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第39話

「蒼汰くんっ!」


 巫女姿の紅凛が走って来て、僕の腹に抱きついた。


「久しぶりだね、紅凛ちゃん」


「うん。せっかく村から出て来たのに、全然会えなかったね」


「前よりは近くなったけど、車で一時間もかかるからね。しかも、紅凛ちゃんが忙しかったし」


「学校以外はずっと、霊力を使う訓練と勉強だもん。たまに嫌になるけど、今日は久しぶりに蒼汰くんに会えたから、嬉しい!」


「僕も嬉しいよ。あれ、少し背が伸びた?」


「まだ二ヶ月くらいしか経ってないんだから、伸びてないと思うよ?」


 何言ってんの、と言いながら紅凛が笑う。


 無邪気に歯を見せて笑う紅凛を見ていると、出会ったばかりの頃の彼女が脳裏に浮かんだ——。




 神無村にいた時の紅凛も笑っていたが、今の笑顔とは全然違うように思う。あの頃の紅凛は、村の中に彷徨う子供たちの霊のことで、思い悩んでいた。心から笑うことができなかったのだろう。


 村では十六人もの人が不可解な死に方をしており、僕は御澄宮司と一緒に、村へ調査をしに行った。


 最初は、どうして神社の精鋭ではなく、僕を連れて行くのだろうかと不思議に思っていたが、御澄宮司は僕が憑依体質だから、同行させたかったようだ。


 要は、村に潜む正体の分からない『何か』を僕に憑依させて、情報を得たかったのだ。僕は、取り憑いて来た相手やその霊気の情報を、読み取る力に長けているらしい。


 何度も帰りたいと思ったが、僕が古い記憶や土地神の姿を視たり、子供たちの声を聞けたことが、神無村の因習にまつわる事件を終わらせるヒントになったのだと思う。霊力が少ない僕でも、多少は役に立ったようだ。


 紅凛の苦しみを断ち切ることもできたと思うので、今は御澄宮司の仕事を手伝って良かったと思っている。


 ——紅凛ちゃんが元気になって良かった。ここへ連れて来てくれた御澄宮司に、感謝しないといけないな。




 二日前のこと。御澄宮司から電話がかかって来た——。


「今週末は三連休ですね。一ノ瀬さんは、どこかへ行かれるんですか?」


「いいえ、特に予定はないですけど……」


「そうですか。それなら一緒に、紅凛さんに会いに行きませんか?」


「えっ。紅凛ちゃんに会えるんですか? 行きたいです!」


 事件が解決した後、紅凛とその家族は村を出た。


 神無村にいた土地神は、子供たちを生贄にしたことを怒っており、長い年月をかけて、悪いものへと変わってしまっていた。手がつけられない状態になっていた土地神を、御澄宮司が仕方なく、呪具の刀で斬ったのだ。


 神無村には、もう土地神はいない。


 それでも、因習に囚われている村のお年寄りたちは、紅凛を神主にして、神社を存続すると言い出したそうだ。


 もちろん紅凛の両親は反対して、村を出ることにした。前神主はすでに亡くなっていて、紅凛は霊力が高くても、力の使い方を教えてもらうことができない。そんな状態で神社を存続しても、紅凛に負担が掛かるだけだからだ。


『村を出て、怖いおじさんの所に行くことになったよ』


 紅凛からメッセージが届いた時には驚いた。ちなみに『怖いおじさん』とは、三十二歳の御澄宮司のことだ。


 御澄宮司は髪や瞳の色素が薄くて、顔が整っている。それに神職らしくいつも微笑んでいるので、優しげなイケメンといった感じのイメージを持つ人が多いと思う。どこを歩いても、女性たちの熱い視線を集めるのだ。


 しかし紅凛の中では『怖いおじさん』で定着しているようだ。


 神無村に行った時から、御澄宮司は紅凛の霊力に興味を示していた。力の使い方は分かっていなくても、紅凛は御澄宮司と同じくらいの、強い霊力を持っているからだ。


 事件を解決した後。御澄宮司が紅凛の両親に、何かあったら連絡をするようにと言っていた。おそらく紅凛の両親は、因習が根付いてしまっている村を出たいと、御澄宮司に相談したのだろう。


 紅凛と両親は、御澄宮司の神社では、小学校までの距離が遠いということで、神社の分家で生活をしている。


「でも、紅凛ちゃんは休みの日も、座学と訓練だって言っていましたけど、会わせてもらえるんですか?」


「別に学ぶ時間が決まっているわけではありませんからね。ただ紅凛さんは、今まで基礎も習ったことがないので、分家のものたちが必死に教えている、という状態なんですよ。子供はやる気がある内にやらせておかないと、飽きたらやらなくなってしまいますからね」


「なるほど……。たしかに今は、やる気があるんだと思いますよ。今日はこういうことができた、とか、色々と報告してくれるんです」


「本当に仲が良いですねぇ、一ノ瀬さんと紅凛さんは。あれからもずっと連絡を取り合っているんですよね?」


「はい。霊力を持っている人は少ないから、なんでも話せる紅凛ちゃんと仲良くなれたのは、本当に嬉しくて」


「その気持ちは、分かる気がします。視えているものを、視えていないように誤魔化す必要がないですからね。紅凛さんも、一ノ瀬さんに会いたいと言っていたようなので——金曜日の朝からでも大丈夫ですか? 祝日なので、休みですよね?」


「はい、大丈夫です」


「分家の神社にも部屋がたくさんありますから、着替えも持って行くと良いですよ」


「えっ、泊まるんですか?」


「久しぶりに会うのに、すぐ帰るつもりですか?」


「そういうわけではないですけど、夕方には帰るとか、そんな感じかなと……」


「それは紅凛さんが可哀想ですよ。一応、着替えは持って行きましょう。ね? それでは金曜日の朝に、迎えに行きますね」


「えっ。あぁ、はい……」


 戸惑っている間に、電話が切られてしまった。


「御澄宮司はいいとしても、関係者じゃない僕まで泊まるのって、どうなんだろう? 神社って、そういうのが普通なのかな……?」




 そんなやり取りがあったので、言われた通りに着替えも持って、紅凛に会いに来た——。


「蒼汰くん。お菓子を用意してるから、中に入ってくださいって言ってたよ。行こう!」


「うん」


 ちら、と御澄宮司に目をやると頷いたので、入れということだろう。僕は紅凛に手を引かれて、神社の中へ入った。


 神社の中は、御澄宮司の神社ほど煌びやかではないが、かなり広い。紅凛の家族も受け入れることができるのだから、やはり分家の神社も儲かっているのだろう。


 ——紅凛ちゃんも大人になったら、どこかの神社を任されることになるのかもな。


 紅凛がそれを望むのなら、僕も応援する。御澄宮司がついているし、神無村の神社を継ぐよりは、遥かに良いと思う。


 紅凛に案内された部屋に入ると、巫女装束の女性が、茶と菓子を運んできた。


「ありがとうございます……ん?」


 女性に見覚えがある。彼女は、御澄宮司の神社で働いている人だ。


「どうかしましたか?」


 御澄宮司が、きょとんとした顔で僕を見る。


「あの女性って、御澄宮司の神社で、いつも出迎えてくれる人ですよね? 御澄宮司がこっちの神社に来るから、わざわざ手伝いに来たんですか?」


 僕が言うと御澄宮司は、目を大きくした。


「えっ」声がしたので隣を見ると、紅凛も目を大きくして、口を開けている。


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