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第62話 戦いの先を

 一方、前哨基地アウトポストを中心としたモンスター討伐は順調に捗っていた。

 建設当初こそ周辺環境の調査の甘さが響き、幾度もピンチを招いたが、現在は地形を考慮した警戒態勢が確立し、鋼像機ヴァンガードの出撃要請も充分な余裕を見て行われるようになっている。

 なので、員数外であるヘルブレイズも仕事が少なくなるはずなのだが、ヒューガがキャロラインの件を気にしているのを察してか、ルティは時間が合えば出撃要請を拾うようになった。

「軍に甘くしてるとつけあがるから基本無視、って方針じゃなかったか?」

「データ取りとパーツの調整のついでよー。二段変形も視野に入ってきたし、利用できるチャンスは利用させてもらいましょ♥」

 ルティはそう言って悪い顔で笑ってみせているが、ヒューガが凹んでいるのは気づいている。

 だが、自省の泥の中に沈んでも何もいいことはない。

 ただ立ち止まっていても時間が過ぎるだけだ。何か手を動かすことでしか、その痛みは紛れない。

 幸いにしてヘルブレイズを動かすのはヒューガ自身ではなく、別人格のリューガだ。ヒューガの精神的不調がミスに繋がることもまずない。

「ゴールダスの子分も出てるらしいから、ついでに蹴っ飛ばしてきちゃいなさいー。あんなイキリ野郎、痛い目見た方がいいのよー」

「さすがに味方を攻撃するのは軍法会議だろ……」

「いなくていいやつがデカい顔してんのが悪いのよー。私が許すからスクラップにしてきちゃえ♥」

「……了解」

 苦笑いしつつゴンドラに乗り、コクピットまで上げるボタンを押す。

 手すりに掴まらないとよろけるほどの軽快な動きで持ち上がるゴンドラからコクピットに飛び移り、ヒューガは出撃準備を始めた。


       ◇◇◇


 もちろん、実際にフレンドリーファイアを放つ気はない。

 ユアンは気に入らない男ではあるが、道を踏み外してまで相手したい手合いでもない。

 それに、最近はヘルブレイズに趨勢がかかるような状況での出撃はなくなってきている。あくまで援護要員としての参戦だ。

 ダイアウルフの高速走行ユニット「ウルフランナー」は増産が進むとともに使う側もこなれてきて、最近は全機が二列縦隊で滑走し、現場に向かう姿が見られる。

 接敵とともに装輪機構ローラーダッシュを止めてズラリと展開する、マットシルバーの騎士団然としたダイアウルフの雄姿はなかなか壮観で、量産機もいいよな、と上空からヒューガが羨むくらいであった。

「あれで腕が伴っておれば言うことないんじゃがなぁ」

(サーク隊長の腕は間違いないだろ相変わらず。それに最近はエリーさんも仕上がってきてるし……)

「集団戦で問題になるのは一番腕のいい奴じゃねえじゃろ。一番ヘボが全体の能力を下げるんじゃ」

(……ま、まあ、そうなんだけどさ)

 具体的にはやはり一番下っ端のジミー。

 新人としては度胸がある方だが、褒めるべきはそこぐらいで、とにかく動きが周りからはみ出すので他の隊員が常にフォローに苦労している。

 それを分かっているのかいないのか、いつも隙あらば前に飛び出すので、本来危なげない戦いが犠牲を出しかけるのも珍しくなかった。

「長生きは出来んぞ、あいつ」

(この前の生存率の話の後だと余計に怖いな……)

「今は我らがなんとかしてやれる。本意ではないがな。その間にあのゴールダスジジイが、『災害級ディザスター如きに負ける方がバカな新型』を作れればアガリ……というわけじゃ」

(ゴールダスさんの口振りだと、本当は次世代機、ルティに作って欲しかったんじゃないか。そうじゃなかったら自分が作る前提で話をするだろうし)

「その気がルティになければどうしようもないじゃろ」

 ブツブツと「一人お喋り」をしているうちに、ヘルブレイズは障域上空に陣取る。

『聞こえるかヘルブレイズ、それとスミロドン。今回は三体だ。幸い機動性はない奴ばかりだが、同時に仕掛けてそれぞれの対応力を飽和させる。避けるべき事故イレギュラーは二体以上が味方一機に集中することだ。直近の個体に我々がかかる。ヘルブレイズは一番遠い個体、スミロドンは残った奴だ』

「委細了解」

『三体程度なら俺だけでも充分なんだがな』

 いけ好かないことを口走るユアンに、ゴールダスが通信で怒鳴る。

『そんなに弾薬エリクシルが持たんだろうが! スミロドンは継戦能力は捨ててんだ、吹かすのは大概にしろや!』

『小回りの利かねえ奴しかいねえなら、全部光刃剣スラッシャーで潰す感じで行けると思うんだがねぇ』

 大言壮語をサーク隊長の聞こえよがしの溜め息が遮る。

『はぁ……っ。悪いがそれはウチから出て行った後に試してくれ。作戦は伝わったか』

『へいへい、了解だ隊長殿』

『よし。……90秒後に攻撃開始だ。各機散開!』

 眼下で銀の騎士団と金の多腕銃手が分散し、ヒューガは自分の担当の災害級ディザスターの位置を確認する。

「……あいつじゃな。タイプシャーク」

(あれって魚……だよな)

シャークじゃからの」

(なんでタイプフィッシュじゃなくてシャークってカテゴリになるほど鮫ばっかりいるんだ……? しかも海って基本、巨大モンスター生きられないんだろ? なんで鮫が陸上進化しちゃったんだ?)

「我に言うな」

 海上海中は魔力の特性上の問題で、巨大モンスターが自らを維持できない。そのおかげで本国は助かったのだ。

 しかし、何故かそこそこの頻度で、陸上を不恰好に練り歩く鮫の成れの果てが見つかる。

 数十年前の初発見時は冗談だと思われ、今でも研究者が「何故?」と頭を悩ませている問題だった。

(タイプシャークは見境ない暴れが怖いだけで、魔力弾の生成頻度も低い。俺たちは楽できちゃうな)

「油断させようとするな。とにかく仕事はしっかりやる。それだけじゃ」

 ヘルブレイズはタイプシャークの直上まで飛び、90秒のカウントが終わると同時に羽ばたきを止めて飛び降り、タイプシャークを踏みつけると同時に属性銃エレメントライフルを接射。

 分厚い鮫の背中が爆裂し、それが開戦の合図となった。


 一撃目でヘルブレイズの担当となったタイプ・シャークは体が半ば千切れ、ほぼ勝負が決まった。

 黒い機体に大量の血肉を浴びたヘルブレイズは、纏った紅いオーラもあわせて非常に悪役っぽい状態になったが、戦闘としては拍子抜けだ。

(完全接射だとここまで威力出るのか……)

「普通の機体では爆砕弾エクスプローダーのゼロ距離炸裂は耐え切れんからの。我らの特権じゃ」

(それもそうか)

 放散魔力による威力減衰は、発射から着弾・炸裂までの距離が短いほど影響が下がる。

 理論上は完全接射は最強だが、要はグレネードランチャーを手元で爆破するのと同じで、普通は自滅だ。

 適度に距離を取るのが望ましいが、その適度というのが難しい。

 機体をある程度損傷するのを承知で一発の威力を求め、数歩の距離を適正とするもの、二十歩の距離を見定めて、液体弾薬エリクシルリキッドを使い切るまでに有効な傷をつけられるなら良しとするもの、冷凍弾フリーザー電撃弾エレキショッカーなどを多用して、あくまで光刃剣スラッシャーまでの繋ぎとして割り切るもの、あるいは味方との斉射による威力向上を前提に作戦を組み立てるもの……パイロットによってその流儀には大きな幅がある。

『いくら特権でも、調子に乗ってそれやりまくるのはやめてよねーリューちゃん。機体洗浄も時間かかるし、サメモンスの血肉ってクッサいんだからー』

「……へいへい」

 ルティに注意されてしまった。機体が耐えられるのは完全に前提になっている。

 ちなみに衝撃も普通なら脳震盪で気絶、悪ければ首骨折する程度にはあったが、リューガはアトラクション程度にしか感じていない。

 サーク隊長率いる鋼像機ヴァンガード隊はタイプアメーバ相手に大わらわの大混戦、スミロドンは巨大ナメクジ相手に華麗な動きで裏回りを繰り返しつつ封殺している。

 援護するなら鋼像機ヴァンガード隊だが、例によって足並みをジミーが乱していて、下手に手を出すと誤射しそうだ。

「……背中蹴飛ばすならスミロドンにしろってルティには言われとるんじゃがなぁ」

『おっ喧嘩か? いいねえ、買ってやるぜ』

「テメェは仕事しとけヤンキーオヤジ。片付けてから首突っ込んで来い」

『はっは、相変わらず鋼像機ヴァンガードに乗るとやけに威勢がいいじゃねえか!』

 味方の状況を確認している間に、タイプシャークは最後の力でヘルブレイズに魔力弾を撃とうとし始めている。

 もうどう見ても助からないが、せめて一撃、というところだろう。

(リューガ)

「わーっとるわーっとる。……ふんっ!」

 リューガはなんの工夫もなくタイプシャークにショルダータックルを仕掛け、半壊した肉体をさらに曲げて傷口を曝け出す。

 そこに属性銃エレメントライフルを無慈悲に連射し、最後の反撃をも許さずに惨殺。

『うわ……引くわ』

 たまたま近くまで滑りだしてきたジミーがその様子を目撃。

 リューガはイラッとして言い返す。

「真面目に仕事しろ軍人! こちとら銃後の民間人様じゃぞ!」

『軍属パイロットは銃後って言わねえだろ……』

「誰に守って貰ってると思ってんだとかフカしとったの忘れとらんぞ!?」

『ジミー! もうお前はそこにいろ! 俺たちで片付ける!』

『ええっ!? まだやれますよ!』

『いいから!!』

 サーク隊長も大変だなあ、とヒューガは同情した。

 組織としては新人の指導は避けられない。いくら厄介でも、使って成長させるしかないのだ。


       ◇◇◇


 全ての災害級ディザスターの死亡と魔力の急速減少を確認し、戦闘は終結する。

『ここの障域は観測規模がそんな大きくなかったよな。この勢いだと、また解消して鉄道を延ばさなきゃならなくなるかもな』

 スミロドンの中でタバコでも吸っているのか、何かを噛んだような調子でユアンが軽口を叩く。

 戦闘中はさすがに吸えるはずもない。帰投前の休憩時間のささやかな特権だ。

超越級オーバードが出ても少年のソイツでひとひねり。人類復権の道筋が見えてきたってか?』

 この前言い過ぎたと思ったのか、やけにリューガ……ヒューガに絡んで来ようとしているな、と思いつつ、ヒューガは一時的にリューガから戻って皮肉を返す。

「そうすれば俺もお前もお役御免ってわけだ。五年生存率一割弱、勝っても勝っても軍の一部にしか知られもしない鋼像機ヴァンガードのパイロットなんてのは、な」

 当てこすり。

 ユアンがカッコつけて達人ヅラをしているパイロットこんなものは、結局その程度で、いつかは役目を終えて消えるべきものだ。

 まだ高校生の自分はそれ以外の道を選べばいいだけのこと。いつまでもその調子でいられるなよ、と。

 だがユアンはハハハと笑う。

『そうさな。全くその通り。ハッピーエンドってやつだ』

「……それでいいんだな」

『たりめぇだろ。こんな化け物と鬱陶しい瘴気きりの支配する世界なんて、居心地悪いだけだ』

 グチャグチャのモンスターの死体を正面に捉えて立つ二機。

 その死肉を指さすユアンの姿は、通信には乗らないが、見える気がする。

『だが、お役御免になったら他の仕事ができるのさ。不思議なことにな』

「……何だそれ」

『それが大人って奴なんだよ、少年。ハッピーエンドはただのワンシーンだ。その先にもダラダラと現実は続く。そして大人ってのは仕事がなきゃあいけないんだ。本人にとっても、他人にとってもな』


 大人の悲哀と猫撫で声で、尖った少年ヒューガを懐柔しようとしている不良中年。

 ただそれだけにも聞こえる言葉。

 しかし、通信越しにルティが放った、

『へぇ……そういうやつ、ね』

 その呟きが、やけに気にかかった。

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