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第67話 前夜

 鋼像機ヴァンガードの燃料・弾薬たるエリクシルリキッドを満載した巨大タンクトレーラーが、作戦域から100キロ地点に停車する。

 それ以上近づくと障域に侵入してしまい、鋼像機ヴァンガード以外の機械は誤動作の可能性が高くなる。

 滞留する空間魔力の作用により、物理的に有り得る誤動作は大抵起きるので、障域内でそれを防ぐなら、車なら車輪を外し、タンクならポンプを分解しておくなどの処置が必要になる。

 このタンクトレーラーは作戦前の最終補給が主任務なので、そこまでして標的に近づく理由はない。

 エリクシルリキッド以外にも数基の鋼像機ヴァンガード用修復器を運んできているので、程度の軽いものなら損傷も修理できる。

 それらを全て牽引する運転台部分はちょっとした移動司令部といった趣の広さがあり、鋼像機ヴァンガードのパイロットたちが休憩するのにちょうどいい。

 本来ならここを占拠して忙しく指示を出す指揮官が随行していてもよさそうなものだが、今の高級将校は率先垂範などという概念を持ち合わせておらず、「前線に出る必然性がない」と臆面もなく言い放って、障域の狭間を電波リレー回線で辿った先の後方でふんぞり返っていた。

「ま、コーヒー飲む時にまで偉いさんに気を使う必要がないというのは、なにも悪いことじゃない」

 サーク隊長はそう言ってまとめる。

「でも、1000キロ近い彼方でぬくぬくしてる連中が俺らの操縦系切断カンオケスイッチを握ってるっていうのは、納得しづらいですがね」

「近くても遠くても変わらんさ。奴らが尊敬できる類の輩じゃないことはな」

「他人に命懸けさせるなら自分も少しは、って責任感は欲しいじゃないですか」

「味方殺し以外の能がない奴に『責任感』なんて高尚なことを宣われても、ヘドしか出んだろうよ」

「隊長……」

「……悪いな。コーヒーに悪酔いしたようだ。獣人族おれたちには少し酩酊効果があるらしいからな」

「……いえ、少し気持ちはわかりますよ。遺書なんか改めて書かされてんですから」

「パイロットなんかをやるんだ。いつでも死ぬ覚悟はしているつもりだが……さすがに超越級オーバードに冷静にいられるものでもないな。……ジミー。遺書は誰に宛てた?」

「お袋です。手書きの手紙なんてこっ恥ずかしいもの、できれば送らずに済ませたいもんですがね」

「俺は、娘だ。……15歳になったら届く手筈になっている」

「今いくつです?」

「4つだ。物心つくかどうかってところだな。……もしら、遺族年金で不自由はしないはずだが……遺書を受け取る時まで、せめて顔ぐらい覚えていて欲しいものだ」

「俺は4つの頃の記憶なんかなんもねえですよ」

「俺もだ。……娘が天才であってほしいものだな」


 鋼像機ヴァンガード隊隊長と新人の悲壮な会話を聞いているのは、修復器のひとつの上に座って足をブラブラさせているルティだけだった。

 エルフは耳がいいので、数十メートル程度の距離では何も問題なく聞けてしまう。

「楽しい気分になれる夜じゃないわねー……」

「明日に控えてるのが楽な戦いだったら、楽しい遠足なんだろうけどな」

 ルティのすぐそばに腰かけ、ぼんやりと星を眺めているヒューガ。

 瘴気の影響が弱い地点なので、明るい星ならなんとか見える。方角によっては雲のような瘴気に紛れてしまうが。

 ルティの耳に聞こえてきた会話は、おそらくヒューガには全然聞こえていない。だが盗み聞き同然の他人の会話を解説するほどルティも野暮ではない。「そうねー」と適当に相槌を打つに留める。

「ノーザンエイトとノーザンイレヴンの部隊の到着予定が3時間後。ノーザンスリーの部隊……というか二機だから部隊といえるか微妙だけど、それが4時間後。それで到着予定全機揃うわー。最終ブリーフィングは彼らに燃料補給と損傷補修をした後だから、まあもろもろマージンみて明朝5時ってとこねー。夜更かししないで寝た方がいいわよー」

「目が冴えてる」

「催眠魔術使ってもいいけどー?」

「……そこまで強引に寝なきゃダメか?」

「徹夜でやれる作戦じゃないわよー。一番シビアなのヒューちゃんなんだからー」

「正確にはリューガだけどな。……これでも頑丈が取り柄だ。二徹や三徹でフラつくような身体してないぞ」

「明日それで一つでもミスしたら、多分気持ちが耐えられないわよー」

「…………」

「どんなに万全でもミスはあるものだけど、できる努力をしなかったせいで起きたことは無限に悔やむしかないからねー。……休むことも戦いのうちよー。月並みな言い方だけどねー」

「…………」

 返す言葉が思いつかない。

 溜め息をついてヒューガは立つ。

 そこにツバサが帰ってきた。

「お疲れさまー。ツバサちゃんも寝といていいわよー」

「私は明日は待機だから大丈夫」

 ツバサは周辺地域のモンスターを掃討しに行っていたのだ。

 ある程度以上のモンスターは直接鋼像機ヴァンガードで攻撃すればいいのだが、人間以下のサイズだと逆に対処が難しい問題点もある。

 もちろん小さいからには実害は少ないのだが、それでもタンクトレーラーや待機中の鋼像機ヴァンガードのパイロットたちに襲い掛かる危険はないわけではない。

「手伝わせちゃって悪いわねー」

「居候だから。それに、ヒューガに比べれば大したことはできないもの」

 ちらりとヒューガを見るツバサ。

 ……ヒューガはなんとなく目を逸らす。


 ルティは作戦の要であるヘルブレイズの能力を最もよく知る者として、作戦立案に関わることになっている。

 これまた随分と司令部を脅しつけてようやく叶ったことのようだ。

 そして、この攻撃拠点の設営と鋼像機ヴァンガード各機の最終調整も担当している。

 ゴールダスもそれに首を突っ込みたがっていたが、結局彼はノーザンファイヴに待機させられていた。

 おそらくは上層部はゴールダスまでは危険に晒したくないのだろう。旧大陸攻略を真面目に考えていないとはいえ、鋼像機ヴァンガード技術者が一度に失われれば前線都市計画全体が座礁しかねない。

「それにしても、そんな超越級オーバードどうやって見つけたんだ……?」

 ヒューガはかねてからの疑問を口にする。

 超越級オーバードは単体で巨大な障域を発生させるという性質上、その存在特定には困難が伴う。

 ただでさえ通信の途切れる障域に深く踏み込む必要がある上、災害級ディザスターや小型モンスターが発生させている障域と重なり合えば障域の全体像は変動し、中心部の位置を確定するのも難しくなる。

 もちろん危険極まりないその領域に、しかし偵察として鋼像機ヴァンガードを出すことはできない。鋼像機ヴァンガードは脅威に対応して使うのが原則だ。

 つまり、誰かが三体の超越級オーバードを見つけてきた、ということに他ならない。

 しかし、ルティはそのカラクリを知っていたようだ。

「それ専門の斥候スカウトがいるのよー」

「ハンターじゃなく……? 軍、でもないよな?」

「どっちでもないわねー。……エルフは私だけじゃないってことー」

 現代人、つまりここ百年ほどの間に生まれた人類は、無事に生まれるために魔力を生まれつき制限されている。

 ゆえに液体魔力エリクシルリキッドを使った装備の力がなければモンスターに対抗するのは難しい。手軽ではあるが限度もあり、それに頼る限りは想像を超える離れ業はなかなかできないのが実情だ。

 だが、百年を超えて生きる長命種、ことに不老とさえ言われるエルフであれば、その限りではない。

 自前の魔力で操る本来の「魔術」には、今の常識ではありえないような手段が多く存在する。

 ルティが以前見せた転位魔術もそのひとつであり、ツバサが災害級ディザスターをしばしば討伐してみせる戦闘魔術も、おそらくはその類のもの。

「ずっと大障域に挑んではアホみたいなサバイバルをこなしてる奴がいるのよー。……そいつのおかげで超越級オーバードの位置が特定できて、そのせいで討伐作戦が企画されるんだけどー」

「……すげぇな」

「すごいけどそのせいで定期的に大量に腕利きパイロットが死んじゃってるって面もあるからー……」

 でも奴がいないとみすみす廃都ロストナンバーになるまで接近を待つことになるからねー、と厄介そうな顔をするルティ。

「だいたい、間が悪すぎるのよー……せめて二体だったら手に負えそうなのにー……」

「……やっぱり明日、私も戦闘に加わる? 鋼像機ヴァンガード一機分くらいの仕事はできると思う」

「一機分増えたって大差ないから問題なのよー。というかそれでいいなら私も戦うわよー」

 地味に自分も生身で鋼像機ヴァンガード一機分程度の戦闘力はある、と主張するルティ。

「私やツバサちゃんの明日の仕事は、撤退支援。……ヘルブレイズかスミロドンがやられたら即刻戦闘中止。残存機は全部引き揚げさせる、って司令部の承認取り付けたわー」

「……責任重大ね」

 ヒューガは複雑な顔になる。

 つまり、自分が死んだ後のフォローだ。

 もちろんスミロドンが先に落ちる可能性もあるが、なんにせよ彼女たちはヒューガの敗北でようやく動く。

(言っても仕方ない話だけど……やっぱり力を合わせて戦う、の方がモチベ上がるよな)

(はっ。甘ったれるでないわ。……要は勝てばそれでいい話よ)

 リューガはあくまで強気。

 だが、自分自身でもあるヒューガは、リューガのから虚勢の気配を感じ取ってしまう。


       ◇◇◇


 落ち着かない夜が過ぎ、明るくなる。

 決戦の朝が来る。

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