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第66話 ちょうどいいすれ違い

 ヒューガの強みは二つの人格が互いに客観視していることにより、動転していても状況把握が容易なことである。

 しかし撫でていただけで急に泣き出したジュリエットの心境をすぐに把握するのは難しい。

(ど、どうして泣いた!? 俺変なことした!?)

(わからん……とりあえずお前の態度は思わせぶりで不審じゃったと思うが)

(そんなに不審だったか!?)

(少なくともジュリが何かおかしいぞと思うには充分じゃったな)

 思い返す。いろいろ躊躇ってしまったとは思うが、そんなに駄目だっただろうか。

 ……しかし、実際何も知らない幼馴染に遺言を残すとなったら、そう簡単には言葉にできないだろう。

 そもそもヒューガは「自分がいなくなった後の、この街」という小さな変化を想像できていない。

 ヒューガが軍の施設に世話になっていることは言ってあるが、ルティはあの性格なので、たとえヒューガの友人であろうとわざわざ会おうとなんてしない。未だジュリエットとルティに直接の面識はない。

 となれば、ヒューガが死んだ後……ジュリエットがその事実に気づくのは何日後になるのだろう。

 元々ヒューガは「家族の手伝い」という名目で学校を休むのは珍しくなかった。長ければ何週間もいなくなっていたこともある。

 だとすれば、多少顔を見せなくとも「いつものこと」と思われて、ヒューガの死を認識するのはそれなりに時間がかかる。

 そして、身近なルティでさえ彼女にわざわざ会わないとなれば、下手をすれば何か月も経ってようやく勘付くかもしれない、というところ。

 そんな、「いつか」気づくかもしれない喪失を彼女にそれとなく理解させるのは難しいし、作戦を口にするわけにもいかないだろう。

 ……ヘルブレイズが敗れた後、この街はどうなるのか。

 近場からモンスターを一掃した以上、そう簡単に廃都ロストナンバーになることはないと思うが、ルティが「超越級オーバードを狩る鋼像機ヴァンガード」の研究を一からやり直すとなれば、その間は手薄にはなるかもしれない。

 もしかしたらこの街が滅ぶ日も来るかもしれない。

 だが、それもやはり直接は考えられないほど遠い。

 そんな場所でこれからも暮らしていくジュリエットに、言い残すことなんて思い付かなかった。

 ……思いつかないのに、何も言わずには、何かを伝えずにはいられなくて。


 泣いているジュリエットを見て、手を差し伸べずにはいられなくて。


 柔らかな金髪に触れながら、きっと、大切というのはこういうことなのだ、と、今さら思って。


「い、妹だからっ……私のことは、妹としか見れないって……ことなの……っ!?」

「ん?」


 ぴた、と手が止まる。

 なんかものすごく感情が食い違っている気がする。

 ここまでのやり取りに「妹としか見れない」みたいな要素はあっただろうか。

(落ち着けヒューガ。こういう時は因果関係を探るな。話が飛んだとかで責めても何も好転はせんから)

(でも何の話だよ!?)

(ジュリがそう言ったからにはまずそれだけを相手せいよ。何が悪いという話なら、まともに会話せずに変な態度取ったお前が全面的に徹底的に圧倒的に悪いんじゃ)

(ぐっ……!)

 リューガの噛んで含めるような忠告アドバイスに反論できない。

 いやそこまでではなくない? と少し思ったが、ジュリエットにどう対応するかという点に関しては、非を認めた方が絶対に話が早い。

 息を吸って、ジュリエットをよく見て。


「そんなこと言ってないぞ。……ただ、今いろいろ立て込んでてさ。ちょっといっぱいいっぱいになってるから、変な言い方してごめん……」


(なんじゃその何か言っとるようでなんも言っとらん綿ゴミみたいな台詞は!)

(いやそこまで貶されるほど悪いか!? 言えない事情があるってのは伝わるだろ!?)

(求められた! 台詞は! 『違う。俺はお前をずっと女性として……(思わせぶりに微笑)』じゃろ!)

(それはそれであんまりにも雰囲気台詞過ぎるだろ!?)

 全然頼れないブレーンである。


 とはいえリューガの提案で頭が冷え、ジュリエットが突然こんなことを言い出すまでのに思い当たる。

 そうだ。あのキャロラインの騒動以降、ジュリエットはずっとヒューガとの距離感に悩んでいたはずだ。

 ヒューガがそのことについて何か言いたいのだと思って呼び出しを受けたのだとすれば、何かを言いたそうにしつつ言葉を飲み込み続けるヒューガの姿は、ジュリエットにとって嫌なことを気を使って言いあぐねているようにも見えたかもしれない。

 いくら気を引こうとしても塩対応を続ける幼馴染の反応として、誤解するなという方が無理だ。

 ……塩対応だったというのは充分自覚している。

 それがツバサに憧れた結果で、首尾一貫するなら本来はきっぱりとジュリエットには「ツバサの方が好きなんだ」とでも言うべきなのだ、とも。

 しかし、今はそういう話ではない。

 近いうちに死ぬかもしれないのに、そのことを言えもしないまま、始まってすらいない恋愛に急いで決着を……なんてバカバカしいだろう。

 ……何も言えないままでもいい。ただ、会いたかったのだ。

 それがわかっただけで充分だ。

 ヒューガは曖昧な微笑みを浮かべたままで、なんとかやり過ごそうとする。


 が、ジュリエットはヒューガの曖昧な態度になおも食い下がる。

 というより、妄想を暴走させる。


「っ……あの娘のことでしょ!?」

「え」

「キャロラインの……! いつの間にかいなくなってた、名簿から名前辞退なくなってたっ! きっと、ヒュー兄はあの娘と愛し合って、でも守り切れなくてっ……! だからそんなにっ!」

「あ……あー……」


 ヒューガは反応に困る。

 いや大筋では合っている。本当に大筋では。

 細部が全然違うのだが。

(探す時にキャロラインの名を出したんじゃから、ちょっと突っ込んで調べたら消えとるのはわかる。……で、お前がそんな調子じゃと、あの色仕掛けと結び付けたら一大悲恋になっちまうんじゃなー……)

(ひ、悲恋どころか愛し合う的な甘酸っぱさは何もなかったんだが……!)

(というか挙動不審になっとるのはもはやキャロラインと関係ない話じゃが……しかし)

 その線で繋げていくとヒューガの「ちょっと泣きそうな顔で『心配かけるなよ』的な言葉をかける」というのも何かしら意味深に成立してしまう。

 短期間に恋人を失った傷心のヒューガが、ジュリエットに亡き恋人を重ねて重ねきれずにいる姿。

(そういう話じゃないんだが……)

(いやヒューガ。その線で行くぞ)

(はっ!?)

 リューガはとんでもないことを言い始める。

(どうせ全部説明するわけにもいかねーんじゃし。作戦の話も出来ねえのに、お前の変な態度どういう意味じゃと思わせるつもりじゃ?)

(そこはほら……普段のハンター活動からして心配は普通にしてるわけだしさ……)

(説得力ねえじゃろ!! わざわざ公園に呼び出して弱々しい態度で言うことか!!)

(だからってお前……)

(迂闊に迂闊を重ねまくってどうしようもねえんじゃから、これ以上ボロ出すくらいなら芝居の一つぐらい打て!)

 リューガの叱咤に反論しようもなく、ヒューガは頭を抱えたくなりながらも。


「……ジュリまでいなくなったらと、思わせないでくれ」


 結局否定をせず、軽く彼女の頭を抱いて、全然慣れないムーブをすることになる。

 ジュリエットに抱きつかれるのは日常の一部だが、自分からジュリエットにそんなことをした覚えがない。変な緊張が指先に走る。

 ……そしてジュリエットもまた、「自分の方が抱き寄せられる」という珍事に慣れておらず、腕の中で固まってしまう。


 雰囲気だけは出ているのに、どっちも顔を真っ赤にして思考がオーバーフロー。

 暖かさを堪能するとか匂いに安心するなどといった、密着をささやかに楽しむ余裕もない。

(やれやれ、遺言言いに来たはずがポンコツ同士でこれか……ま、しかしこれでええのかもな)

 リューガは頭の奥で苦笑して、生きて戻ればいいのだ、と自分の役目を意識した。

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