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第73話 激戦の幕切れ

 ヘルブレイズとスミロドンは、ルティの待つタンクトレーラー拠点まで無事に後退した。

 作戦は成功。3体の超越級オーバードは残らず撃破し、ヘルブレイズとスミロドンは大いに損傷したものの、欠けることなく作戦を終えた。

 条件達成率だけを見れば完全な勝利である。


 が、それ以外の犠牲はやはり大きかった。

「……サーク隊長が、死んだ……?」

『ええ』

 リューガから人格を交代したヒューガの呟きに、ルティが淡々と頷く。

『序盤に犠牲になった新人の分まで、って、あえて攻撃を引きつける動きを繰り返した末に被弾。……ヘルブレイズに腕を提供したのは、彼の機体よー』

「先に言えよ!」

『言ったら余計にリューちゃんが駄目になってたでしょー?』

「…………」

 余計に、と。

 ルティは、リューガが制御不能になりかけていたことを理解していた。

 結果としては致命的なしくじりに繋がる前に「謎の新型」が乱入し、事なきを得たが、もう少しでヒューガは死んでいたかもしれなかったのだ。

 言わなかったルティの判断は、的確だったとしか言えない。


 三々五々に撤収してきたダイアウルフ隊は、それぞれの僚機や遺品を回収してきている。

 生存したのは参加50機中19機。回避と遅滞戦術に徹したうえでの大損害だが、それでも全滅していないだけで善戦と言えた。

 高速で走り回って回避に徹するというのは、地面を荒らすことを得意とする今回のタイプソリッド相手の戦術としてはベストではなかったが、前情報がない状態では元々難しい敵だ。

 ダイアウルフでの勝ち筋があるとすれば光刃剣スラッシャーでの波状攻撃くらいだったが、そもそも分断作戦である以上は早期の戦線崩壊こそ避けるべき事態。要は連続特攻に近いこの戦法は、最初から選択肢にあるはずもなかった。

 順当と言えば順当の結果。

 だが、そうと割り切れる者がダイアウルフ隊にどれだけいるだろう。

 しかも、そこまでした結果を、全く予定になかった増援が掻っ攫って行ってしまった。

 交わされる通信からも、一応でも勝利を喜ぼうという声は出ず、ただただ当惑と悲嘆ばかりが聞こえてくる。

『あれは何だったんだ……?』

『聞いていないぞ。そもそもこの作戦はヘルブレイズしか打撃力が期待できないからこうなったはずだ。あんなものが用意できたなら話が変わるだろう』

『……それはそうだ。あんなのがいるなら最初から出せば、今回の犠牲なんて必要なかったんだ』

 参加パイロットの半分以上が死んだ。

 そんな過酷な戦いで、最後の最後に出てきて圧倒的な力を示した「ブルースター」という謎の新型鋼像機ヴァンガード

 無論、窮地を助けられた、と素直に受け取ればいいのだろう。

 あのままでは離脱すらままならず、主軸のヘルブレイズやスミロドン含め、もっと多くの犠牲が出るのは避けられなかった。

 しかし本来、さほど急ぐ必然性もない作戦でもあった。仮に「ブルースター」の開発調整が間に合わずに遅刻参戦したというのなら、それを数日待つぐらいの余裕はあったはずだ。

 事実としてそんな情報はどこからも聞こえてきていない。全くの予定外の登場だ。

 となれば、現場で地獄を見たダイアウルフのパイロットたちは面白くない。

 そういう作戦ならばまだわかる。モンスターの手の内を暴き、疲弊させ、注意を引き付けろ、というのなら、従うのもまた兵士の仕事というものだ。

 だが、それは目的あってのことであり、「うまくいけば何でもいい」という類のものではない。

 必死で戦って活路を探すさまを悠々と見物し、勝てる頃合いを見計らって飛び込んで、やりたいことだけやって掠め取っていくなんて、あんまりではないか。


 ……そう。

 ブルースター・ゼロ号機と名乗った鋼像機ヴァンガードは、掠め取って

 過剰なほどの、爆撃ともいえるほどの連続砲撃をタイプソリッドに浴びせ、粉々に破壊したあと、ロクな挨拶もなくそのまま飛び去って行ったのだ。


「ルティ。……例の機体の正体は? 問い合わせたんだろ」

『返答は来てないわー。その辺はゴールダスクソドワーフに任せましょー。このサプライズで一番ハラワタ煮えてんのアイツだしー』

「……ルティはそれほどでもないのか?」

『もちろん釈然としなくはあるけど、とにもかくにもヒューちゃんとヘルブレイズは戻ってきたからねー。……ゴールダスからすれば大事な設計機体さくひんたちと、それより大事なベテランパイロットたちを無駄に捨て駒にしてくれたわけだしー。特にサーク隊長はアイツ好みのシブい操縦してたから、みすみす死なせたのは痛恨のはずよー』

「……本当に、死んじゃったのか、あの人」

 ヒューガは、無駄と思いつつもまた確認する。

 ルティはその声の調子から、ヒューガの心境を敏感に感じ取りつつ、あえてドライに。

『手遅れだったわー。……一応、回復魔術かけてくれって一度言われて確認はしたからねー』

 ルティは鋼像機ヴァンガードの四肢を回復させる規模の魔術を使うことができる。

 それは人類用の回復魔術を応用したものであり、つまりルティは人を直接回復させることもできる。

 現代人は回復キットと呼ばれる液体魔力エリクシルリキッド式の汎用傷痍治療機器を使うが、誰にでも合わせられる汎用品だけあって効果はそこそこだ。重傷には間に合わない場合も多く、「本物」の回復魔術が使えるなら、その方が効果が高い。

 しかし、そのルティが手遅れと判断したのなら、どうしようもない。

 死者を蘇らせる魔術は、存在しないのだ。

 ……おずおずと二人の通信に女の声が入ってくる。

『隊長以外にも、ラッド、アドル、マーキー、ジミーが戦死して……今はノーザンファイヴ鋼像機ヴァンガード隊は私が最先任です』

「エリーさん。……五人も死んだのか」

『ええ』

 定数8機の部隊のうち5機が損失するというのは、もはや壊滅と言っていい。

 ……だが、それでも。

 鋼像機ヴァンガードのパイロットというのは本国から補充される。人口飽和状態の本国に候補生は多く、空きの椅子があればすぐにでも手配はできるのだ。

 しかし、新人がまともに戦闘に参加できるようになるまでには、長い慣熟と幾度もの戦闘経験が必要になる。

 ノーザンファイヴ隊が以前の練度を取り戻すには、相当な時間がかかるだろう。

『……こんな戦いに意味があったんでしょうか。本当に』

 エリーは沈んだ声で呟く。

 この戦いの意義は、ヘルブレイズが司令部に見せた可能性の証明。

 人類が、鋼像機ヴァンガードが世界の支配権を取り戻す時代が来た、という、その証明の為だけの戦い。

 結果として証明は成された。

 ヘルブレイズだけの力ではないが、現状の考えられる最悪の超越級オーバード拠点は攻略された。

 これを潮目として、世論は動くだろう。今までは必死で朧な領土を掴み、超越級オーバードが気まぐれを起こして攻めてこないことを祈りつつ守るのみだった旧大陸再征服が、これからは攻勢に転じられるという証明になった。

 だが、それは本当にプラスの変化なのか。

 現場で地道に戦う鋼像機ヴァンガード乗りにとっては、ただただ積み上げたものを失い、過酷になるだけなのではないか。

 彼女の声からはそんな疑問が滲む。

 ……ルティは少しだけ間を置いてから。

『「意味」はいつだって主観よー。ないと言えばどんな奇跡にも意味はなくなるし、あると信じれば無からだって生み出されるのよー』

『それは……』

『なら、誰かの死を無意味でないことを、私たちが証明するしかない。彼らが私たちを生かしたことに意味があったと、誰もが認められるように。……生きている私たちにできるのは、それだけよー』

『……はい』

 その答えは、エリーの疑問に答えられてはいない。

 詭弁だ、と思いながらも、沈むエリーを別の言葉で励ませるような自信はなくて、結局ヒューガは口をつぐむ。

 最初から答えなんかないのかもしれない。安全な本国で繰り広げられる上層部のパワーゲームを解説できたところで、それでエリーが救われるわけではないのだ。


       ◇◇◇


 やがて、戦場救援から戻ってきたツバサがヘルブレイズの肩に舞い降り、コンコンと竜貌をノックして、ヒューガにハッチ開放を要求する。

「……あんまこの恰好見られたくないんだけど」

「トレーラーは街に帰るのに時間かかるから。私も乗せてって」

「……いいけどさ」

 渋々ながらヒューガはコクピットにツバサを招き入れる。

 ……ツバサは相変わらずヒューガの化け物のような変異には大した反応もせず、逆に気にしているヒューガを気遣う。

「……髪が気になるなら普段もっと短髪にしたら?」

「友達に変な悟られ方したくねえし。っていうかどうせヘアサロン行けばすぐ戻るんだから、顔が竜人トカゲになる方が問題なんだよ」

「そう? 別にこっちはこっちでいいと思うけど」

 ツバサは涼しい顔。

 いや。もう見慣れているだけか。

 ヒューガはできるだけ彼女の反応を見たくなくて目を逸らしていたが、ふと気づく。


 あの凄惨な戦場と撤収現場から戻ってきたにしては、あまりにも


 いかにもな日常会話だけをしている。何も見なくても、考えなくても答えられるような。

 ……彼女はヒューガを気にしていないのではなく、別の何かが気になっているのだ。

「……ツバサ? 何か……変じゃないか、お前」

「ん……」

 ツバサはヒューガの怪訝な視線の意味を考え、検討して、たっぷりと時間をかけてから口を開く。

「……一応、広域通信、聞いてた。そしたらすごく聞き覚えのある言葉が聞こえて、ね」

 ルティからの指示を聞くために持ってきていたのだろう。ハンタースマホを弄びながら、ツバサは表情の抜けた顔で、タイプソリッドの残骸の方を見る。


「ブルースター、って、言ってたわよね」

「ああ。あの知らない鋼像機ヴァンガード……」

「……蒼き星ブルースターって、二百年前は毎日聞いてた単語だから」

「え……?」


「『魔王』の異名。鋼像機ヴァンガードにそんな名前……偶然にしては、出来過ぎてる」

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