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第68話 激戦開始

 今日が人生最後の日かもしれない。


 そう思ったことは今までなかった。

 兵器に乗る以上は、強大な敵と戦う以上は、常に考えていて然るべきこと。

 しかし、ヒューガにとっては「ヘルブレイズで戦う」というのは最低限が必勝だった。

 ヘマをすれば何かを失うことがあるにしろ、負けて死ぬという結果は、あるはずのないものでしかなかった。

 だが今回は違う。ヘルブレイズ本来の想定を超える戦力との戦い。

 鋼像機ヴァンガード乗りは、こんな気持ちで乗っているのか、と今さらながらに実感する。


「頼むぜ、リューガ」

「……無駄な覚悟ってもんじゃ。我らはバケモノ。常人とは話が違う」


 己への呼びかけと返答が同じ口から続いて出る。

 ヒューガの出番はここで終わり。この瞬間から、リューガに全て委ねたのだ。

 リューガはスーッと深呼吸。

 操縦桿から手を離し、右拳をグッと握りしめて、そこから全身に「竜」が広がるイメージを作る。


 自嘲通りの化け物が、顕現する。


 皮膚が硬化し、筋肉が肥大化する。

 本能に火が点き、全能感と獰猛な攻撃性が全身を駆け巡る。

 コクピット内センサーが作動して、リューガのポテンシャル上昇に合わせて変形予備動作を開始。


 大地を踏むヘルブレイズの漆黒の両脚が、スタンスを広げる。

 背を曲げ、次なる段階への変化に自動的に備える。


 その姿を見上げながら、ルティは切なげに目を細める。

「……見送るしかないのは、歯痒いわねー」

 そんな彼女を横目に見ながら、ツバサは髪を押さえる。

 ヘルブレイズの変形は巨大な魔力の変化を伴い、それによって周囲の空気圧が影響されて、翼を打ってもいないのに風を巻き起こしていた。

「見送る側がそれじゃ駄目だよ、ルティさん」

「……分かってるわよー。作った私が自信満々な顔してないといけないっていうのは。でもねー……」

「そうじゃなくて。……ヒューガが最後に思い出す家族の顔がそれじゃ、満足して死ねない」

「……意外と嫌なこと言う子ねー」

「私も見送られる側だったもの。……もう後は死ぬだけっていう時に、笑顔の誰かに『やれるだけやったよ』って心の中で誇れないのは、辛すぎるでしょう? 苦しむ顔には、謝ることしかできないから」

「……はぁ。若くして修羅場潜るってのも善し悪しねー。可愛げのない」

 死と隣り合わせに戦場を駆け抜けたツバサ。

 死にゆく戦友たちの姿を数限りなく見届け続けた彼女は、石化という形で自ら死の疑似体験もしている。

 決死の戦場へ赴く者の気持ちを、淡々と語る。

 戦いの理不尽への適応。

 どこか異様で、しかし悠然とした彼女の態度には、十代の娘にあるべき情緒は良くも悪くも感じられない。

「でも、多分……ヒューちゃんはそんなの気にしないと思うわー」

「そう?」

「そのためのだもの。最後まであの子は、他人の幻影そんなものに頼ったりしない。足掻いて足掻いて、生き残る」

「二人……?」


[Transform READY.]


 人造の本能と機体が同調していく。

 ヒューガの感じていた緊張と不安すら焚き付けにして、ヘルブレイズとリューガは高まっていく。

「戦うために生まれてきた。その、ただの事実を肯定する」

 リューガは下りてきた変形レバーを握りしめて、ギシリと笑った。

「それだけで良い。それだけで我らは、最強じゃ」

 レバーを押し込む。

 ヘルブレイズは応えた。


[Accepted.]


       ◇◇◇


『こちらスミロドン。交戦距離に入る。……たまんねえなァ、カマキリ型か。俺の超越級オーバード初体験と同じだぜ』

 スミロドンがまず接敵。

 ウルフランナー改の性能向上の結果、最高速度はスミロドンが一番遅くなってしまったので、それを基準に作戦展開するしかなくなったのだ。

 今回の作戦のキモは同時展開。最大の攻撃力を持つヘルブレイズが一体ずつ仕留める間、他の超越級オーバードに邪魔をさせないことが要点になる。

 だが、他方から攻撃させることになれば極めて危険なのはヘルブレイズ以外もそうだ。三方面それぞれの戦力で一体ずつ確実に釘づけにしてやらなければ、崩れた場所から全てが蹂躙されてしまう。

 つまり、スミロドンが接敵した以上、もう後戻りはできない。

『こちらノーザンファイヴ隊、交戦開始! 全機、回避運動を怠るな! 食らってもウルフランナーこいつを引いたまま救助は出来んぞ!』

『ノーザンイレヴン隊、交戦開始!』

『ノーザンフォー隊、待機位置到着! ローテーション待機します!』

 量産型ダイアウルフ隊が戦闘を始めるのと時を同じくして、ヘルブレイズも戦闘空域に侵入する。

 最初から「ドラゴン」形態を解放しての移動力はマッハに達する。

 それで他と同時に移動開始しては、最初に敵中に飛び込むことになってしまう。

 ヘルブレイズが初手に集中攻撃を受けることこそ最悪の事態だ。だからジリジリと接敵報告を待ってから突入するしかなかった。

「ヘルブレイズ、交戦! しばし待っとれよ!」

 瘴気の霧を突き破り、見えてきたのは……数百メートルの体躯を持つ、虎。

 その顔面だけでヘルブレイズ・ドラゴンに匹敵する。

「っっっ……!!」

 迫力が違う。以前に倒した超越級オーバードとは、全く。

 だが。


「くたばれぇぇいっ!!」


 絶叫しながら光刃剣スラッシャーを振るい、その顔面を袈裟切りにする。

 さらに機体を回転させて尾部光刃剣スラッシュテイルも叩きつけ、追撃も決めて上空にいったん離れる。

 これで倒せるとは思わない。

 巨大モンスターの顔面は感覚器及び神経中枢ではあるが、だ。

 そこに傷がついても、膨大な魔力が本能と結びついていずれ回復する。通常の生物とは生存の前提となる体構造が違うのだ。

 だが、目や耳が塞がれば敵を正確に狙うことは難しくなる。

 それで生まれる隙が本当の急所を探るためには重要だ。

(焦るなよリューガ。俺たちが3タテしてやるのが大前提なんだ。初っ端でダメージ貰ってたらどうにもならないぞ)

(チンタラしとったらそれだけ死ぬぞ! スミロドンユアンのやつは放っておくにしても、ダイアウルフの連中は数で時間を稼ぐ作戦なんじゃからな!)

(勝てなきゃ全部無駄になるんだぞ)

 リューガの焦りを如実に感じる。

 ただの荒くれ者に見えてリューガは繊細だ。味方が死ねば死ぬだけ、それに責任を感じて操縦が荒くなるだろう。

(勝負をできるだけ早くつける……には)


 手は、ある。

 獄炎の息吹ヘルブレス

 最強の一撃をうまく使えば、いきなり一体を仕留めきれるだろう。

 そうすればすぐに次にいける。ダイアウルフ隊に負担を引き受けさせず、スミロドンとヘルブレイズだけで戦える状況になれば、限りなく無被害に近い勝利を挙げることも視野に入る。

 だが、獄炎の息吹ヘルブレスは諸刃の剣でもある。

 使った後に戦闘行動ができるのか。できるとして、どれだけの戦闘力が発揮できるのか。

 ルティの口振りからしても、あの時の実感としても、二度はまず撃てないだろう。数を減らせはしてもその後の戦いで充分な戦闘力を残せなければ、惨劇は免れない。

 最初の一体に使うか。二体目に使うか。

 あるいは使わずに地道に勝つことを模索するか。


 既に、命の消耗戦は始まっている。

 考える時間はあまりにも短い。

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