「ヒューちゃん。……明日、本国行くから準備してー」
「……何?」
ヒューガの変異がようやく落ち着き、尻尾もほとんど退化したタイミングで、ルティが唐突なことを言い出した。
「急過ぎだろ。……船? 飛行機? 何日ぐらいで帰る予定なんだ?」
唐突とはいえ、前例がないわけではない。
ルティはたびたび
引きこもり気質とはいえ、
ルティが出張するのであれば、ヘルブレイズは出られないことになるが……まあ、それもどうにかなるだろう。ノーザンファイヴ近辺に
と、少し低めのテンションでルティの旅荷物をまとめようと腰を上げる。
が、ルティはヒューガの態度から些細な勘違いに気づいて訂正する。
「もしかして私だけ行くと思ってないー?」
「あ?」
「ヒューちゃんも行くのよー。こないだの三強討伐作戦の件だからー」
「……???」
ヒューガは意味が分からず立ち尽くした。
◇◇◇
無茶振りともいえた
それは大陸最大級の難敵であることは疑いなく、勝てると証明すれば、本国のパワーゲームの趨勢が変わる。
いや、既に変わったのだ。
本来は
しかし、もはや単独の
今の世代の人類が寿命までに見ることのない、遠い目標のはずだった大陸奪還が、実はもう現実的な話になっている。
そういうことならば、今まで変化とリスクを避け、些細な責任を押し付け合うのが主眼だった本国の
このタイミングで、次の流れを決定づけるための重要参考人としてルティ、そして主役たる一品物の超兵器ヘルブレイズと、その唯一のパイロットであるヒューガが中央議会に呼ばれたのだ。
これは今後の軍備に大いに影響する話になる。少なくともルティはそう考えていた。
「馬鹿馬鹿しい話だけど、実績を出しちゃったからにはそれが少しでも有利に働く方に転がさないとねー。お偉方、『現場のため』なんて殊勝な考え方は、こっちが吹き込んでやらないとできないのよー」
「……だからって、俺はただの高校生だぞ。ルティはともかく俺から有益な話なんてしようがないだろ」
ヒューガはヘルブレイズの操縦桿を握りながら愚痴る。
狭いコクピットに一緒に乗ったルティは苦笑しつつ、まだヘアサロンにも行けていないヒューガの、タオルに包まれた頭をポンポンと優しく叩くように撫でた。
「サーク隊長や他のパイロットたちの犠牲、無駄にしたくないでしょー? 本国の奴ら、尻蹴っ飛ばしてやらないといつまでも『まだ時期尚早』って言い続けるのよー。現状を変える話になると舵取りがわからないからってさー」
「…………」
ヒューガは押し黙る。
まだ現実を受け止め切れているとは言い難かった。
サーク隊長は敏腕パイロットだったので、ノーザンファイヴにいた期間も特に長い。ヒューガは彼に、いたこともない父親の像を重ねていた部分もあった。
もう何日も、夢に見ている。
あの日の戦いで、帰ってきたらサーク隊長が実は助かっていた、というifを。
それだけでヒューガはどれだけ救われるのか、そして現実はどれだけ虚しいのか……目覚めるたびに思い知る。
現実的には、きっとサーク隊長は生き残ることはなかっただろう。彼は部下たちを生かすために、幾重にも身を危険に晒す無茶をしたという。そういう情の厚さが彼らしいところでもあり、だからこそヒューガが最善を尽くしても、間に合わなかった。
だが、「だから、しょうがないんだ」と、どうして思えるだろう。
(俺は、
(……言うな。力足らずでしかなかろう)
(世界がどうとか時代がどうとかなんて、デカ過ぎてどうでもいい。……でも、目の前のものを守るくらいはできるはずの力だろう。それなのに)
(足らんかった。足らんかったんじゃ。ヒューガ)
リューガは、噛んで含めるようにヒューガを諭す。
(三匹ぐらい瞬殺するほど強ければ全部思い通りにできた。一人でブッ込んで一人で片付けて、何も失うことはなかった。それができんから他人を頼り、それができんから二体までしか仕留められんかった。好きなように好きなものを守るには、全然足らんかった。それだけじゃ)
(……そんな雑な話じゃなくて)
(いや、そういう話じゃ。力があるから守れたはずだ、などと思い上がるには、それだけ要る)
ヒューガの思考の澱みを切って捨てるリューガ。
中途半端な自己嫌悪など意味がない。
全てを覆す力を持つ覚悟なしに、「力があるのに」などと自己陶酔して何になる。
強者として傲慢に考えられないくらいなら、一兵卒として「出来ないことは出来ない」と諦める方がまだしも建設的というものだ。
自分の中でそんな会話をしているうちに、空の彼方から巨大な飛行機がやってくる。
ノーザンファイヴ
◇◇◇
「
「何に使うのよー。どうせ障域上空は飛べないから海上ルートしか使えないのに」
「それでも基本徒歩しかないのってキツいじゃん。ヘルブレイズはともかく、ダイアウルフもスミロドンも」
「……あんまり現地の部隊が勝手に機体を取り回す余地が生まれると、連中のビョーキが悪化するのよー」
「ああ……クーデター恐怖症か」
「ま、ヘルブレイズに自力飛行で本国入りさせないのも元はと言えばソレなんだけどねー」
「てかヘルブレイズって自力で飛んで本国まで行けんの?」
「片道なら余裕よー。往復となるとさすがに
輸送機後部には二機分を並べて寝かせるスペースがあり、そこにヘルブレイズは横臥の姿勢で固定される。
一機分では翼が邪魔になって入りきらないのだ。
そしてコクピットは機体と一緒に真横になるので、乗ったままで本国まで行くのは少々無理がある。ヒューガとルティはヘルブレイズを降りて、庫内壁際の座席に着席して離陸。
「ま、飛行速度はヘルブレイズ・ドラゴンのが絶対速いけどねー。
「一般機体を運ぶ目的のヤツに無理言うなよ……」
ツバサとも、ジュリエットらともしばしの別れだ。本国は遠く海を隔て、一万キロ近い彼方にある。
ヒューガは
まだ竜化が解け切っていないままでの出発だ。作戦後、ジュリエットたちに会うこともできないままだった。
少しだけ友人たちとの日常を恋しく思いながら、ヒューガはノーザンファイヴ竣工前の幼少期以来、近づいてすらいない本国へと飛び立った。