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第71話

 この場所までの道は落ち葉と草だらけの獣道で、人間が入って来ているような気配は感じなかった。この岩が墓だとしたら、今は来る人がいないだけで、前は墓参りに来る人がいたのだろうか。


 キョロキョロと辺りを見まわした御澄宮司は、僕たちが進んでいた方向へ顔を向けて、目を細めた。


「どうしたんですか?」


「岩の形は違いますけど……向こうにも、墓らしきものがありますね」


 彼が視線を向けている方を見ると、たしかに岩が三つ、綺麗に並べられている。


「本当だ。ここってもしかして、墓地だったんですかね?」


「どうでしょうか……。墓に見えますが、墓地なら一ヶ所にまとめるような気がするんですよ」


「あ、そうか……」


「それなのに、どうして墓石のようなものが並んでいるのか。ただ、岩に名前がないので、本当に墓石かどうかは分からないんですけどね」


「そういえば、名前を掘ったような跡はないですね。でも岩が立ててあるから、墓にしか見えないんだけどなぁ……」


 この並んだ岩は何なのか。二人で、じっと墓石らしき岩を見つめてみたが、答えは出ない。


「ふぅ……。見ていても、どうにもなりませんね。同じような岩があるかどうか確認したいので、このまま獣道から外れた状態で歩いて行こうと思うのですが、一ノ瀬さんは大丈夫ですか?」


「はい。そこまで丈の長い草じゃないので、大丈夫かなぁと。それに、落ち葉が積もっている場所は、草がほとんど生えてないから、歩きやすそうですよ?」


「そうですね。なるべく体力を消費しないように、楽なところを歩きましょうか。途中でまた不自然な岩を見つけたら、教えてくださいね。止まって確認したいので」


「分かりました」


 先ほど見えた三つの岩の前で、御澄宮司は立ち止まった。そして、うーん、と唸りながら、岩の周りをぐるりとまわる。


「やっぱり、名前らしきものはないですね」


「そうですね——あっ。御澄宮司、向こうにもありますよ」


 太い木の向こう側にも、三つ並んだ岩がある。


「割と近い場所ですね……。集落があったような形跡もないのに、なんでこんなに、墓石のようなものがあるのか……」


 御澄宮司は考え込んでいるような顔つきで、太い木の方へ向かって歩き出した。


 ——本当に、何なんだろうな。この間、テレビで樹木葬っていうのを見たけど、あれとはまた違うし……。


 樹木葬は、墓石を置く代わりに樹木を植えるのだ。そこに遺骨が埋まっていると知らなければ、ただそこに木が生えているとしか思わない状態になる。


 御澄宮司の後ろを歩きながら考えていた時、ふと、何かの気配を感じて、右側へ目をやった。


「えっ……」

「何です?」

「御澄宮司……あれ……」


 僕が右側を指差すと、彼もそちらを見た。




 右側は地面が少し低くなっている。

 そこに、夥しい数の岩が、綺麗に並べられていた——。




 岩が本当に墓石なのかどうか確証が持てなかったが、今は、ここが墓地だと分かる。


 背筋に、ぞくりと悪寒が走るのを感じた。


 どうしてこんなに近くに来るまで、広い墓地があることに気が付かなかったのだろうか。それに集中して視てみると、低い場所にある墓地には黒い靄が溜まっていて、上に溢れた出した靄が、ゆっくりとこちらに流れて来ている。


 御澄宮司を見ると、彼は険しい顔をして、墓地に目を向けていた。


 ——嫌な霊気の元を見つけたって、喜んでいるような顔じゃないよな……。僕も、何かがおかしいような気がする。


「まるで深い沼の底がすぐそこにあるような、不気味な感じはしますけど……。でも、山一帯を穢すような霊気の強さではない気がしますよね……?」


 僕が訊くと、御澄宮司は首を捻って、眉間の皺をさらに深くした。


「一ノ瀬さんの言う通り、ここが元と言うには、霊気が弱過ぎると思います。ただの憶測ですが——。同じような墓地が、他にもあるのではないでしょうか」


「ここも相当な数の墓がありますけど、他にも、ですか……?」


「えぇ。この墓地の霊気は、そこまで強くはありません。影響が及ぶのも、この近くだけでしょうけど、でも何ヶ所もあれば、もちろん広い範囲に霊気が広がります。それに、この辺りにある墓は、随分と古いですよね?」


「あっ。それは僕も思いました。長い間、誰も来ていないような気がするなぁって」


「私は仕事柄、墓地へ行く機会が多いのですが、どこの墓地でも、古い墓と新しい墓、両方があるものなんです。それなのに、同じような年代のものと思われる墓が、こんなにもたくさんあるということは——同じ時期に、大勢の人が亡くなった。そう考えると、子供たちが見た恐ろしい夢の理由が、何となく分かるような気がするんです」


「大勢……あっ! 落武者のゾンビ!」


「そうです。それに、ガリガリに痩せてお腹が空いている人とか、おじさんが喧嘩をしている声がした、とも言っていたでしょう? この辺りで戦のようなものがあったと考えると、この名前が書かれていない墓石がたくさんあるのも、子供たちが追いかけられる夢を見るのも全部、説明がつくんですよね」


「大勢の人が亡くなったから、山に嫌な霊気が充満しているってことですか……。それを知らずに、子供たちがクローバーを摘んでしまったから、あんな夢を見たってことですよね。でも、海のそばにあるっていう祠は?」


「さっき一ノ瀬さんが感じた風は、ここから離れた場所にある海から吹いてきた。とも考えられますよね。戦があった時代には、今のように気軽に旅行へ行ったりすることはできなかったと聞きますから、寺社仏閣へ行けない庶民が、心の拠り所として祠を作ったのかも知れません。敵に壊されたりしないように、自分たちしか分からない場所に祠を作ったのでしょう」


「だから崖みたいな場所に……。そういえば、祠のお地蔵様は、頭だけがツルツルになっていた、と言っていましたね。頭を撫でて祈るのが作法だったのかな……」


「そんな気がします。まぁ全て、憶測ですけどね」


 夢を見ていない僕たちは、そう思うしかないが、御澄宮司の予想はたぶん、当たっているのだと思う。


 子供たちが、恐ろしい夢を見るようになった原因があるこの山で、栞に憑いていた霊気と同じ気配を感じる場所に、夥しい数の墓があるのだ。無関係とは思えない。


 それに、玲央から喧嘩をする声と「死ね」という声がしたと聞いた時は、殺人事件かと思ってしまったが、こんなにたくさんの人が殺された場所なんて、聞いたことがない。けれど、戦があったのなら説明がつく。


 大勢が争う声を、喧嘩をしている声だと思ってもおかしくはないし、戦の最中なら「死ね」と叫ぶ場面もあっただろう。


「御澄宮司。さっき、美奈さんに憑いている男の記憶が視えたってことは、あの男も、その戦があった時に死んだんですかね……」


「うーん。私は男の記憶も、子供たちが言っている夢も、どちらも視ていませんから、何とも言えませんけど……。それを知りたいのであれば、やはり男が落ちた洞窟を探し出して、記憶を視るしかないと思いますよ」


「洞窟かぁ……。見つかるかな……」


「とりあえず、風が吹いてきた方向へ向かいましょう」


 僕たちは、また歩き出した。

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