スミロドンは最高速度こそ
逆に、スミロドンの回避力に近づけるためにはひたすら最高速を盛るしかない、という判断をしただけのことだ。
つまり、現在でもスミロドンは彼にとっての最高傑作であることに変わりない。
回避行動の基本は相手に予想させないこと。そのための全方位急減速・急加速能力こそが肝であり、最高速に頼った被弾機会の減少は次善の策でしかない。
動きが単純で読みやすいなら、いくら速くてもそう遠からず捉えられる。
「読ませない」という前提に立つなら、速度自体はスミロドンのレベルで十二分。というより、常人の肉体ではそれ以上の加速度では意識が持たない。
言い換えれば限界ギリギリの荷重の中で機体を踊らせ、モンスターの反応速度と判断速度を加味しつつ、自分に注意を引き続けるという行為をやらなければならない。
死にかすり続けながらアドリブで決め続ける極限のダンス。
そんなものは凡百のパイロットには不可能だ。精鋭を訓練したところで、こなせるのは一握りだろう。
だが、自分はそれだ。人類で最もそのダンスに熟達した者だ。
ユアン・エディントンにはその矜持がある。
ユアンの駆るスミロドンは、カマキリ型
叩きつけられ、薙ぎ払われる柱の如き大鎌。その迫力は無慈悲な暴風と言うほかなく、一撃で木々も岩山も切り裂かれて吹き飛んでいく。
それを黄金の
ゴールダスが「
副腕まで使って放つ
このカマキリ型で言うならば両の鎌を落とし、移動脚を折り、胴体の複数個所に切り込む……といった作戦を現実的に考えるには、どうしても一機では無理だ。
鎌の関節を集中攻撃しても機能不全にしても、もう片方の鎌がある。
それだけ躱せば良いというものでもなく、サイズ差を鑑みれば何の工夫もない体当たりすら脅威だ。
有り余る魔力を固めて放つ魔力弾も、いつ飛ばしてくるかわからない。
結果として、戦況は一定以上には傾かない。傷つけばそれを庇って時間を稼ぎ返される、不毛なやり取りが続いている。
だが、続けば動きは学習される。
『おいユアン! だんだん詰められてるぞ、大丈夫なのか!?』
ヘッドセットからゴールダスの濁声が響く。
「ヘッ、わかってんよっ!! あとだいたい17手で捕まるってんだろ!?」
ユアンが超巨大カマキリの思考と能力を試しながら戦うのと同じく、超巨大カマキリもユアンの回避タイミングとその限界距離をじっと観察している。
避ける。撃つ。跳ぶ。迫る。退く。
見てからでは間に合わない。予測と予測をぶつけ合う勝負の末に、スミロドンは回避スペースを失い、鎌の一撃に捕らえられるのところまで予測が済んでいた。
『分かってるならどうする!? いったん距離を取るか!?』
「今こいつを一分でも野放しにするのは厄介だぜ!?
『だからってな! このままでは死ぬぞ!』
「だから仕込んでんのさ! あと12手……!」
ユアンはあえて不利な予測に乗る。
少しずつ少しずつ余裕を奪っていく、一瞬油断をすればいつでも死ねる斬撃暴風を掻い潜りながら、相手の予想通りの攻撃を撃ち込み、そして少しでも旗色のいい方に機体を逃がす。
このレベルの戦いとなれば、追い詰められるとわかっていても定石を外すのは危険だ。
袋小路に向けて少しずつ少しずつ進み……。
「……2……1……ゼロ。さあて、ショウダウンだ」
迫りくる鎌の一撃に……ついにかわしきれずに片腕が切り裂かれる。
衝撃がコクピットを揺らし、スミロドンは傾いだ姿勢でそれ以上の追撃をかわす。
『ユアン!!』
「ハッ! ついに捕らえた……って、なァ!」
互いに数十撃も繰り返した末の、有効打。
天秤を傾ける運命の一撃。
そう喜ぶだけの知能が、巨大カマキリにはある。そう確信したから。
「ハッハァ!! そうだ、お前が優勢だ!! そう思えよ、グッボーイ!! だがな!!」
ユアンは一切、動揺しない。
「そこからがバトルって奴は楽しいんだぜ!?」
バックパックから副腕が飛び出し、
本来の腕と肩裏の副腕は持っていかれた。だが、それだけだ。
腕はあと四本残っている。
「さあ、次の曲だ! ダンスパーティは終わらねえぞ!」
『わざと食らったのか馬鹿野郎!』
「もう少しで俺を片付けられると思わせなきゃ場が持たねえんだよ! コイツはムキになるタチだ、優勢なうちは手を変えねえ!
自らの命をぶらぶらと晒し、ユアンは踊り続ける。
「これであと40手は俺一人で握っておける。それ以上は……
『……チッ。イカレ野郎め。……だが、認めてやる! お前は最高のパイロットだ!』
まだ
ユアンだけでは勝てない。
だからこそ、最高の動きを今、見せるわけにはいかない。
「絶対不利の中で果敢に戦う弱者」を演じ続けることで、より時間を稼ぐことができるのだ。
◇◇◇
ヘルブレイズと虎
冗談のような速度で振り回される爪、爪、たまに牙。
それを見て取りながら、リューガは怯んでいるわけにいかない。
(まだ目は再生できてないはずなのに、狙いがどんどん正確になってる……魔力感知で追ってやがるのか?)
魔力感知は古い時代の魔術師が得意とした索敵法で、自他の相対位置の把握に適している。壁越し、闇越しの感知を可能とするため、かつてはよく用いられた。
ならば、最悪なのは静止状態からの直進直行。待ち構えやすいことこの上ない。
(見えとるつもりで戦えばいいんじゃろ!!)
(違う、魔力で追ってるなら騙しようがある! 軌道が複数回重なる動きをすれば惑わせられる!)
魔力は匂いのように「残る」性質を持つため、魔力感知は素早く往復するような動きをされると現在位置を絞れなくなる弱点がある。
あくまで視覚を補助する術であり、これに頼っているなら突ける穴はあるのだ。
(つまりどう動けってんじゃ!?)
(……近距離旋回でいく!)
巨大虎の頭部周辺を虫のように飛び回り、攻撃をすると見せかけて魔力の残像を残す。
残像は巨大虎にかかれば前足の一振りで消えてしまうが、それでも迷いを生むことができればこちらのものだ。
まだ急所を特定できていない。攻撃を重ねなくてはならない。
まだ倒すべき敵は残っている。ここで落ちるわけにはいかない。
(
ヘルブレイズ・ドラゴンでの体当たりは、まともに決まればこの数百メートルサイズの相手でも大きく体勢を崩すだけのパワーがある。
また爪を振るう前足を封じることができれば、単純に攻撃が減って余裕が生まれる。
それらを捨て、懐に飛び込んで斬撃を繰り返すというのは、いかにもリスキーな戦い方に思える。
が、ヒューガは手順を踏むことで、巨大虎が違う戦闘形態を取ることの方を恐れた。
仕切り直す隙と理由を与えてはならない。
別の何かになってしまえば、こちらも攻略法を練り直す時間が必要になる。
そんなことにつきあっている暇はないのだ。味方があまりにも死ねば、焦ったリューガとのコミュニケーションが成立しなくなる危険すらある。
リューガをこれ以上追い詰めてはならない。作戦の中核がヤケを起こすなど、あってはならない。
(思考が散漫じゃぞヒューガ! 我は冷静じゃ! 少なくとも今はな!)
(……!)
(我も勝負を投げ出す気はない……ジュリを放ってそんな真似してたまるか……!)
自分同士。ヒューガのジリジリした懸念もリューガに伝わっている。
しかし同じように、リューガの冷静さが薄氷の上にあることも、ヒューガにはよくわかってしまう。
……それでも、リューガに頼るしかない。リューガのようにドラゴニュート形態を使いこなす自信も、迷いも恐れもなく危地に飛び込む度胸も、ヒューガにはないのだから。
(ゆくぞ! お前はお前の仕事をせい!)
(……ああ!!)
リューガは巨虎の反応を惑わすべく、上下左右に機体を揺らす。
突撃の出どころをそうして誤魔化してから、一気に加速。
そしてそれを捕らえようとする巨虎の爪撃を紙一重で躱しつつ、その胸元を横蹴りで蹴りつけながら尻尾を振り回して斬撃。
脇を通り過ぎかけたところで全力で反転。回り込む。動きとしてはいびつな三角軌道で巨虎にまとわりつく形だ。
これを繰り返す。
まともなパイロットなら、こんな強引な切り返しは数度も持たずにブラックアウトしかねない。
そして巨虎も苦痛に吠えてはいるが、闇雲に暴れて弾き飛ばそうとしてくる。
それを見極めながら、瘴気の霧の中でヘルブレイズは
「おおおおおおおおおっ!!」
ヒューガの推測通り、巨虎は魔力感知でこちらを視ているらしい。
旋回の回数が増えるにつれ、こちらについてこれない雑な動きが増える。
今のうちだ。流れが変わる前に「急所」の目星をつけなくてはならない。
等身大の生物としては有り得ない場所が急所になっていることも多い。
だが、攻撃のために振り回すような部位に急所があった例はない。前足や尻尾は除外していい。
顔面は既に攻撃した。そこからの暴れ具合を考えるに、頭部も感覚器であるだけで「急所」ではない。
残るは胸部。腹部。尻、後ろ足。
左右どちらかに偏って配置されている場合もある。リューガにはそれを加味して、可能性のある場所に斬撃を当てさせる。
(最初に殺ったのが細っこいタイプサーペントだったのは、本当にイージーじゃったのう!)
頭の中でボヤくリューガ。あれも身体はそれなりの太さだったが、急所が左右に偏った配置だとしても意味があるほどではなかった。
それに急所も結局頭部だった。工夫して戦う必要がなかった。
改めて、特に楽な相手だったと痛感する。あれは
だが、ヘルブレイズの戦闘能力も、リューガの経験値も、その時より充分に上がっている。
負けるはずがないのだ。負けるわけにはいかないのだ。
「ぐっ……ぬああああっっ!!」
全身をねじ伏せようとするGに耐え、体中に血管が浮き立つほど力を込めて操縦を続けるリューガ。竜化はユアン戦の時よりもさらに進行しているが、出し惜しみなどできるはずがない。
三角を描く軌道で周回し続けながら、ヘルブレイズ・ドラゴンは一秒に二回のストロークで虎に回転斬撃を加えている。そしてその攻撃が通っているかどうか、都度都度確認して次の一撃を加えるべき場所を選定する。
傍目には虎が一方的に嬲り殺しにされているようにしか見えないが、ヒューガとリューガにとってはまさに血反吐を吐くような限界ギリギリのラッシュだ。
そして。
(見えた……っ! リューガ!! 右の前足付け根だ!!)
(厄介なところに隠しおる!)
人間でいう脇の下。
狙って入り込むには大いに勇気がいる場所に、巨虎の急所は存在していた。
振り回される前足が邪魔で、攻撃を直で通すにはいくつかの偶然が必要な位置。
そこに
他の場所へのいかなる攻撃とも違う反応だ。
(一気に決めろ! 右前足を叩き切ってやれ!!)
(……任せよ!!)
リューガはさらに一周ののち、
それができればあと一撃だ。深々と
まさにそこで、虎は奥の手を使う。
咆哮。
ヘルブレイズが次は確実に狙ってくると悟り、巨虎は前足の内側に魔力弾を生成した。
いくら魔力探知が幻惑されていても、確実に来る場所がわかっていれば罠を仕掛けられる。
生死を賭けたイチかバチかの策を逆に仕掛けられ、ヘルブレイズは自分から突っ込んで直撃し……。
「……効かん、ぞぉぉぉ!!」
リューガは吠え返す。
そして吹き飛ばされながらも切り返して脇に飛び込み、
魔力弾をモロに受けたのだ。フレーム強化システムの恩恵が及んでいない後付けの尻尾は、耐えきれなかった。
それに動揺するリューガ……を、ヒューガは叱咤する。
(
「…………ハッ!!」
ギリギリでルティに調整してもらった対応武器。
尻尾が千切れかけても、それはまだ握りしめていた。
すぐに前足が畳まれ、肘でヘルブレイズを払いのけようとしてくるが……一瞬あれば充分。
「がああああああっ!!」
巨大な質量の前足に潰されそうになりながら、手持ち
本来の出力が高すぎるヘルブレイズがそれをやれば、
暴発する。
すればいい。
傷口の中で、ヘルブレイズの腕を巻き込んで
ガシャアッ、とヘルブレイズ・ドラゴンは地に墜落する。
そして、虎の巨体もまた、地響きを立てて地に伏し、動かなくなった。