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第40話

「一ノ瀬さん……。彼女は私の式神ですよ」


「へっ?」


「分家のものたちの手を煩わせてはいけないと思って、式神にお茶を運ばせたんです」


「えっ、冗談ですよね? どこからどう見ても、普通の女性じゃないですか」


「そうですよね、一ノ瀬さんですもんねぇ……」


 御澄宮司がため息をついてから手招きをすると、巫女装束の女性が僕の隣へ来た。彼女はいつもと同じように、澄ました顔をしている。


「目を瞑って、彼女の気配を探ってみてください。私の霊力を感じると思いますよ」


「え、えぇ……?」


 僕は目を閉じて、彼女の方へ意識を向けた——。


「あっ、本当だ! 御澄宮司の気配を感じる! 式神……だからいつも突然、後ろに立っていたりするのか」


「そこまで分かっていて、どうして気付かないんでしょうね? 私は紅凛さんよりも、一ノ瀬さんの方が心配ですよ……」


 御澄宮司が再びため息をついた。


「蒼汰くん、本当に人間だと思ってたの?」


 紅凛は憐れむような表情を浮かべて、僕を見ている。


「だって、人間にしか見えないし……。紅凛ちゃんはすぐに分かったの?」


「うん。気配で人間じゃないって分かるし、顔が全然動かないから、人形みたいだもん」


「へぇ……。澄ましている、綺麗なお姉さんとしか思ってなかった……」


 八歳の子に分かるのに、どうして僕は疑いもしなかったのだろうか。


「一ノ瀬さんは前にも、霊体のお爺さんを、生きている人間だと思っていたことがありましたよね。あの時はショックを受けていたように見えたので、今後は気を付けるだろう、と思っていましたけど——全く変わっていませんでしたね」


「うぅ……」


 そんな話を引っ張り出さなくても。とは思ったけれど、本当のことなので何も言えない。


「蒼汰くん……」


 紅凛が悲しそうな顔で僕を見ている。


 ——そんな目で見ないで……!


 情けなくて悲しくなってくる。僕だって、もっとしっかりしないと。とは思っているのだ。ただ、あまりにもはっきりと視えている時は、霊体と生きている人間の見分けがつかない。


「一ノ瀬さんは霊力が高い私よりも、霊体がはっきりと視えているんだと、前に言いましたよね? 人間だと思い込まないで、常に気配を探るようにしないと、悪いものに連れて行かれる可能性もあるんですからね?」


 御澄宮司が眉間に皺を寄せている。大人なのに、本気で注意をされている自分が恥ずかしい。しかも、八歳の紅凛の目の前で。


「やはり週末は私の神社へ来て、霊力を使う訓練をした方がいいのでは?」


 ——すぐそっちへ持っていくんだから……。


 彼はどうしても、僕に力を使う練習をさせたいようだ。おそらく、僕の憑依体質が便利だから、もっと使いたい、と思っているのだろう。


 ——絶対に行かないからな。


「これからは、ちゃんと気をつけます……」


 そう返して、御澄宮司から目を逸らせた。


「そ、そうだ、紅凛ちゃん。学校はどう? 楽しいとは聞いたけど、気になることがあるって言っていたよね。あれってどうなったの?」


「あぁ、あれはねぇ……。やっぱりちょっと、おかしいかも」


「おかしい?」


「うん。いろんな子が同じような夢を見てるんだけど、普通の夢じゃない気がするんだ。夢を見た子たちから、同じ霊気を感じたの」


「霊気? じゃあその子たちは、同じものに取り憑かれてるってこと?」


「うーん……。取り憑かれてるのとは、少し違うような気がする……」


「紅凛ちゃんが違うって言うなら、そうなんだろうね。取り憑いていたら、紅凛ちゃんならすぐに分かるだろうし」


「うん。なんて言ったらいいか分からないんだけど——みんなの身体の奥の方に、ほんの少しだけ霊気が入り込んでいて、たまにしか気配を感じないの。それに何かがいるっていうよりも、いろんなものが混ざり合っているような感じ……? すごく、気持ち悪いの」


「霊気が混ざり合っていて気持ち悪い、かぁ。僕はよく分からないな。どんな感じなんだろう」


 考えていると、御澄宮司が口を開いた。


「何人もの人が、むごい死に方をしたような場所だと、土地が穢れて、そういう風に感じることもあります。でも、小学校ですもんね。それに、神無村の土地も随分と穢れていましたが、それとはまた違っていたんですよね?」


「うん、全然違う。もっと、ネバネバした感じ」


「ネバネバ……? 独特な感じ方ですね。私にはよく分かりませんが……」


 ——僕は何となく分かるかも。


「紅凛ちゃんが言ってるネバネバって、淀んだ重い空気が纏わりついて来る感じなんじゃないですかね? 神無村で感じた霊気は、冷たい霧のような感じだったので、それとは違うんだろうな、と思うんですけど」


 僕が言うと紅凛の表情が、パァッと明るくなった。


「そう、そんな感じ! さすが蒼汰くん!」


 紅凛が僕の腕に抱きつく。


「よく分かりますね、ネバネバで。一ノ瀬さんは、憑依体質だけでなく、子供のわけが分からない言葉を、翻訳する能力も持っているんですか?」


 御澄宮司が真剣な顔つきで僕を見る。紅凛に睨まれても、気にする様子はない。ただじっと僕を見つめている。


「別に能力とかいう、大層なものではないですけど……。何となく、そうかなと思っただけです。紅凛ちゃん。その、みんなが見ている夢って、どんな感じの夢なの?」


「えぇと——。暗い森の中を、一人で歩いて行くんだって。何かがずっとついて来ているような気がして怖かった、って言ってた。それから、森を抜けると海に出て、次は隠れる場所を探すの。そうしたら崖に細い道があって、そこを下りていくと、広場に着くんだって。でも行き止まりだからまた上に行くと、怖いものに追いかけられる。って聞いたよ。ただね、その怖いものが、人によって違うみたいなんだよね」


「ずっと同じ夢なのに、追いかけて来るものは違うの?」


「うん。黒い影って言う子もいるし、落武者だったとか、子供やお婆さんだったとか。とにかく聞く人によって、全然違うの」


「ふうん……。なんか、変だよね」


「あっ。でもね、一人だけ、追いかけられなかった子がいるの。仲良しの優奈ちゃんは、大丈夫だったみたい。優奈ちゃんは、広場にある祠にお参りをしたところで、目が覚めたって言ってたよ」


「祠……?」


 御澄宮司が腕組みをした。


「そう。石で造ってある小さな家、って優奈ちゃんが言ったから、祠のことだろうなと思ったの」


「そうですね。祠にお参りをした子は何事もなく目が覚めて、お参りをしなかった子は、恐ろしいものに追いかけられた……。ただ同じ場所の夢を見るだけなら、そこが印象に残る場所で、偶然同じような夢を見たとも考えられますが、全く同じ順序で進み、条件を満たすと恐ろしいものに追いかけられる、となると、人ならざるものの仕業と考えるのが妥当でしょうね」


 目線を下に落として、御澄宮司は何かを考えているようだ。


 たしかに、そういったことに詳しくない僕でも、異常な事態が起こっていることは分かる。


 ——祠かぁ。話を聞く限り、崖下に隠されるように祠があるってことだよな。


「何が祀ってあるんだろう……」


 無意識に呟くと、御澄宮司が僕を見た。


「一ノ瀬さんも気になりますか?」


「そりゃあ、まぁ……」


「そうですよね。紅凛さんも友達を心配していますし、何とかしてあげたいですよね?」


 ——何だろう、このわざとらしい喋り方……。


 思えば、最初に電話をして来た時も、違和感を覚えたような気がする。


「いいでしょう。この件は、私が受けている依頼と一緒に、調べてあげますよ。一ノ瀬さんも連休なので、ちょうど良かったです」


「え……? 依頼?」

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