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第64話 最大の戦いへ

 超越級オーバード一体を討伐するには最低限20機以上、欲を言えば30機以上の鋼像機ヴァンガードが必要……というのが、軍における一般常識だ。

 それだけいれば勝てる、というのではなく、あくまでその数でようやく勝負になるという意味である。

 それが3体というのであれば、3倍……では、不足する。

 連携して戦う可能性を考えると、その戦力は「自乗」で計算する必要がある。

 つまり9倍。20機ならば180機、30機ならば270機もの鋼像機を出さなければ勝負にならないということ。

 いくら本国に全人類の工業力があると言っても、その数を揃えるのは現実的ではない。

 そのうえ、障域という通信困難な環境で戦う前提上、鋼像機パイロットは最大で10機程度までの戦闘単位しか想定した訓練をされていない。

 多すぎる数を戦場に出したところで、撃てるのは味方の背中だけ、という機体が大半になる。それでは数の利が全く生かせない。

 現実問題として、この超越級オーバード三体の領域は攻略不能に限りなく近かった。


 ただ、それもヘルブレイズとスミロドンが計算に加われば話が変わってくる。

 ヘルブレイズはたった一体で超越級オーバードを圧倒する能力がある。

 そしてスミロドンは、腕次第で量産型鋼像機ダイアウルフ12機と互角以上の戦いができる、というのがゴールダスの見立てだ。

 一体ずつ勝負すれば、ヘルブレイズなら勝てる。

 一機で勝てるということは、損失しないということ。

 当たり前のようだが、「一応勝てるが、戦う機体の半分はやられることを覚悟しなければならない」という状況と「一機で勝ち、さらに次とも戦う余力がある」という状況では話が全く違うのだ。

 そしてスミロドンが一機で12機分に等しい働きができるのなら、残りをダイアウルフで補えばいい。

 充分ではないが、「不可能」から「困難」ぐらいまでは難度が下がってくる。


       ◇◇◇


「そのうえで作戦を充分に練り、敵に連携させないこと。一番目立つことになるヘルブレイズが撃墜されることを防ぎつつ、できるだけ長時間耐えること。それが勝利への細い道よー」

 ホワイトボードにカンッと指示棒を叩きつけ、ルティは説明会参加者たちを見回す。

 ノーザンファイヴの鋼像機ヴァンガード隊の面々に加え、近隣の都市からリモートでブリーフィングに参加しているのは、作戦参加予定の腕利き鋼像機ヴァンガード乗りたち。

 ノーザンファイヴの部隊と合わせて50名ほど。

「質問は? はい、そこ」

『今回の目標に対して鋼像機ヴァンガードで威力偵察したわけではないのですよね。ということは、実際は連携しないという可能性も当然あるわけですね?』

「いい質問ねー。ええ、可能性はあるわー。その場合、ちょっと楽に勝てる可能性はあります。『殺人鬼があなたの顔を見て突如故郷の息子を思い出して手を止めてくれる』ぐらいの確率に賭けてなんかするつもりがあるならどうぞー。次」

『ヘルブレイズという機体に、本当にそこまでの戦闘力があるのか。ダイアウルフの百倍と言われても子供の妄言に聞こえるが』

「理論値よー。現時点では超音速飛行とそれによる激突に耐えられる程度しか客観的には証明できないけど、どうしても納得がいかないなら、ゴールダスの奴が今シミュレーションのデータ作ってるから後でそれ使ってみてー」

『このウルフランナー改……というのは、どういった装備ですか。これを使うことでどういったメリットが』

「簡単に言えば装輪機構ローラーダッシュを後付けするキットよー。今回はダイアウルフには超越級オーバードへの決定力を期待してないから、通常形態での運用は捨てるわー。思い切り重心を下げて中腰姿勢、背後に二輪を追加。速度自体は400km/h近く出るようにしたけど操縦感はめちゃくちゃ変わるから慣熟は念入りにねー。今回ばかりは司令部も制限なしで実走させてくれるって話になってるわー。送った図面からなるはやで組み立ててねー」

『飛行型鋼像機ヴァンガードとの共闘というのが全く想像できないんですが……というか本当に飛ぶんですか鋼像機ヴァンガードで』

「飛ぶわよー。で、今回は援護というよりは他の機体は陽動という形になりまーす。比較的活発に動くタイプビーストの撃破が最初の目標になるはずですが、そこを横合いから魔力弾で狙われたり横槍を入れられるとさすがに厳しいんで、皆さんはめいっぱい他の個体に絡んで対応を飽和させてもらいまーす」

『現時点での成功率はどのくらいと見積もられていますか』

「57%ってとこねー。言うまでもなくヘルブレイズかスミロドンが落ちたら作戦遂行はほぼ不可能になりまーす。で、当該2機はもう練度を短期間で伸ばすのは難しい段階に入ってるので、後は諸君がどこまで特殊装備ウルフランナー改の練度を上げられるかがカギになりまーす。全員が理想的に動けるなら成功率は72%までいけると出てまーす」

『それでも72か……』

「不確定要素がこれほど多い中でこれ以上の数字はちょっと無理ですねー。というか人類未体験の規模の戦闘に成功率80%以上弾き出す奴は率の概念わかってないだけだと思いまーす」

『人類未体験……』

「少なくとも200、へたすると400メートル級怪獣が三匹暴れる戦場はまずそう言って差し支えないでしょうねー。正気ならたった50人やそこらで挑むもんじゃないと思いますが、これ超えるともう視程範囲内で避けるスペースすら作れないんでー」

『……辞退はできますか』

「パイロット解任で本国帰還という形になりますがやる気ねーならそうして下さーい。50機出られないんで、早々に戦意喪失するカンオケ予備軍に枠取ってもらっちゃうとみんな不幸になるんでー」

 だんだん雑になってくるルティの説明にヒューガは頭を抱える。

 とはいえここで飛び出して話を止めるわけにはいかない。ヒューガは代わりに作戦説明などできない。

 画面越しのパイロットたちもルティの横柄な態度にザワザワし始めている。エルフ耳で外見通りの歳でないことはわかるとはいえ、やはり強面軍人の世界では威厳第一な部分はあり、それが足りないルティがあまり酷い態度を取れば、話がややこしくなってくるのだ。

 サーク隊長とノーザンファイヴ隊は、ルティが兵器開発のトップランナーであることはわかっているので、外様のパイロットたちとの間に入ってなんとか収めようとし始めるが、一度おかしくなった空気は収まらない。

 が、おもむろにゴールダスが割って入った。

「お前ら! これは大義ある決戦だ!! パイロット志したからにはこの大陸から災害級ディザスター超越級オーバードも追い出す未来を求めてんだろう!! これは知られている限りその究極、こいつらに勝つってことはということになる!! 今までは超越級オーバード討伐のたびにパイロットが激減し、次を育て直すまでジリジリと待つしかなかったが、この作戦を成功させるだけのポテンシャルが今の鋼像機ヴァンガードにあるなら、次の時代に進めるってことだ!! わかるか!! 障域の奥に超越級オーバードなんかいないでくれ、と祈る時代が終わるんだ!!」

 髭面のドワーフの濁声はルティと違って迫力十分。

 そして内容も彼らの士気を盛り上げるに値するものだった。

 鋼像機ヴァンガードには限界がある。そうだとしても巨大なモンスターに死を覚悟して挑まなくてはならない。

 そんな悲壮な事情が変わり、最強の超越級オーバードにも「勝てる機体、勝てる戦い方がある」と証明することになる。

 実際はヘルブレイズはヒューガという最重要部品の替えが利かず、スミロドンも一般パイロットが扱うにはあまりにも煩雑な機体だ。作戦成功したからといって大勢が変わることはない。

 だが、それも言い方を変えれば、という話でしかない。

 今を耐えれば、次の時代が来る。

 パイロットは皆、それを求めている。

「これは再び人類が何も恐れなくていい時代になる、その一戦だ!! あいつらに敵わないなら魔獣大戦は終わらねえ! ヒトにはどうしようもない暴力がある、と諦めて泣き寝入るしかねえ! だが勝てるなら、先人の残した地獄はもう順に掃除していける時代になる! やっと魔獣の時代が終わる!! お前たちはそれを目指して、この鉄人形に付き合ってきたんだろう!?」

『……その通りだ』

 画面の向こうの精悍なパイロットの一人がそう呟いて、空気が変わる。

 彼らは戦士。命懸けで戦うことに、とっくに折り合いはつけている。

 ゴールダスはその機微にうまく言葉を響かせるのが得意なようだった。

 やろう、やってやるぞ、と盛り上がり始めて、ノーザンファイヴのパイロットたちが一安心という顔をする。

 ゴールダスはというと、会議室隅のヒューガの隣にドッカと腰掛けて、溜め息。

「シュティルティーウはいつもこれだ。何十年と軍に付き合ってんだから、もう少しうまく立ち回れねぇモンか」

「ルティは根本的に人嫌いだから……考え深いようで短気だし、興味ないことは雑だし」

「よくわかってやがる。さすがは養子ってか」

 軽く笑った後、ゴールダスは小声で。

「とはいえ、シュティルティーウの言うことも一理はある。やる気がねェ奴に割く枠はねェ。射程と視程を考えれば、同時に戦う機数はこれ以上増やせねェ。こっちの立場じゃあまり贅沢も言えねェが、気が進まねェ奴にはとっとと引いて欲しいのは本音だ」

「……ユアンはどうしてますか。と言っても、奴はそれこそ上得意か」

「あぁ。元々ダイアウルフでもなんとか戦ってた奴だ。ヘルブレイズを待つまでもなく、スミロドンなら狩れちまうぜ、とか抜かしてやがるぜ」

「……それならそれで助かるんですが」

「そううまくいくならな。俺の計算じゃ、現状のスミロドンでは一機じゃ無謀だ。ユアンと同じ腕のスミロドンがあと三機もありゃあ、超越級オーバードでも狩るところまで行けると思うがな」

「……でも、奴一人でそれだけの働きができるなら、頼れる」

「ま、そうだな。倒せっていうのは無茶にしろ、時間を稼ぐには充分だ。あとは……」

 三体。

 一体だけをヘルブレイズが相手取れるなら、おそらくどうとでもなる。

 そしてもう一体をスミロドンにしばらく任せられるなら、最後の一体を他の鋼像機ヴァンガードが受け持てばいい。

 ……が、それこそが最大の難問だった。


「遺書は用意させないとな。坊主、お前は書いたか」

「……家族はルティしかいないから、いりませんよ」

「いや、だからこそ書いとけ。……家族だからこそ、普段言えねェこともあるぜ」


 ゴールダスに言われてもピンとこない。言い残す内容など、何も思い付かない。

 ただ。


(ジュリには何か言っておかんのか)

(……ああ、そうか。ジュリは……)


 ルティに言い残すことはないが、ジュリエットに何も言わずに死ぬのは、少し嫌だな、と思った。

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