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第63話 大作戦の是非

 ある日、ヒューガが帰宅するとルティが極めて難しい顔をしていた。

「…………」

 睨んでいるのは地図。

 いつもならエンジニアの彼女が見るのは設計図や作業チャートだ。たまに知らない言語で書かれた魔術関係の資料を見ていることはあるが、地図なんてものを見ているのは珍しい。

 彼女は開発者ではあっても指揮官ではない。引きこもりで滅多に外にも出ない彼女がそうまで地図に見入る理由などあるのだろうか、とヒューガは興味をそそられる。

「どうしたんだ? 宝の地図でも見つかったのか?」

「んー……お宝だったら宝探しが好きな奴ドワーフにポイするだけなんだけどねー……」

「……今さら古い宝には興味ないってか」

「空中都市ならともかく、モンスターどもに踏み荒らされた地面のお宝に期待なんかしないわよー」

「……まあ、そりゃそうだな」

 巨大モンスターが闊歩し始めて数十年。

 もし何らかの宝が地上に残っていても、彼らの足元で無事である可能性は極めて低い。

 今、人類が再征服し始めているこの大陸も、かつては隅々まで人々の築いた文明があった。しかし、数十年の間にその町も村も全て荒らし尽くされ、かつて住んでいた者でさえその痕跡を見つけられないほどだ。

 ネットにはそれでも「埋蔵金」の噂が絶えないが、現実としてはおそらく自然の鉱脈を地道に掘る方が早いとも言われている。

「じゃあなんで地図なんか睨んでんだ」

「…………んーーーーーー」

 ルティは悩ましげに唸り、頭上にそびえるヘルブレイズを見上げ、ヒューガを振り返り。


「……超越級オーバード討伐の座標データよー」

「お。そろそろか」


 ヒューガは薄々予想していた。

 ヘルブレイズは単独で数百メートル規模の超越級オーバードを倒した実績がある。

 しかも、軍司令部公認の模擬戦で「ヘルブレイズ・ドラゴン」という強化形態まで披露したのだ。

 いずれは他の超越級オーバードを相手に、その力を余すところなく使えという指令が出る。それは既定路線と言えた。

 が、ルティはそれでも苦い表情を崩さない。

 力を見せたのはルティの意思でもあったはずなのに。

「相手は? タイプぐらいは目星ついてるんだろ?」

獣系ビースト

「……へえ。面白そうじゃん」

 ヒューガはあえて空元気を見せる。

 キャロライン事件はまだ尾を引いているが、そろそろ出口もない藻掻きに飽きていたところだ。

 キャロラインに関してできることがないというのなら、せめて次は。次こそは、自分を差し置いて見知った誰かが「消される」という事態にしたくない。

 それなら結局、自分が毅然とするしかなく、また自分の存在感を軍司令部に認めさせるのが早道。

 司令部としてもヒューガの機嫌を無視できないとなれば、あんなことはそうそう起きないはずだ。

 そのためには、証明するしかない。

 ルティと造り上げた、ヒューガの……ヘルブレイズの力を。

 だが。

固体系ソリッド

「……ん? ビーストって今」

虫系インセクト

「どれだよ」

「……全部。……三体仲良く共存してる領域が、司令部に開示されたのよー」

「……共存!? 超越級オーバードが!?」

 超越級オーバードは、その領域の絶対王者だ。

 災害級ディザスターもその名の通り、人間や通常生物にとっては災害そのもののような抗いようのない脅威だが、それすら小粒の有象無象にしてしまうほどの超巨大戦闘生命である。

 となれば、他の生物と空間を分かち合う必要がない。それぞれがそれぞれの縄張りで、どこまでも自由かつ横暴に振る舞う、暴虐の王として君臨する。

 もしも他の超越級オーバードと出会っても、小競り合いののちに無益さを悟り、互いに離れていく。

 同じ国に二君は並び立たない。

 それが通説だった。

「何らかの形で互恵関係にあるのか、コミュニケーションが成立しているのか、それとも互いに全く興味がないだけなのか……想像はいくらでもできるけど、観察研究はあまりにも危険すぎるわねー。とにかく……この大陸を取り返すには、避けては通れない難所がある。そこの攻略作戦を打診されてんのよー。ヘルブレイズと、ついでにスミロドンもありきの話でねー」

「も、もう少し弱いところから攻めるもんじゃないのか、そういうのは」

「私はそうしたいんだけど、それは後でいいだろうって。……ここを攻略できるなら単独の超越級オーバードなんて物の数じゃない。逆に、攻略できないなら人類復権は夢物語。いつまで待てばいいんだ、って、せっつかれちゃっててねー……」

「…………」

 ヒューガも黙る。

 実際に、超越級オーバードには一度、基本形態ノーマルで勝っている。今はそれよりも格段に高い性能を確保したのも事実だ。

 ならば、一体圧倒する以上の離れ業は当然できるだろう、という司令部の見立てもわからなくはない。

 だが、複数相手となると話が違ってくる。

 人間の喧嘩も二対一、三対一だと、いかなる荒くれ者でも制圧されてしまうものだ。もしもその三体が連携してヘルブレイズを集中攻撃するという前提なら、ヒューガがどう頑張ってもどこかで致命打を浴びるだろう。

 巨体の超越級オーバードを一撃で片付けるのは望みが薄い。ヘルブレイズは頑丈だが、どんな攻撃でも壊れない、と言うにはとても足りない。確実な回避は必須だ。

 一体だけを相手にできる時間が、少なくとも十数分は欲しい。それなら勝ち目はあるのだ。

「例のヘルブレイズの二段変形……ロード形態まで待て、って言うことはできないのか」

「んー……正直、それ言うと『ロードならできるってことだな』って言質与えるのと同じだし……正直、それが実装できるのがいつになるのかも断言できないし。何より、現段階ではロード形態はヒューちゃんを『使い切る』可能性が結構あるから、計算に入れにくいのよねー……」

「使い切る、って……」

「乗ったが最後、もうヒトに戻れない危険もまあまあある、ってとこー。司令部の奴らにそれを前提とした話をしたなら、絶対に使用を強要してくるわよー」

「……うっ」

 二度とヒトには戻れない。

 となれば、一生ドラゴニュートという世界に一体きりの化け物として、ヘルブレイズに乗って過ごすことになる。

 それどころか、超越級オーバードを倒し尽くした暁には、邪魔者にすらなるだろう。ヘルブレイズを降りるというプランすら、人間に戻れないのでは意味がない。

「ドラゴン」止まりの今なら、戻ることはできる。難易度が急に上がるとはいえ、勝ち目もないわけではない。

「……悩ましいな」

「そうなのよー。……まさか二体三体、本当に集まってるとか思わないじゃんー……」

 ルティが悩んでいた意味が理解できた。

 やれる、と言うにはまだ不安は大きい。

 もっと時間をくれ、と言うには分かりやすいゴールが必要。しかし最終形態たるヘルブレイズ・ロードは不用意には提示できない。

 できない、と言えば意義なしとしてヘルブレイズの開発は凍結され、機体は没収されかねない。

 ぐずってジリジリと時間を稼ぐ手もあるが……司令部の疑念が強まれば、最悪、反乱準備と取られかねない恐ろしさもある。

 本国の上層部は旧大陸平定をさほど重視していない。安全な土地で椅子取りをしている彼らは、彼らのパワーゲームに勝つのが重要であり、旧大陸の征服進展は「うまくいけばラッキー」程度にしか思っていない。

 もしも人類が再君臨する時が来たとしても、何十年、何百年も先だと思っている。

 だからこそ、直接に自分たちが脅かされる反乱の防止にしか興味がない。

 その彼らの無関心と散漫な興味の隙間でルティは頑張ってきたのだが……ここにきて、対応を迫られるとは。

「もしかして、移管した空中都市でなんか新発見があった……? だから発見者の俺たちを始末しようと……」

 つい想像力を暴走させた陰謀論に行き着くヒューガ。

 しかしルティは椅子にのけぞったまま溜め息をつき、否定。

「単に現場を知らない無茶振り……っていうか、被害に興味ないだけだと思うわよー……あいつら、鋼像機ヴァンガードやられてもいくらでも替えが利くと思ってるし、ヘルブレイズも単なる新兵器だとしか思ってないしー」

「新兵器は新兵器でも、だいぶ不穏な奴だと思うんだけどなあ……」

 さすがにヒューガという実験体を使ったパッケージだという実態を本国への資料でまで隠すことはできない。伝わっているはずなのだが。

「それでもよー。強いって言うならぶつけてみようじゃないか、ってゲームのノリで誰かが言ったんでしょうねー。あいつらにしてみりゃ海の彼方の新兵器のフレーバーテキストなんて、ゲーム画面の中と同じようなもんよー」

「……マジでなんでそんな奴らに従ってんの?」

「さすがのルティちゃんも人類国家ガン無視して鋼像機ヴァンガード作れるほど万能じゃないからよー」

「…………」

 つくづく。

 こんなものになりたかったのか、キャロライン? と、聞いてみたくなってしまう。


 二人で腹の鳴るまで悩んだ末に、ルティは参加を決断した。

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