作戦の発動までには三週間の期間が与えられている。
ヒューガたちノーザンファイヴの面々はともかく、広域から作戦参加する多数の
逆三輪車になる「ウルフランナー」から発展したそれは、後部車輪を二つに増やし、実質的に四輪車になる。
安定性が上がるのは事実だが、もはやリヤカーを引いているようなもの。
さすがに重く、装備状態ではまともに歩行することはできなくなる。
が、そう簡単に転ぶことはなくなり、最高速もスミロドン以上になった。
瞬発力、加速力では大きく劣るが、それを活用する複雑な回避を攻撃隊全員にマスターさせるのは不可能なので、あくまでトップスピードで勝負することになる。
役目はあくまで撹乱。
作戦の要はあくまでヘルブレイズとスミロドンだ。二機に攻撃が向かないように気を引き、ダイアウルフ隊の方に攻撃させる。
200メートル以上の
それでも、ただの足で駆け回るよりはだいぶ分のいい賭けだ。
「彼らが担当する
「動きが遅いっつってもしんどい戦いになりそうだな……」
「でもタイプビーストやタイプインセクトを当てれば、開幕3分で全滅しちゃうかもしれないわー。『ウルフランナー改』で振り回せる速度はインセクトの遅い方でギリギリ。うかつにインセクトの高速タイプに当てちゃうと、直線速度400キロでも攻撃を合わされる可能性が高くなる。……達者な回避機動ができるスミロドンに頑張ってもらうしかないわよねー」
「……そして俺はタイプビースト、と」
「前回の
そんなことをされたら、順に片付けていくプランは大幅に遅れ、ダイアウルフ隊の損害が酷いことになるだろう。
「ペースを渡さないためにも、初撃だけはきちんとキメなきゃまずいわけか……」
「でも焦っちゃ駄目よー。ヘルブレイズの動きが大味になって被弾に繋がったら、それこそ風向きが悪くなるどころじゃないからねー」
「…………」
改めて。
簡単ではない作戦だ、と実感する。
いろいろな場所に作戦失敗のリスクがある。自分だけではどうにもならないこともある。
「ま、こんなこと言うのは気が進まないけど……本当にどうなるかわかんないから、思い残しがないようにしといてねー」
「……ルティは正直、いけると思うか?」
「んー……変なこと言っていいー?」
ルティは、ヒューガの顔を見ずに。
「大人は仕事に責任がある。でも子供は大人になるのが仕事だから、自分のことだけ考えてもいい」
「……ルティ」
「ヒューちゃんが無理だと思ったら、ヘルブレイズから逃げ出してもいい。あとのことを考えるのは大人の仕事よー」
「…………」
「って、思ってても立場上言うわけにいかないルティちゃんでしたー」
「言ってるじゃん。っていうか本気かよ」
「思ってても立場上言うわけにいかないルティちゃんでしたー」
「繰り返すな!」
思わず突っ込んでしまったが、ルティは意味ありげにヒューガをちらりと見て機体調整に戻ってしまった。
……その背中を見ながら、少し考えて。
(……本気じゃろ。嫌なら逃げろとそのまま言っとるんじゃ)
(俺が逃げたらマジで収拾つかないだろ。ここまで大ごとになってんのに)
(それでも、じゃ。……それでもお前の選択なら、ケツは拭いてみせる、とあいつは言っとる)
(……カッコつけやがって)
(で、逃げるんかヒューガ)
(…………)
ヒューガはヘルブレイズを見上げ、一息。
(逃げねえよ。……死にたくはねーけど)
(誰も責めんぞ。……いや、あのジミーとかいう若いのはキレるかも知れんが)
(俺だって、この大陸を取り戻す価値はわかってるつもりだ。それに……)
まだ忘れられない。キャロラインの強い瞳。
「俺が頑張れば、死ななくていい誰かが助かるんだ」
呟く。
……キャロラインがやりたかったように、というべきか、あるいは
ヒューガが何もしなかったせいで、最悪の結果になるのは耐えられない。
ヒューガには、その未来を変える力がある。
ならば、挑むべきだろう。後悔しないために。
あとは。
◇◇◇
「ヒュー……兄」
「よう」
スマホのメッセージでジュリエットを公園に呼び出した。
ジュリエットは駆け寄ろうとして、少し手前で見えない壁に当たったように止まる。
「……どうしたの?」
「いや……たまには普通に会いたい、って思っただけだけど」
ジュリエットはヒューガの様子を見て急に落ち着かない表情になっている。
いつもは元気な小犬のように懐いてくるのに、まるで見えない犬耳が後ろを向いているようにすら思える。
どこかそれが悲しいと思いながら、ヒューガはあえて気づかない顔で言葉を継いだ。
「なんだ? また俺じゃないみたいってか?」
「……ヒュー兄」
ジュリエットを前に、何を言おうか考える。
何を言えばいいのか。
もしも自分が死ぬのなら、彼女に何を言い残すべきなのか。
(何言ったらいいと思う?)
(……いやそういうのお前の担当じゃろ)
(ジュリに会うの勧めてきたのお前じゃなかった!?)
(そもそも我ジュリと喋ろうとすると引かれるんじゃけど!? 何言うとかそれ以前の話なんじゃけど!?)
何か、言わなければいけないとは思う。
言わずにあの戦場に向かったら後悔する気がする。
そんな気がするのだが、本当に何も思い浮かばない。
パイロットであることをぶちまけるわけにもいかない。
キャロラインが「消えた」ことを言ってもただの陰謀論談義にしかならない。
出会ってからの昔話なんて突然するものでもない。
急に告白でもする? 論外だ。
いろんな話題を思い浮かべては、それが不適格だと却下する。
口を開きかけ、微笑みの形に引き結び直し、また何かを言おうとして、思い直す。
静かな公園で、二人の間に微妙な沈黙が流れる。
……やがて、ヒューガはジュリエットに近づき、おずおずと金の髪に触れ、撫でて。
「心配……させんなよ」
きわめて意味ありげに、全然脈絡のないことを口走る。
(何言っとんのお前)
(あっ、いや、その……ほらハンターとして無茶ばっかりするしせっかくこういう空気だし)
(誰が主語なんじゃ。誰に対して心配させるなと言っとるんじゃ。まずそこをはっきりさせんか。ジュリ絶対混乱しとるぞ)
内心本当にめちゃくちゃになりながら、それでも顔はちょっと泣きそうに微笑んでいるヒューガは、幾度も優しくジュリエットを撫でる。
……そして、それを妙な緊張感を持った目で受け入れていたジュリエットは。
「う、ううっ……うぇえっ……!!」
突然泣き出した。
今度はヒューガがギョッとした。
自分の言動もさることながら、彼女の反応も全く意味が分からなかった。