残り二体。
勝利の安堵からリューガは一瞬だけ思考を止めてしまったが、ヒューガは次の行動を熟考している。
(次はどっちを叩く……!? スミロドンと戦ってる
流れから言えば、次はタイプインセクトの方だろう。
そちらの方が攻撃力も移動力もあり、分断作戦を破綻させる可能性が高い。
だが、それに挑んでいるスミロドンは
彼ならきっと、もう少しは単独で膠着状態を維持し続けることが可能だ。
犠牲を減らすという視点で言えば、次に狙うべきはタイプソリッドの方だろう。
作戦経過画面を見れば、ダイアウルフは既に11機やられている。
回避特化したウルフランナー改を使っても既にこの被害であるならば、もう数分も放置すれば、集中力が限界に達することによる被害がさらに積み重なるだろう。
(……タイプソリッドを叩くぞ。そうすればダイアウルフ隊を下げられる)
(そうじゃな。ユアンにはもう少し気張ってもらうとしよう)
となると、問題は……
残るはもう一本の手に保持している
「ルティ。武器が必要じゃ。さすがに銃一丁でタイプソリッドを片付けるのはしんどい。なんとか……」
『すぐに戻って』
「……ぬ」
『押し問答する一秒も惜しいから。黙って飛んで』
「わ、わかった」
リューガとて時間の惜しさは感じている。
今、無理に戦場に固執したところで、無駄に長引いてしまうだけだ。
素直にルティの誘導に従う。
ルティやツバサが居残っているタンクトレーラーの周囲には、傷ついたダイアウルフが10機ほど戻ってきていた。
そして、数機の大破したダイアウルフも。
「リューちゃん。右腕をすぐパージ。こっちの機体の腕に付け替えて」
「……わかった」
「ノーザンファイヴ4番機の子、手伝って。急がないと死人が増える」
リューガがレバーを引いて半壊した右腕を地面に落とす。
『……こんなっ……!』
無線越しに泣き声が聞こえてくる。
こんな、の後に何を言おうとしたのか、ヒューガとリューガは極力考えないようにして腕を受け取り、肩に添えてレバーを戻す。
ジョイントが自動接続する。
そして、他機種間でのフレーム接合調整も数秒で完了。ヘルスチェックモニターの中で腕部がグリーン表示に戻る。
「理屈の上では可能と知っとったが……これでええんか? ハードに扱ったらすぐに駄目になっちまいやしないか」
長さも太さも見慣れない右腕を動かしながらリューガは呟く。
ルティは答えた。
『フレームの規格自体は揃えてあるし、むしろ剛性に関してはダイアウルフの方が高いはずよ。魔力循環系に不具合がない限りはレイザーエッジ系の元の腕より頑丈なはず』
「……ルティ、どうした? 様子がおかしいぞ」
台詞の間伸びがない。声が硬い。
……それに自分でようやく気付いて何かを言おうとするルティだが、遠いノーザンファイヴからゴールダスの声が割って入る。
『前じゃ兵士が次々死んでんだ。ボロクソの機体で戻った息子をそこに応急修理で送り出そうって親に、いつもの調子でいろってのは無茶振りが過ぎるぜ』
『……っさいわねぇ』
ライバルのフォローに苦い顔をするルティ。
『私はリューちゃんが戦うというなら邪魔しない。最後の最後まで、見届ける。ヘルブレイズを造ると決めた時から、そう決めてんの。……その機体から
「……了解」
大破しているダイアウルフの腰から無事な
「それじゃあ、戻るぞ。タイプソリッドから潰すんでいいんじゃな?」
『違う。タイプインセクトからよ』
「何……?」
ユアンが相手しているそれは、おそらく飛行能力がある。
そう長距離は飛べないだろうが、瞬間的に数キロを移動する程度の飛翔能力があるだろう、というのがルティの見立てだ。
それだけの移動力がある相手には、超音速飛行能力があるヘルブレイズ以外は撤退すら難しい。
対してタイプソリッドは、おそらく本体の移動にも地属性魔術を使用する。土地を一時的に持ち上げ、陥没させ、それによって波を作るようにして動く。
その移動速度なら、タイプインセクトを討伐するまで横入りを心配しなくていい。
二面攻撃を防ぎさえすればヘルブレイズは勝てる。そういう視点で考えれば、積極的に叩くべきはタイプインセクトの方だ。
「理屈はわかるがっ……被害が広がるんではないか!?」
『勝つためよ。タイプインセクトを始末できれば、あとは一旦下がってから作戦を練り直したっていい。そこから先は単品の
「……っ! なら、我が接敵したらダイアウルフには撤退指示を出せよ! ユアンもおるなら攻撃効率は二倍じゃ、すぐに終わるからな!」
『もちろんよ。……リューちゃん、よく我慢したわね。切り札、使いどきよ』
「!」
確かに、一体倒した後なら態勢立て直しの自由が利く……ということを考えれば、撃てる。
脱力はするし機体の
自分自身の変異がかつてなく進むという部分には目を瞑る。そんなものは、ふたつとない命を失っていくパイロットたちを思えばただの贅沢だ。
『口挟んで悪ィが、やるなら急いでくれ。頼む』
ゴールダスがまた通信に割り込んでくる。
『そろそろユアンのネタが切れそうなんだ。本人はまだ持たせると言ってるが、避けるスペースもなくなってきてやがる』
作戦の主導権はルティが持っている。ゴールダスの発言権はそれより明確に下位に置かれていて、もしもスミロドンがヘルブレイズを守るために撃墜されたとしても、受け入れなくてはならない立場だ。
強く言える立場ではない。が、それでも懇願する。
『機体も大事だがユアンの野郎はそうそう替えが効くもんじゃねえ。現状でもスミロドンのポテンシャルを100パーセント以上引き出して戦ってる。このまま死なすのは忍びねえ』
「……わかっとる!」
リューガはヘルブレイズの飛行速度を全開にし、戦場に舞い戻る。
100キロ後方。ロスした時間は十分程度だ。
それでも、ゆっくりと残存機数カウントは下がっていた。
数十回、あるいは百回以上繰り返された鎌攻撃の結果、スミロドンとタイプインセクトの戦場はまるで巨大な鍬で耕されたようになっていた。
大地に繰り返し突き立てられた
空を飛べないスミロドンにとって、華麗な回避は安定した地面が存在してこそのもの。
どんどん回避可能な地形が少なくなっていく中で、それでもスミロドンは奇跡的な動きを続けていた。
瞬間的な加速術である「地脈移動」も駆使し、本来はもう
が。
『……
機体を複雑に滑らせながらユアンは歯を食いしばる。
『武器が足りねえっ……野郎、いたぶって楽しんでやがる……! ハッ、気持ちはわかるぜ! 楽しいよなぁ、雑魚をからかうのはよ!』
『ユアン! もう少し持ち堪えろ、ヘルブレイズの坊主が行く!』
『邪魔だ……と言いたいトコだが、さすがに火力ナシで続けるのはキツいな……!』
モニターに映るスミロドンの姿は無惨というほかない。
脚へのダメージこそないが、腕は片方が派手になくなり、もう片方は手掌部破損。手首から先が千切られたようになくなっている。
細いサブアームをその折れた腕で支えながら、残り2丁の
しかし、構えているだけでもう撃てない。撃てなくてもそれを投げ捨ててしまえば丸腰だ。それはモンスター側からすれば、ほんのわずかでも残る反撃の可能性を自ら放棄し、あとは心置きなく潰して下さい、という宣言に等しい。
ギリギリの虚勢が支えているバランスもあるのだ。
それが繋ぐ細い希望を、リューガはギリギリで掴む。
100キロの距離を加速し続けた勢いのままに、激突。
瘴気が一瞬だけ、激音に伴う衝撃波で薄れる。
まるで砲弾のような
「ユアン! とっとと下がれ! そんな有様では何もできんじゃろうが!」
『……ガキにそうしてイキられると突っ張ってやりたくなるんだがな。さすがに……これ以上は本気で無理か……』
もはや、一応回避ができているということ自体が驚異的な状態。
「悪いが横取りさせてもらうぞユアン。奴を仕留めれば、あとは一体。時間稼ぎに味方をすり減らす必要がなくなる。急ぎの仕事なんじゃ」
『……チェッ……奴の急所はおそらく腹……あの後ろの
「……おうよ。それだけ分かれば充分じゃ」
味方が来て集中力が切れたか、急に台詞に疲労感が漂い始めたユアンの助言をリューガは信じる。
ここで適当なことを言ってリューガを陥れれば自分とて危ない。ヘルブレイズを囮にして自分だけ逃げるというのは、タイプインセクトが短距離飛行できるという前提に立てばまず無理だろう。
一瞬でも早く、全体をこの戦いから解放する。
リューガはゆっくりと身を起こす巨大カマキリを見つめながら、速攻の決意とともに操縦桿を押し込んだ。
(ヒューガ! ヘルブレスの発射準備はすぐできるか!)
(突入機動かけながらやる! バグに引っかかんなきゃ発射可能まで6秒だ!)
(おうよ!)
コンソールを走る片手の動きをヒューガに任せつつ、残りの手足でヘルブレイズを駆るリューガ。
真正面から体当たりすると見せかけて急制動でタイプインセクトの迎撃を外し、腕の付け根に
カマキリの両腕は根元が極めて近い。うまく当てられれば両腕同時に無力化が可能だ。
ユアンがそれを狙わなかったとは思えないが……タイプインセクトは構造が弱い代わりに再生力も高い傾向がある。おそらくは当てて、再生した後なのだろう。
数秒稼げれば充分だ。動きが鈍ったところに追撃で
それでもすぐに再生してくるだろう。それが
しかし、数百メートルの巨体を一瞬で回り込めるヘルブレイズの機動力なら、その隙が決定機になる。
一気に背中に回る。
そして、長くなった竜の首の奥底から、地獄の炎か輝き出す。
リューガの肉体を触媒に、
「
炎が巨虫を貫く。
いくら大きさに比して華奢とはいえ、本来は簡単には届かない急所を、強引に炎が貫き、灼き尽くす。
これで急所を外していたら一気にピンチだ。
この状態で反撃されれば、逃げ出すしかない。そしてスミロドンは逃げきれずに捕まるだろう。
強制的に体調が悪化した状態で、その時間を稼ぐための戦いをしなければならない。
懸念しながら放射を終える瞬間を待つ。
ここからまた巨虫が動いたなら、実質的な敗北だ。
果たして、数秒経って……その巨体は命を失い、スケールを無視して昆虫の姿を成立させていた魔力の作用をも失って。
関節ごとに全身が千切れながら、崩れ落ちていく。
外骨格生物は一見頑丈だが、内骨格生物よりも少ない筋肉量で堅く重い全身のパーツを繋いでいる。
あまり巨大な外骨格生物は、魔力での強化がなければただ形として存在することさえ許されない。
それは、間違いのない死の光景だった。