ブルースター。
作戦の最後の最後に出てきて、最も厄介な敵であるタイプソリッドを瞬殺した、あの
「ブルースター……あの正体不明の機体か……!」
「報告は見ていないぞ! 手元に隠していたというのかバルド少将!」
評議員たちがざわつく。
そんな彼らをひとしきり放置して騒がせた上で、ラルフ・ロフス・バルドは口を開く。
「皆々様におかれましては、既に丸裸のヘルブレイズ号の設計資料をつぶさに見たところで理解も出来ず、シュティルティーウ博士におねだりをする以外の選択肢も見つからなかったと見えますが……私の管理下の兵器開発部署では話が違ったというだけのことです。理論を応用し、洗練し、属人性を排し……発展させる。なんら不思議なこともない、ただそれだけの仕事。たったそれだけのことができない無能が今の世代には多すぎる。まあ、それすらも若者の専門教育・養成を軽視した貴方たち自身の責任ではありますがね」
「貴様の親の責任でもあろうが」
「ええもちろん。まあ、そこを糾弾致したいわけではありません。現にシュティルティーウ博士に縋らずともブルースターは建造できた。それだけの話ですからね」
優越感を滲ませて、敵意を向ける評議員たちを見渡すラルフ。
ヒューガは彼が敵なのか味方なのか計りかねて、中途半端な顔で視線を往復させるしかない。
ルティはというと、明らかに警戒した顔で。
「……ありえない」
と呟く。
「そうなのか」
「……ヘルブレイズは魔術理論方面の拡張が大きい機体。ヒューちゃん前提の魔術構造は、わかったからってそう簡単にいじれるものじゃない。空中都市の話でも言ったでしょ」
「…………」
魔法作用はへそ曲がり。
熟練の魔術師でも、既存の魔術を改変して狙った効果を出すのは難しい。
それをまるでこともなげに「できたのでやりました」と言うラルフは、どこまで本気なのか。
いや、それ自体を疑っても仕方あるまい。一瞬のこととはいえ、実際にブルースターはその力を見せつけたのだ。
それより、問題は彼の言動の違和感。
ヘルブレイズをガラクタと言ってのけつつ、ブルースターをアピールしたい相手である評議員たちをも小馬鹿にし、挑発する。
誰の味方だ。何がしたいのだ。
(……違うぞヒューガ。そこではない)
(何だよ)
(ヘルブレイズよりも高い攻撃力と飛行能力を持ちながら、ヘルブレイズの属人性……つまり我しか乗れない、替えが利かない問題を解消した機体を作れたというなら、
(そうだよ、それが……)
(
リューガの言葉を、ヒューガは一拍置いて理解する。
それほどの力を、一人で独占できたとしたら。
こんな醜い老人たちの集会を許容する理由など、ない。
この男はただ、嘲るためだけにここに来たのだ。
もう
「ブルースターはダイアウルフ如き、何十機出てきたところで勝負になどなりません。
「バルド……貴様! 新型機を手にして早々に反逆宣言か!!」
「奴を捕らえよ! 警備兵! 何をしている!」
叫ぶ評議員たち。だが、元々防弾ガラスで隔てられた評議員席だ。言われて飛び込めるようにはできていない。
それでも動こうとした下層の軍人たちだが、しかし仲間であるはずの隣席の軍人たちが即座に銃を抜き、撃つ。
その行動には何のためらいもなく、下層にいた者の三分の一が血にまみれた。
「ばっ……!!」
「な、何をっ……」
信じられない、という顔で倒れ伏す軍人たち。
「まさか一人で踊りに来たとでも思われましたか? これは傑作。何十年と渋面を突き合わせて有事に怯えたフリをしながら、結局その程度のことしか想像できなかったというわけですな」
「根回しは万全というわけか……おのれ、忌まわしき帝国の末裔め……!」
「ははは。口は
口だけは余裕を見せるラルフは、しかし明らかにケルビスの一言に苛立った顔をして、目を細め。
数秒後、ケルビスの真上から天井が崩れ、
防弾ガラスに区切られた狭い席で、落ちてくる瓦礫と鋼の巨体を見上げるケルビスに逃げ場はなかった。
その暴挙が、ヒューガたちにとって最大のチャンスだった。
「ルティッ!」
「ヒューちゃん、手をっ!」
同胞を撃ったラルフのシンパたちですら、会議場に
急な動きに、軍人たちも慌てた。
(リューガ! 竜化だ! 全力でっ!)
(やっとる!!)
自らの意思で、手加減なしでドラゴニュートに変異する。
いつものヒューガでは、銃で撃たれれば重傷だ。しかしドラゴニュートの肉体の頑丈さは尋常ではない。
衝突事故と称されるほどのヘルブレイズの体当たりの衝撃を、多少顔をしかめる程度で受け流す肉体は、拳銃弾程度なら表皮で止めてしまうことさえ可能だ。
その体でルティを庇いながら逃げる。もはや会議どころの話ではない。
パキパキパキ、と全身の皮膚が鱗になり、変色していく。
だがそのヒューガがルティに飛びつく前に、軍人たちも撃った。
警告なしで仲間を撃った直後だ。もはや口で制止するほどの冷静さなど残っていない。
ヒューガの背に、首に、腕に銃弾が突き刺さる。変異がまだ途中なので弾き返しきれない。
そして、凶弾はルティの身にも穴を穿つ。
彼女の細い腹に小さな穴が開く。
その瞬間が、まるでスローモーションのようにヒューガには見えた。
「……ルティーッ!!!」
取り返しがつかない一瞬。何もできない一瞬。
そう感じてしまったがゆえに、やけに長い一瞬に思えたのだろう。
(なんて、ことをっ……!!)
(落ち着けヒューガ!! あの程度ならまだなんとでもなる! 安全な場所で治療キットを使えば……! それにルティは回復魔術の使い手じゃ、自分で唱える余裕さえあれば跡も残らん!)
(そ、そうかもだけど!)
ルティのもとに辿り着き、彼女を抱きしめるように議場に背を向けて丸まる。
銃弾が何十発突き刺さっても、耐えてみせる。
そう覚悟したヒューガを抱きしめ返し、ルティは転位魔法を発動した。