝の下からそんなことを言われるが、どこに運べというのか。
『軍兵の詰め所に行ってくれ。こっちにも仕事がある』
「そんなこと言うなよ!」
『すぐそこに
冷たく聞こえるんだろうな、と思いながら、リューガに忠実に喋らせる。
そうしながらも小型モンスターへの細かい攻撃は続ける。
幸いにしてヘルブレイズの翼は見た目よりは頑丈なため、小型モンスターにぶつけるくらいでは壊れない。這うように身を屈めた状態では、それが有効な武器となっている。
やがて、スミロドンの友軍信号が近づいてきた。
「ユアン! 状況は分かってるか!」
『ああ。そっちは任せるぜ。
「
『おいおい。二機もそんな狭いとこでケツ押しつけあったら邪魔でしょうがねえだろ? それにお前に花を持たせてやる謂れはねえぜ』
「っ……!」
腹が立つが、言うことは道理。
スミロドンはダイアウルフを何機もまとめて相手取れる戦闘力があるのだ。
『ヒューガ君。もう少し我慢してくれ。我々ももう少ししたら着く』
「サーク隊長」
『それに味方の保護を奴に任せるのは得策じゃないぞ。奴は死にかけの味方を見捨てたことは何度もある』
「…………」
(やりそうではあるな……)
(正しいか間違いかはともかく、じゃな)
そう助かる見込みのない味方を救うか、それを見ないことにして手柄を優先するか。
特に
味方同士の助け合いをするより、敵を倒すのを急ぐ方が全体を救うことになる。そんなパターンも多い。
ユアンが今のヘルブレイズのような状況ならおそらく、多少の味方は気づかないふりをして
軍法会議は開かれるだろうが、それが一番被害を局限する方法だったと強弁すれば、ギリギリ通らなくもないラインだ。
ヒューガも窮屈な思いをしながら一度は考えたことだ。
……しかし、やはり人道にもとる。
「わかった。任せる……いや」
スミロドンが基地の外縁をかすめて走り去る。その時、ヘルブレイズも立ち上がり、駆け出す。
スミロドンの
『おっ! やっぱり欲張るか!? いいねぇガキらしくて!!』
「違う」
一気に巨大貝に突っ込み、体当たりでカチ上げて、なお数キロ先まで押し出す。
瘴気が軌跡に沿って晴れ、
「……ゆっくりこっちで遊んでくれ。任せるぞ」
『ヒュウ』
遠いところでやってくれるなら問題ない。スミロドンが巨大貝の的を引き受けて、ヘルブレイズはゆっくり基地を掃除する。
未練もなく基地に飛び戻り、防衛にはダイアウルフの介入もあってすぐに片付いた。