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第76話 総本部

 本国へのフライトは十数時間にも及ぶ。

 一度上空へ上がってしまえば大半の時間はシートベルトに縛られないとはいえ、なんのサービスがあるわけでもない十数時間だ。すっかり退屈してしまう。

 それを慰めるのは洋上でも通じるネット回線くらいのものだった。

「海上中継基地様々だな……」

「あんまり効率よくないんだけどねー電波リレーは。……海底にケーブル沈められればいいんだけど」

「そんなのすぐ切れないか?」

「切れるわー残念ながら。海底原生種って奴らがいてねー……」

「海ってモンスターは生きられないんじゃないっけ?」

災害級ディザスターみたいなデカブツの体格維持できるだけの環境魔力はないけど、脅威生物モンスター自体はいないわけじゃないのよー。1000メートル以上の深海性で、海上まで上がってくることはないから、地上人がやりあうことはあんまりないんだけど。……死体が時々沿岸に上がるから存在だけはわかってるやつよー。あと漁業関係被害で」

「どうにか退治して……ってわけにはいかないのか」

「個体は多分大して強いわけじゃないけど、生息域が広すぎて退治なんてしようもないわよあんなんー。それに多分それやったら海の生態系がズタズタになるから逆に危険なやつー」

「うーん……さすがにケーブル沈めたいだけでそこまではできないか……」

「多分、水に沈まないケーブルか、海底原生種の力じゃ絶対傷つかないケーブル作る方が現実的ねー」

「なるほど……」

「そうでもなきゃ、電波を遠方に効率的に飛ばすための高空中継点。……あの空中要塞が自由に使えりゃ絶対有用なんだけどねー」

「あれって本当にルティでも作れないもんなのか? 所詮人間の技術だろ」

「いくらルティちゃんが天才だからってなんでもかんでも知ってるわけじゃないのよー。特に昔は優越的技術は独占するものでしかなくて、共有なんてロクに考えられてなかったから、発明されたっきり抱え落ちの遺失技術ロストテクノロジーなんて山ほどあるしー」

「現物が何百年も浮かんでるのに再発明もできないのか……」

「工学分野ならまだしも、高等魔術に関しては憶測で再現できるようなシンプルなものの方が珍しいのよー。魔法作用ってすっごいへそ曲がりだからー。今分かってる最強の回復魔術なんて凍結魔術の発展形研究してて偶然見つかったのよー? 意味わかんないでしょー?」

「その話何度も聞いた」

 スマホで本国の情報を検索しながらルティの愚痴をあしらうヒューガ。

 まだ先の戦いの精神的ダメージは癒えているとは言えなかったが、輸送機に何時間も乗っているうちに、本国に向かっているのだ、という実感が湧いてきた。


 いい場所とは言えない。

 現在の人類の根拠地ではあるが、そこに住む人間の大半が「この窮屈な世界にいても先はない」と実感しているような場所だ。

 だからこそ前線都市への移住応募者は途絶えることはなく、一度前線都市に移住すればもう戻ることはほぼない、とわかっていても旅立つのだ。

 一挙に集中した巨大人口に対し、魔力生成ペーストと水生成装置、そしてゴーレム応用による高速建築で対応し、曲がりなりにも受け入れ切ったという歴史は掛け値なく偉大だが、そこから先は決して理想的ではなかった。


 従来の人口の二十倍以上という極端な人口集中は、言うまでもなく国体そのものを揺るがした。

 難民が元の人口の数十パーセント程度までなら、まだしも主導権は明確だ。

 しかし、元の国民が1割以下となるような状態では、「国」、つまり「集団」の行動決定権を、先住者であるという一点のみで少数者が握り続けるのは不可能だった。

 難民は難民で必死だ。帰る国がもうない以上、「勝てる」というなら暴力で支配を覆すことも視野に入れる。

 しかし、それを目論むのが特定の国の難民であるなら、その敵対国であった難民は当然、道義を掲げて敵に回る。

 そしてその他の難民もそれぞれに身の振り方を工夫し、小さな国の中で「世界大戦」が幾度も再現されかけて……当然、禁止事項が増え、監視が厳しくなり、やがて魔獣を撃退しうる鋼像機ヴァンガードの制式化により一応の決着を見た。

 狭く汚く、生きていく以外の何も許されない人口過密地帯の本国において、鋼像機ヴァンガードは待ちに待った広い世界を取り戻す英雄の偶像であり、また政府転覆を目論む者にとってはあまりにも絶望的な処刑人にもなり得る。

 だから尖兵ヴァンガードという言葉には、それを見る者によって違う含意が込められてもいた。


 人口密度の問題は前線都市計画でそれなりに改善したはずだ。

 ヒューガのいた当時は本国のどこに行っても同じで、異常な人口のためのインフラ建築のために名所も自然も全てが犠牲にされ、見るべきものなどどこにも残っていなかった。

 まあ、ヒューガとて10年前は7歳やそこらだ。そんなに自発的にいろいろ見に行ける年齢でもなかったのだが。

 今なら何か、少しは楽しい場所もあるだろうか。

 せっかくなら、ツバサに土産話くらいできたらいいな、とヒューガは思う。

 それぐらいの楽しみがなければ、偉そうな大人たちの前でヘルブレイズと一緒に見世物になるという予定を乗り切れそうにない。


       ◇◇◇


 本国首都はヒューガの記憶通りの状態だった。

 数十階の高層建築が、狭い路地を挟んで無数にどこまでも連なっている。

 一見して発展しているように見えるが、それぞれのビルは薄汚れ、窓も破れたままのところが少なくない。空気は薄汚れていて風は独特のツンとした臭気を含み、それとともにヒューガは改めてこの荒んだ街の雰囲気を思い出した。

 前線都市は巨大モンスターの恐怖があるが、この本国よりは全然マシだ。

 ここには有り余る人口以外に何もない。

 毎日薄暗い鬱憤が渦巻き、知らない誰かが自分を傷つけたがっているという実感が身を刺す。

 知らない人間の一人や二人死んだところで、憲兵は椅子から立ち上がりもしない。

 差別と脅迫、汚職と責任放棄がもはや悪事ですらなくなったここで、タダ同然で手に入る完全栄養食ペーストと水で一日一日を生きながらえる。

 軍に入らなければ、眠っていた才能で成り上がるなんて夢すら見られない。それが本国民の日常だ。

「……長居したくないな」

「同感ねー」

 改めて、前線都市という「切り分けられた文明世界」がどれだけ恵まれているかを実感した。


 ヘルブレイズを起動し、航空基地から総本部基地へと移動させる。

 総本部基地には20機からのダイアウルフやその改修機が立ち並び、政治デモを行う住民たちを威圧的に見下ろしている。

「本国仕様って強いのか? 塗装いろは違うけど」

「大差ないわよー。コケ脅しに撃ち切りの外装砲を4、5本取りつけてあるくらい。そもそも強化案あるんだったら前線都市ウチらの方に優先配備すべきでしょーに」

「まあ、そりゃそうだ」

 鋼像機ヴァンガードは巨大モンスターと戦うのが本分だ。巨大モンスターが来れない本国に強化機体を置いても仕方がない。

 しかし、あくまで教習用および派遣待機の体裁とはいえ、総本部周辺に数十機も置いておくのは、例によってクーデターなどの危険に怯えていると取られても仕方がなかった。

「普段の倍は用意してるわねー。あからさまなこと」

「やっぱり俺たちを警戒してるのか……? それなら呼ばなきゃいいのに」

「連中にも見栄があるのよー。……必ずしも私たち向けじゃない見栄がねー」

「わけわかんねー」

 ヒューガはそう呟いてゴンドラを降りる。

 ルティの報告通りなら、ヘルブレイズの戦力相手ではダイアウルフ数十機でも制圧要員として足りることはない。

 しかし、それでも白旗を上げて迎えるわけにはいかないのだ。あくまで総本部、そして軍事評議会はルティとヘルブレイズを「どうにでもできる」という体裁で、部下として迎えなければならない。

 それは「ルティをコントロール下に置いている」という内輪向きのパフォーマンスでしかなかったが、ルティはそうと理解しながらも過不足を指摘するつもりはなく、ヒューガに説明もしない。

 少年には大人の見栄など「わけわかんねー」でいいのだ。

 ……そして、竜に向かって人間の見栄など、理解を求めるものではないだろう、ともルティは思っていた。


       ◇◇◇


「先だっての超越級オーバード掃討作戦での活躍、ご苦労だった。シュティルティーウ博士、及び試作鋼像機ヴァンガードヘルブレイズ専属パイロット、ヒューガ・ブライトン君」

「はいはい。前置きは飛ばしてー。お互い長く顔突き合わせたくないでしょー、ケルビスのボ・ウ・ヤ」

「…………」


 本国軍総本部基地、軍事評議会。

 会議場は三方から見下ろされる階段状になっており、ヒューガとルティは見ようによってはセミナーの登壇者のように見えなくもない。

 ……が、最高位の評議員と思われる壮年の軍服たちは一番高い席で防弾ガラス越しにヒューガたちを見下ろし、発言者の顔は適時そのガラスをスクリーンとして拡大表示され、スピーカーで声を届ける形になっている。

 対するこちら側の映像や発言も、デジタル機器を通じて彼らの手元に拡大されているのだろう。

 同じ空間にいるのに、まるでリモート会議だ。そこまで我が身を守りたいのか、と少し呆れてしまう。

 彼らより低い位置にも多数の士官が着席している。彼らは傍聴者であると同時に、いざとなれば守衛代わりにヒューガたちを取り押さえる役目だろう。

 とはいえ、この会議場はヒューガたちのために突然誂えたわけでもあるまい。

 この場の軍人たちは、常に、互いにこういった緊張感を向け合いながら対話しているのだ。

 よく見れば席によって肌や目の色も違う。肌の浅黒い者だけの席、アルビノを思わせる白い髪と肌だけの三人組の席……獣人種だけの席もある。

 それぞれ出身国の同じもの同士で軍閥を形成しているのだろう。そのお互い以外は信用ならないというわけだ。

 そんな彼らは、ヒューガたちを相手している間も互いに様子を窺い合っている。

 互いに油断は一切できない。一言一言に隙があれば、それを火種に刺し合いが始まりかねない。

 そんな連中だと事前にルティに教えられてはいたものの、実際に見ると実にげんなりする。

 もはや旧大陸移民となったヒューガには関係のない話だが、軍人にだけはなりたくはないな、と思わされる。

「……では本題といこう。シュティルティーウ博士、今回の成果を大いに評価したうえで、軍としてはヘルブレイズを量産に乗せたい」

「無理♥」

 ケルビスと呼ばれた評議員はルティの軽い即答に苛ついた顔をしたが、深く溜め息をついてクールダウン。

 そして手元を操作し、自分の顔の代わりに図面を表示する。

 ヒューガが見てもわかる。ヘルブレイズの三面図だ。

「設計図は受け取っている。生産自体は可能だとわかっている。だが生産工廠の責任者はこの図面通りの設計で飛行できることは認めたが、戦闘能力はダイアウルフを多少弄った程度までしか想定できないと言っている。どう考えても、作戦報告にあるような強大な個体戦力は発揮できないはずだ、と。……未公開部分ブラックボックスがあるのであれば、速やかに明かしてもらいたい」

「そりゃ悪いけどそのエンジニアがヘボいだけよー。……ハードウェア自体はその設計図通り。別に何のウソもないわー。この前の戦いの後、修理ついでに多少アジャストし直してるけどねー」

「……つまりこのままで問題なく、超越級オーバードを単機撃滅する性能が発揮できると?」

「ええ。……ヒューちゃんが乗ればねー」

 ルティは腕組みをして笑う。

「ヘルブレイズは単なる『扱いの難しい高性能機』じゃないわー。『魔獣兵器・6型ドラゴニュートのポテンシャルを最大限に利用した特殊戦闘システム』であって、他の人乗せたって1割も性能出ないのよー。……ま、空飛べるってだけでもアンタたちにとっては大革命の代物かもしれないけどねー」

「むぅ……!」

「ダイアウルフの数十倍のコストをかけてでも生産して、ただの飛行型鋼像機ヴァンガードとして量産するっていうなら止めないけどねー。よほどの腕利きを乗せないと着地だけで大破しかねないわよー?」

 厳しい顔の軍人たち相手にからかうようなルティ。

 一方で、ヒューガは「6型ドラゴニュート」という、人生かけてひた隠しにしてきたキーワードを、なんの溜めもなくバラされたことに少し焦る。

 しかし評議員たちはそれについては何も疑問を発しない。

 おそらく、ある程度の情報は既に評議会に回っているのだろう。

 だからこそ、竜化がまだ残っているヒューガを、ルティも遠慮なく連れてきているのだった。

 ……そして。


「つまり、です」

 それまで話していたケルビスとは別の席の、アルビノ評議員の一人が唐突に口を開く。

「ヒューガ・ブライトンというその少年。彼がヘルブレイズを一騎当千の最終兵器たらしめる最重要パーツと。そういうことですな」

「正しいご理解、痛み入るわー」

 ルティは軽く返したが、次の言葉に表情を強張らせる。


「では、を含めて量産すればよいでしょう」


「……!?」

「難しい話ではございますまい。資料によればアーデルロスの生命工学研の生産物。あそこは今や人類勢力圏に入っているはずです。何かしらの手がかりはありましょう。徹底的に調べ上げて再生産すればよろしい。魔獣大戦勃発からここまでに50年かかったのです。あと10年やそこら、待てぬものでもありますまい」

「アンタら……!!」

 ルティが声を低くする。

 ヒューガもアルビノ軍人のあまりの物言いにめまいを覚える。

 彼らに通りいっぺんの良識などというものはない。ヒューガのような「兵器」を今さら生み出すことにも、良心の呵責など全く覚える気配もない。

 さらに、それを「10年やそこら」で実用するつもりでいる。

 せめて大人になるまで育ててから、という考えすら、ないのだ。

(……まともじゃねえ……!)

(ふん。元々パイロットが逃げ腰になっただけで殺すような奴らじゃぞ。人らしい情なんぞあるものか)

 ヒューガの戦慄に、リューガは溜め込んだ怒りで同調する。

 そんなヒューガとルティの怒りを、アルビノ軍人はうっすらとせせら笑う。

「おやおや。そんな顔をなさいますな。……前線都市などというまやかしの理想郷で呆けましたかな? 我々人類はもとより手段を選ぶ余裕も、義理も、資格もないのですよ。我々は既に人の世界をギリギリで維持するため、幾度となく同胞の血を啜ってきた。少しくらい状況が緩んだからといって、それはなかったことにはならぬ。かくなるはその程度の外道の業、何を忌むことがありましょうや」

「……オマケ感覚で人類史の恥を上塗りするんじゃないわよ」

「その『人類史の恥』を徹底利用なされてヘルブレイズ号を組み上げたお方が何をおっしゃるやら」

「……!」

 改めて。

 その物言いに人間らしさなどありはしない。

 逆に、嗜虐的なまでの悪意の深さがとさえ言えるか。

「気に入らずとも合理性はおわかりでしょう。その実験体を生み出さんとしたアーデルロスの者共の執念を、我々後世の人類が堂々と讃え、受け継ぐ。美しい話でありましょう。……それとも、シュティルティーウ博士。まさかとは思いますが……が他人の手に渡る、というのが許せぬとは申されまいな? 人類の危急に! 斯様に幼稚なことは!」

 芝居がかったアルビノ軍人の台詞に、他の評議員たちもザワつく。

 それはアルビノ軍人に同調するものが三割、嫌悪を示すものが三割、あとはもはや議論に興味もなくヒューガの品定めに走る呟き……といった風情だ。

 アルビノに代わって獣人種の席からも声が上がる。

「本来、一個人が動かしていい戦力では有り得ないのがヘルブレイズ号だ。パイロットの状況によっては暴走の危険すらある、と資料に書かれている。今までに最悪の事態が起きていないから見逃されていただけで、原則に則れば鎮圧手段カウンターは用意されなければならない。それが6型ドラゴニュートの量産……失敬。量産という言い方が不服であるなら育成、戦力化としよう。それは充分に意義のあることだと考えられるが、いかがか」

 さらにケンタウロス族の評議員も。

「無論、そう言うからには特定の勢力に偏らぬだけの数は用意する前提の計画になるのでしょうな! 我がボーザ派にも一個体、いや事故に備えれば二個体程度は回してもらわねば辻褄が合わぬ!」

 勢いづく評議員たち。

 もはや彼らはルティやヒューガの「現場の声」など問題にしていない。次の超巨大戦力ヘルブレイズを自分たちも、ただその夢に狂奔している。


 それを割るように、後から評議員席に現れた男が大きく手を広げた。


「ナンセンス! なんとまあナンセンス! そんなガラクタはもはや旧式であるというのに!」


 若い男だった。

 多かれ少なかれ皴の刻まれた威厳ある評議員たちの中では場違いな、輝かんばかりの美貌の、長髪の青年。

 それが突然、舞台劇の主人公めいて場を制した。

 そしてざわめきが静まると、やけにゆったりとした仕草で敬礼をルティとヒューガに送り、不敵に笑う。


「……お初にお目にかかりますシュティルティーウ博士。私、昨日さくじつ評議員を拝命いたしましたラルフ・ロフス・バルドという者。……無能の相手はお疲れでしょう。あとはお任せを」


「……貴様」

 呟いたケルビス評議員に、ラルフは微笑む。


「このような狂騒は無意味です。何故なら我々には既に『ブルースター』がある」

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