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第72話 予想外

 獄炎の息吹ヘルブレスの影響はすぐに表れた。

 ただでさえヘルブレイズ・ドラゴンへの変形に伴う竜化で全身は変異し、高熱を患っているような感覚はあったのだが、そこに加えて一気に全身の血液が重油になったような、異常な倦怠を感じる。

 強い意志で自らに命じなければ手を裏返すことさえ厳しい。

 液体魔力エリクシルリキッドによって発生させた大量の疑似魔力が、瞬間的にリューガの体内を通っていったことによる後遺症だ。前回の発射時よりも調整してあるはずだが、それでもヒューガの内部へのダメージは強烈だった。

 日をおかずにもう一度やるのは無理だ、と改めて思う。もしも今ベッドに寝たら起き上がれないだろう。それぐらい何もかもが重い。

「く……ユアン、下がるぞっ……! ここまでやればもう、あとは無茶な作戦なんぞ……」

 崩れ落ちるタイプインセクトの死骸のそばにゆっくりと着陸したヘルブレイズ。

 そしてレーダー上では未だ動いていないスミロドンを確認しようと、改めて竜頭を向ける。

 むしろこちらの発言など無視してドライに撤収し始めてくれれば楽なのだが、もしユアン本人が限界を迎えて意識を失うなどして動けなくなっていたなら、ヘルブレイズが捕まえて運んでやらねばならない。

 離陸能力からすると不可能ではないが、ゴチャゴチャした背部装備を持つスミロドンをしっかり確保するのはいろいろと面倒そうだ。ボロボロの腕やサブアームを掴むだけでは、途中で折れて落としてしまいそうだし……などと思っていると、通信でユアンの呻くような声が届いた。

『……やべぇぞ……おいガキ、まだやれるか……?』

「……? だから下がるぞと言って……」

『お前以外下がれねえよ』


 地が震える。


 ヘルブレイズは空を飛び、またタイプインセクトを撃破したことによる崩壊の地響きに包まれていたので、が遠くから響いているものだとは気づかなかった。

 だが、数秒と置かず地響きが繰り返される。

 瘴気の彼方に、山が見える。

 山と見まごう巨岩が、浮いて地に落ち、再び空に舞う、冗談のような光景が近づいてくる。


「……まさかっ!?」

 ロクな可動肢も見当たらない、地属性魔術の出力に全振りしたタイプソリッド。

 タイプソリッドは可動肢が必ずしも必要でないために構造強度が高く、魔力頼りの定点制圧能力は抜群だろうが、そう機敏には動けないだろう。

 それが大前提だった。

 直径数百メートルの岩が跳ねて飛ぶ。それも、連続で。

 他の二匹が殺られた怒りか。それとも、それを成し得た小さな殺戮者ヴァンガードに本格的脅威を感じてのことか。

 それは、予想以上の移動速度で、何もかもを叩き潰して崩壊させながら移動している。


『道もズタズタの今の状況じゃ、ちょっとでも地形に足を取られたらもう追いつかれてペシャンコだ。どうする……って、こっちはお前に任す以外に何もねぇんだがよ!』

「く……!」

(今の状態であのタイプソリッドをどうにかする……って、無理だろ!?)

(じゃあ全部見捨てて逃げ戻るのか! ユアンだけならまだしも、ここで我がケツまくれば、生き残りのダイアウルフもどうしようもないぞ!)

(でももう戦闘手段なんて突撃タックルしかないんだぞ! いくらフレームホネが強いからってあんなもんとぶつかり合って保つわけないだろ!? せめて尾部光刃剣スラッシュテイルだけでもあれば……!)

 ただでさえ身体を動かすのも億劫な状況だ。

 だが、やるしかない。

 せっかくここまで戦って、最後に何もかも奪われるわけにはいかない。

「ルティ!! 何か隠し玉はないのか……!?」

『……ないわ。もし未稼働システムなんかあっても、今のリューちゃんじゃ使えない』

「……!!」

 未稼働のものが未稼働である理由。

 それは、元々無用のものであるか、あるいは気軽に使えないだけのコストやリスクがあるか……ということに他ならない。

 体調が大幅に悪化し、普段通りの操縦さえ怪しい今のリューガに、そのはできそうもない。

『最後の手段よ。ツバサちゃんに今戦場に飛ばせてる。あの子なら全開で飛べば何人かは救えるでしょう。リューちゃんはスミロドンからパイロットだけ回収して。勿体ないけどスミロドンは再建造できるわ』

「大負けで終わらせるつもりか!?」

『ヘルブレイズが生き残ればリベンジできるわ。それ以外のことは、何もかも高望みよ』

 ここまで来て、そんな。

 リューガは歯をギリリと食いしばる。

「……一撃、だけでも!!」

(や、やめろリューガ!)

 ヒューガの制止を振り切り、リューガはヘルブレイズをもう一度離陸させる。

 意地だった。

 理屈の上ではルティの言う方が正しいのだ。元々成功率の高くはない作戦だった。ここまで首尾よく進んだだけでも僥倖だ。

 ここで意地を張ったところで、違いはあまりないのかもしれない。それでも、ただビビって最低限の成果を握って終わりになどしたくなかった。

 戦闘者としてのその気質が、リューガの強みでもあり、弱みでもあった。


 跳ね飛ぶ巨大な岩山の質量は、タイプインセクトカマキリなどとは比べ物にならない。身長2メートルの人間に体当たりをするのと、直径2メートルの岩に体当たりするのでは、わけが違う。

 だが、正面切ってぶつかり合わずとも、ベクトルを逸らすだけなら……。

「……やれるかもしれんじゃろ!」

 機械竜の手にあるのは、立ち向かう相手に比してあまりにも貧弱な属性銃エレメントライフル光刃剣スラッシャー

 これらを直接使っても倒せる絵図は見えない。

 だが、持ち前のパワーでこの岩の動きをいなしながら、剣で切り込み、中に爆砕弾エクスプローダーを幾度も叩き込めば?

 もしかしたら、勝負になるのではないか。

(リューガ! 正気に戻れ、リューガ!)

(我は正気じゃ!)

 言う事を聞かせるのにひと苦労の手足で、これまた完全とは言い難い機体を操って。

 なおも竜人の少年は、勝利に固執する。


 その、眼前で。


 急にタイプソリッドが蒼い爆発を起こした。

「!?」

 自爆か、と思ったが、様子が違う。

 幾度も爆発が同じ場所で続き、瘴気が爆圧で晴れる。

 頑丈なタイプソリッドが爆発でえぐられ、亀裂が入る。

 それを空から見下ろす……空を飛ぶ、鋼像機ヴァンガード


『なんだ……ありゃ……』

『ちょっ……クソドワーフ、アンタの仕業!?』

『ンなわけねえだろババア! 俺ァずっとここでダイアウルフの足回りいじってたんだぞ!?』

 ルティとゴールダスが怒鳴り合うのも無理はない。

 本国の鋼像機ヴァンガードは実質的に彼らが競作していたといってもいい状況で、他の設計者・技術者は彼らの鋼像機ヴァンガードを見て手を加え、あるいはせいぜい限定的な状況で使える局地戦機をでっち上げるのが関の山。

 制式機を採用・一斉更新する本国の方針もあって、他の制作ラインというもの自体が育っていない。

 ならば、この状況に乱入するほどの力を持つ鋼像機ヴァンガードなら、彼らが知らないはずはないのだ。

 それなのに、二人とも知らない。


『イースタンサーティ所属、ブルースター・ゼロ号機、交戦開始します。……友軍各機、退避を』


「……ブルー……スター……?」

 通信から聞こえてきた声にリューガは呆然とする。

 その身体を無理矢理動かして、ヒューガはヘルブレイズをタイプソリッドから離す。

 たちまち、ブルースターと名乗った鋼像機ヴァンガードは砲撃を再開し、信じがたいほどの破壊力の魔法弾を雨のように打ち下ろし、タイプソリッドを粉砕した。

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