空がまぶしい。きれいな青色。
みんながいない。どこに行ったんだろう。
バク、こっちだよ!
ハクに呼ばれてそちらに向かう。
拝殿のすぐそばにまっすぐ伸びる、大きな
その木の伸ばした枝葉の影で、■■■様と彼が並んで座って涼んでいた。
お揃いの浅葱色の袴姿。
笑い合って何か話している。
ぼくらに気づいた彼が、手招きして呼ぶ。
二人とも、おいで。
ハクと一緒に二人の元へ駆け寄って。
「夢……」
涙の溢れる目を開けて、和都は呟いた。
天井がカーテンの隙間から差し込む朝日で明るい。
身体をゆっくり起こすと、ベッド脇に置いたノートを広げて、和都は今見た夢の内容を書き留める。
安曇神社に行って以降、こうして見る記憶の夢は、ほとんど二人と二匹で過ごした、何気ない日常の風景ばかりだ。
優しくて、幸せだった頃の、記憶の断片。
──孝四郎さんは、どうして。
どうして、真之介を殺したのか。
あんなに楽しそうに笑い合っていた人を、なぜ。
夢で一度見ただけなのに、赤く染まった日本刀がギラリと鋭く光る様子を、めまいがするほど鮮明に思い出せる。
結局安曇神社では、その理由まで見つけることが出来なかった。
仁科家にあったという、孝四郎の日記を紐解けばわかるのだろうか。
和都はため息をつき、書ききった夢の記録をスマホで撮影すると、いつものように仁科宛に送信した。
◇
数日後に二学期開始を控えた、夏休み終盤。
九月下旬の文化祭に向けた準備のため、狛杜高校の各クラスには、チラホラと生徒が登校してきていた。
「おっすー」
「あ、おはよー小坂。遅かったね」
昨日より遅めに登校してきた小坂は、教室に入るとすぐに和都の席へスマホを触りながら寄ってくる。
「あそこ寄ってから来たんだ。あの山の上の、神社跡地」
そう言って小坂が、スマホの写真フォルダをこちらに見せた。
ちょうど倒木の撤去を始める準備が整ったところらしく、駐車場から跡地へ向かう通路の草が刈られ、立ち入り禁止の看板が置かれている。撮影時間が早朝のためか、使用するらしい重機が駐めてあるくらいで、人やトラックなどは写っていなかった。
「倒木の撤去工事、もう始まってるって先生言ってたから、見に行ってきた」
「おー、マジじゃん!」
「本当だ。よく行ったねぇ」
菅原と一緒に写真を見ながら、和都は感心するが、ふと気付いて。
「ん? え、自転車で行ったの?」
「当たり前だろ」
「運動部、つよ……」
二年三組のクラス展示は、神社をモチーフにしたお化け屋敷だ。
和都達が担任の後藤に神社跡地を調査していることを伝えたところ、クラス内でも面白いと話題になり、小坂の提案していた通りにとんとん拍子でお化け屋敷の題材に決まってしまった。
狛山にかつてあった、白狛神社を含む三つの神社をめぐっていくという形で、白狛神社と看板のあった二つの神社の名前や由来を使って作ることになっている。そのため、和都達は制作する神社の監修役として動き回っていた。
「相模ー! 三番目の神社なんだけどさー」
「なにー?」
教室の奥の方で呼ばれて、和都はそちらへ足を向ける。
そこでは白狛神社エリアを担当するチームが作業していて、ハクとバクをモチーフにした、ダンボールの狛犬が作られていた。呼びかけてきたクラスメイトは、拝殿周りを設計していたところらしく、賽銭箱の近くに置く血溜まりを作っている。
提案してきたアイディアや位置など、事前に作った設計図と大きくズレはしなさそうなので、そのまま進めてもらうことにした、のだが。
「……これ、怒られないかな?」
「まぁ、史実に沿ってるなら、いいんじゃないか?」
和都の横で、同じように設計図を覗き込んでいた春日がそう言った。
安曇家から公開許可の出ている範囲内での表現ではあるが、なんとなく申し訳ない気持ちになる。心配そうな顔で、提出用にまとめたノートを和都は見つめた。
そんな和都のほうへ、何気なく視線を向けた春日は、ふと違和感に気づく。
下を向いた和都の、制服の白い襟からすっと伸びる細い首。その後ろの、付け根あたりに、内出血と思われる赤紫色の小さな痕があった。
赤く腫れてるなら、まだ虫刺されや発疹と思えたが、そんな場所に強い内出血の痕が出来るなんて、意図的でなければ難しい。
それが何を意味するのか。春日は眉を
「ちょっと、保健室行ってくる」
「え。ユースケ、具合悪いの?」
驚いた顔で和都が言うのも構わず、春日は普段より険しい表情で教室の出入り口へ向かう。
「先生に話がある」
「どしたの? 顔こわいよ?」
普段通りの様子で追いかけてきた和都を、春日はジロリと睨んでから言った。
「……首の後ろ」
「くび……?」
言われてピンと来ず、和都はしばらく考えて。
「……あっ!」
安曇神社から帰宅した日のことに思い至る。送り届けてもらった玄関で、仁科に何をされたのか。
和都は慌てて手で首の後ろを押さえたが、その様子は小坂と菅原も見ていたようで。
「ん? どうした?」
「え、なになに? あ、もしかしてついに?」
不思議そうな顔をする小坂とは対照的に、近くにいた菅原はニヤニヤと、やけに楽しそうな顔で和都へにじり寄る。
「いや、なんでも、ない……!」
──……忘れてた。
そう答えるも、顔を赤くした状態ではあまり意味がなかった。