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第75話 本国へ

「ヒューちゃん。……明日、本国行くから準備してー」

「……何?」

 ヒューガの変異がようやく落ち着き、尻尾もほとんど退化したタイミングで、ルティが唐突なことを言い出した。

「急過ぎだろ。……船? 飛行機? 何日ぐらいで帰る予定なんだ?」

 唐突とはいえ、前例がないわけではない。

 ルティはたびたび鋼像機ヴァンガード関係の用事で出張することがあった。

 引きこもり気質とはいえ、鋼像機ヴァンガードの技術に関しては実機が動いているのを見なければ話にならない。特に能力の低い技術者は机上の空論を実用化したと言い張ったり数値の粉飾をしがちで、ネット越しに見るだけでは何も信用できないのだ。

 ルティが出張するのであれば、ヘルブレイズは出られないことになるが……まあ、それもどうにかなるだろう。ノーザンファイヴ近辺に災害級ディザスターはもう何か月も接近しておらず、前哨基地アウトポスト周辺にも最近はその影が途切れつつある。もし現れてもおそらくツバサが単身迎撃でどうにかするだろう。

 と、少し低めのテンションでルティの旅荷物をまとめようと腰を上げる。

 が、ルティはヒューガの態度から些細な勘違いに気づいて訂正する。

「もしかして私だけ行くと思ってないー?」

「あ?」

「ヒューちゃんも行くのよー。こないだの三強討伐作戦の件だからー」

「……???」

 ヒューガは意味が分からず立ち尽くした。


       ◇◇◇


 無茶振りともいえた超越級オーバード三体一挙討伐作戦。

 それは大陸最大級の難敵であることは疑いなく、勝てると証明すれば、本国のパワーゲームの趨勢が変わる。

 いや、既に変わったのだ。

 本来は鋼像機ヴァンガード数十機と引き換えにする超越級オーバード。その費用対効果コスパの悪さゆえに積極的討伐は避けられ、相当に好条件が揃った場合のみ討伐作戦が発動されてきた。

 しかし、もはや単独の超越級オーバードには「単機で確実に勝てる」。複数体同時攻略という至難の業も、やってやれない話ではない。それが証明された。

 今の世代の人類が寿命までに見ることのない、遠い目標のはずだった大陸奪還が、実はもう現実的な話になっている。

 そういうことならば、今まで変化とリスクを避け、些細な責任を押し付け合うのが主眼だった本国の権力構造いすとりゲームも話が違ってくる。

 このタイミングで、次の流れを決定づけるための重要参考人としてルティ、そして主役たる一品物の超兵器ヘルブレイズと、その唯一のパイロットであるヒューガが中央議会に呼ばれたのだ。

 これは今後の軍備に大いに影響する話になる。少なくともルティはそう考えていた。

「馬鹿馬鹿しい話だけど、実績を出しちゃったからにはそれが少しでも有利に働く方に転がさないとねー。お偉方、『現場のため』なんて殊勝な考え方は、こっちが吹き込んでやらないとできないのよー」

「……だからって、俺はただの高校生だぞ。ルティはともかく俺から有益な話なんてしようがないだろ」

 ヒューガはヘルブレイズの操縦桿を握りながら愚痴る。

 狭いコクピットに一緒に乗ったルティは苦笑しつつ、まだヘアサロンにも行けていないヒューガの、タオルに包まれた頭をポンポンと優しく叩くように撫でた。

「サーク隊長や他のパイロットたちの犠牲、無駄にしたくないでしょー? 本国の奴ら、尻蹴っ飛ばしてやらないといつまでも『まだ時期尚早』って言い続けるのよー。現状を変える話になると舵取りがわからないからってさー」

「…………」

 ヒューガは押し黙る。

 まだ現実を受け止め切れているとは言い難かった。

 サーク隊長は敏腕パイロットだったので、ノーザンファイヴにいた期間も特に長い。ヒューガは彼に、いたこともない父親の像を重ねていた部分もあった。

 もう何日も、夢に見ている。

 あの日の戦いで、帰ってきたらサーク隊長が実は助かっていた、というifを。

 それだけでヒューガはどれだけ救われるのか、そして現実はどれだけ虚しいのか……目覚めるたびに思い知る。

 現実的には、きっとサーク隊長は生き残ることはなかっただろう。彼は部下たちを生かすために、幾重にも身を危険に晒す無茶をしたという。そういう情の厚さが彼らしいところでもあり、だからこそヒューガが最善を尽くしても、間に合わなかった。

 だが、「だから、しょうがないんだ」と、どうして思えるだろう。


(俺は、ためにヘルブレイズに乗っているはずだ。モンスターと戦うのが楽しいわけじゃないし、軍人みたいに金を貰ってるわけでもない……なのに、取りこぼしてばかりだ。じゃないか)

(……言うな。力足らずでしかなかろう)

(世界がどうとか時代がどうとかなんて、デカ過ぎてどうでもいい。……でも、目の前のものを守るくらいはできるはずの力だろう。それなのに)

(足らんかった。足らんかったんじゃ。ヒューガ)

 リューガは、噛んで含めるようにヒューガを諭す。

(三匹ぐらい瞬殺するほど強ければ全部思い通りにできた。一人でブッ込んで一人で片付けて、何も失うことはなかった。それができんから他人を頼り、それができんから二体までしか仕留められんかった。好きなように好きなものを守るには、全然足らんかった。それだけじゃ)

(……そんな雑な話じゃなくて)

(いや、そういう話じゃ。力があるから守れたはずだ、などと思い上がるには、それだけ要る)

 ヒューガの思考の澱みを切って捨てるリューガ。

 中途半端な自己嫌悪など意味がない。

 全てを覆す力を持つ覚悟なしに、「力があるのに」などと自己陶酔して何になる。

 強者として傲慢に考えられないくらいなら、一兵卒として「出来ないことは出来ない」と諦める方がまだしも建設的というものだ。


 自分の中でそんな会話をしているうちに、空の彼方から巨大な飛行機がやってくる。

 鋼像機ヴァンガードを運搬するための専用輸送機だ。

 ノーザンファイヴ鋼像機ヴァンガード隊の補充機の一部であるダイアウルフ二機を運搬してきたそれに、入れ替わりでヘルブレイズが乗り込んで、本国に移送されることになる。


       ◇◇◇


輸送機これ、前線都市に一機ずつ常駐させといてくれればいいのにな」

「何に使うのよー。どうせ障域上空は飛べないから海上ルートしか使えないのに」

「それでも基本徒歩しかないのってキツいじゃん。ヘルブレイズはともかく、ダイアウルフもスミロドンも」

「……あんまり現地の部隊が勝手に機体を取り回す余地が生まれると、連中のビョーキが悪化するのよー」

「ああ……クーデター恐怖症か」

「ま、ヘルブレイズに自力飛行で本国入りさせないのも元はと言えばソレなんだけどねー」

「てかヘルブレイズって自力で飛んで本国まで行けんの?」

「片道なら余裕よー。往復となるとさすがに燃料エリクシルが保たないかもだけどー」

 輸送機後部には二機分を並べて寝かせるスペースがあり、そこにヘルブレイズは横臥の姿勢で固定される。

 一機分では翼が邪魔になって入りきらないのだ。

 そしてコクピットは機体と一緒に真横になるので、乗ったままで本国まで行くのは少々無理がある。ヒューガとルティはヘルブレイズを降りて、庫内壁際の座席に着席して離陸。

「ま、飛行速度はヘルブレイズ・ドラゴンのが絶対速いけどねー。輸送機こういうのが音速超えはまずないからー」

「一般機体を運ぶ目的のヤツに無理言うなよ……」

 ツバサとも、ジュリエットらともしばしの別れだ。本国は遠く海を隔て、一万キロ近い彼方にある。

 ヒューガは鋼像機ヴァンガード以外のシートベルトに少しだけ新鮮な気分になりながら、巨大な輸送機が離陸する轟音を楽しむ。

 まだ竜化が解け切っていないままでの出発だ。作戦後、ジュリエットたちに会うこともできないままだった。

 少しだけ友人たちとの日常を恋しく思いながら、ヒューガはノーザンファイヴ竣工前の幼少期以来、近づいてすらいない本国へと飛び立った。

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