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第69話 人を駆逐した者共

 時間をかけないで倒す、というのは、今回ばかりは無視できない魅力がある。


 大多数を占めるダイアウルフは今回、慣れない高速走行による回避力に期待するしかない。

 彼らの相手するタイプソリッドがよほど鈍く、完全完璧にウルフランナー改の速度についていけず、魔力弾も明後日の方に飛ぶだけ……というイージーな展開になってほしいところだが、そんなに都合のいいことはまず起きない。

 一機、また一機……と、虫のように潰されていくことだろう。時間をかければかけるほどに。

 防ぐ方法はただ一つ。リューガがテンポよく倒していくことだけだ。

 獄炎の息吹ヘルブレスは一出撃で二度は使えないが、逆に言えば一度だけなら確実に使える。リューガ本人に多大な疲労感と、燃料である液体魔力エリクシルリキッドの相当な消費を強いるが、それがどこまで致命的な問題なのかは、やってみなくてはわからない。

 元々ヘルブレイズの戦法はスピード任せの力任せだ。パイロットがいくぶん脱力してしまったところで、操縦桿を引くことにはさほど関係ない。

 ならば、ぶちかますだけ。

 そんなに問題なく戦える可能性も決して低くない。

 そして、そうなのだとしたら、出し惜しみをした秒数分だけ後悔することになるだろう。

(一気呵成に決めてやる。獄炎の息吹ヘルブレスで頭のてっぺんから腹まで縦割りにしてやりゃあ、例え死なんでもロクに動けんはずじゃ。あとは尾部光刃剣スラッシュテイルでも振り回して、傷口でひと暴れしてやりゃあ終わる……!)

(雑な戦い方すんなっての! それで討ち漏らしたら死ぬのはこっちだぞ!)

 ヒューガは懸命に相棒の手綱を引く。

(敵が一匹なら名案かもしれないが、三匹だぞ! バテバテ状態でもう一匹ぐらいは倒せても、最後の奴一匹で充分死ねるだろ!?)

(じゃが!!)

(今使うのだけは絶対にダメだ! いいな!)

(……く……っ!)

 リューガとて道理はわかっている。

 最初の一匹を運よく倒したとして、次の一匹に手こずれば結局、死者は増える。

 ヘルブレイズが戦いの全てを握っているのだ。

 勝手にヘルブレイズが弱っているのを遠巻きに座視するなんて展開は、有り得ない。

 誰かが代わりとなって死んでいく。

 向こう見ずな賭けをいきなり許される戦いではないのだ。

 ……そんな葛藤をしていた数瞬のうちに、事態は動く。

 瘴気の霧の底に沈んでいた虎型超越級オーバードが急に立ち上がり、上空のヘルブレイズに巨大な前足を振り回して攻撃してきたのだ。

「こんな巨体で……そんな傷で、立つだとっ!?」

 幸いにして初撃で顔面をズタズタにした甲斐はあったらしい。

 狙ったヘルブレイズの位置はかろうじて無事な片耳で感知した当て推量でしかなく、前足はヘルブレイズのやや下を振り抜いていった。

 だが、数百メートルの巨体の前足だ。

 その掌の大きさだけでも鋼像機ヴァンガード一機に充分相当する。

 そしてモンスターらしく、爪が不自然なほどに長く展開されていた。

 当たれば光刃剣スラッシャーのように何もかも裂くだろう、と一瞬で理解させられる、禍々しいまでの殺意と魔力が絡みついていた。

 その一振りの暴風だけでヘルブレイズは薙ぎ払われ、メチャクチャに回転して飛ばされる。

 さらに巨虎はもう一方の前足を縦に振るう。

 スケールを無視した豪快な動きは、末端で音速を超越しながらヘルブレイズを狙う。

(当たるなっっ!!)

「ぬおおおおおおおおっ!!」

 空中安定状態を確保してから好きな方向に逃れる、なんて悠長な真似ができるはずもない。

 とにかく最速で位置を変える。それだけを企図して翼を全力で打つ。

 巨虎の爪はそれでもヘルブレイズのギリギリ目の前を通過した。

「目が見えんでもこっちを狙えるのか……!?」

(なら最初の一撃はもっと正確なはずだ。……耳にまとわりつく音だけで虫を叩く要領だろう。狙いが雑だから、小さくかわすのはナシだ)

「クソッ……うおおわっ!?」

 二発で終わらない。さらに下から爪が跳ね上がってくる。

 出どころが瘴気の霧の下だけに、軌道が見えた時にはもう手遅れだ。背がモゾついた段で避け始めなければ、当たる。

(顔をズタズタにされてさえこんな激しく動く大怪獣相手に、熱線一発でキメようなんてよく言えたな!?)

(ええい、認める! 我が間違っとったわ!)

 超越級オーバードは文字通り、常識をたやすく超越する。

 これほどの運動能力は、もっと小さい災害級ディザスターでもなかなか持っているものではない。だが魔力豊富な魔獣であるなら、物理法則などで論じるのも意味がないのだ。

 さらに見た目が虎だからといって、ただそれだけのものでも有り得ない。四肢や頭部が増えるなど序の口、戦いの最中に剣や大砲が生えた例すらある。

 砲口すらなくとも、魔力弾などの飛び道具も当然あるだろう。

 人類を滅びの寸前にまで追い込んだモノだ。油断などしていていいわけがない。

(倒すぞっ! それだけに集中しろっ!)

「やってやるわいっ!!」

 20メートルの巨体すら虫のように見下す、荒れ狂う巨怪。

 それを殺すために、黒い機械竜が赤い燐光を放って流星と化す。


       ◇◇◇


 タイプソリッド。

 岩や土塊などが意志を持って動き出したとしか思えない状態のモンスターの総称だ。

 モンスターの中でもかなり珍しいタイプで、その構造はあまり研究が進んでいない。どうやったら倒せるのか、という点に関しては特に。

 だが、動きが鈍いだろう、ということだけを基準に今回の作戦でダイアウルフ隊の波状攻撃をかける対象に選ばれた。

 スミロドンがかかることになったカマキリ型のタイプインセクト、ヘルブレイズが挑む虎型のタイプビーストなどに大挙して当たるよりは、いくぶんは相性がいいだろう、というのが司令部とルティの見立てでもあった。

 しかし、巨大モンスターは変異が激しい。

 同じようなモンスター同士でも、巨大化の過程でそれぞれの意思によって自己変異を起こし、ほとんど別種になっていくからこそ、正式に種族を命名できないのだ。


 つまり。

 パイロットたちにとっては、全くの情報不足で戦わされるということでしかない。

 どこを攻撃すべきなのか。何に注意すべきなのか。本体がどの部分で、そもそも自分たちが目にしているのが敵の一部なのか、そうでないのか。

 何一つわからないままに、ただ「来た攻撃に当たらず、時間を稼いで生き延びろ」という命令をこなす。


 それが「うまくいく」わけがないのだ、と、本当に理解していたのは五十人のうちの何人だったろうか。

「エリー! 近づきすぎるな! 散開隊形だ!」

『しかし隊長、離れれば援護が!』

「任務は生き延びることだ! 勝つことじゃない! やるのはヘルブレイズの仕事だ!」

『それにしたって遠すぎれば牽制射撃も難しくなります!』

「自分が生きて時間を稼ぐことだけを考えろ!」

 ほぼ台車となったスタビライザーを引くようになったことで、下半身が四輪車と化したウルフランナー改。

 安定性は上がったが、なんらかの要因で横転すれば復帰は難しい。これが通常形態のダイアウルフなら救助もできないはずはないのだが、下半身をほぼ固定する形になったことで、足元に手を伸ばすことさえできなくなってしまった。

 そして、タイプソリッドは「その全体像が分からない岩や土塊の化け物」である。

「攻撃……いや、待てっ……ラッド、かわせ!!」

『何を……うわあああっ!?』

 部下の一人が、緩い段差と思われた地面の急な突き上げで空中に跳ね上げられる。

 瘴気の霧の中を高速で走っているため、地面の動きに対応が難しい。

 高速性能は回避力を上げた代わり、問題感知から対処までの時間をも極端に減らしていた。

『ラッド先輩!!』

「走り抜けろ! 足を止めるな!!」

 突き上げられた地面の上げ幅はせいぜい10メートルほど。しかし、それでもダイアウルフを転倒させるには充分だ。

 大きく浮いたラッドのダイアウルフはスタビライザーを破損しながら地面を転がり、動かなくなる。

「ラッド!! 生きていたら脱出しろ!! もうその機体では撤退もできん!!」

『私がラッドを拾います!』

「駄目だエリー、敵の可動肢があのあたりにまだある可能性がある! ラッドには自力で逃げさせる!」

『自力っ……徒歩でこんなに鋼像機ヴァンガードが駆け回る中を!?』

「わかっていたはずだ! 仲間を気遣っていられる戦いじゃない!」

 サーク隊長は冷酷な指示を出し、唇を噛んだ。

 ノーザンファイヴ隊以外も奇襲で損害を出している。

 魔力センサーはすでに超越級オーバードに接敵しているという警報を出しているのに、敵の全体像が見えない。

 最初に本体だと思っていた岩塊は、どこかの部隊が既に光刃剣スラッシャーでの攻撃を試み、破壊していた。無関係だった。

 では地面と一体となっているのではないかと思うが、超越級オーバードにも巨大化限界というのはある。やみくもに掘り返しても意味はない。

 走り回りながら、本格的な反撃を待つ。それが現実的な戦闘法だ。

 それで超越級オーバードが攻撃されることを嫌って反応せず根競べになるならそれも良し。元より時間稼ぎだ。

 顔を出したなら少なくとも可動肢の特定はできる。

 正体もわからない攻撃で死ぬよりは前に進める。

『俺が行きます! ラッド先輩を拾ってコクピットに入れるくらいはできるはずだ!』

「やめろジミー! 危険すぎる!」

 ジミー機が旋回し、横転したダイアウルフに近づく。

 だが、肝心のパイロットからは一切反応がない。

 助けるなら機体を停め、降りてコクピットをこじ開けてやらなければならない。

 それが危険な行為であることは誰の目にも明らかだ。

「ジミー!」

『まだ超越級オーバードは寝ボケてる! 助けるとしたら今しかないでしょうが!』

 ラッド機の傍まで行ったところでジミーがコクピットハッチを開ける。

 開けてしまう。

 その時、大地が鳴動し……地面が、盛り上がる。


 巨岩が、地下から身を起こす。


「……全機っ!! 散開!!」


 身をもたげるように地上に露出した岩は、まるで血管のように薄緑の細い線を纏った不可思議なものだった。

 綺麗だ、なんて、ただ見るだけなら言えたかもしれない。

 しかし、その細い線の一部がまるでポンプするように脈打った瞬間、地面が波のように連続隆起。

 そのラインの先には、ジミー機がいた。


『ジミーーッッ!!』

 エリーが叫ぶ。サーク隊長も叫びたかったが、我慢する。

 ジミー機が空中高く跳ね上げられたのをカメラは捉えている。

 ハッチを開けた鋼像機ヴァンガードがそんな衝撃を受けて、パイロットが無事でいられる確率はゼロに近い。コクピットの耐衝撃能力は、当然ながらハッチを閉めた状態しか想定していないのだから。

「……地属性魔術特化か。だが予兆が見えるのなら、かわしようもある!」

『隊長っ……』

「ジミーたちが与えてくれたヒントだ。無駄にはできん! お前たちは死ぬな!」


 ダイアウルフ隊残存数、現在42機。

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