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第70話

 気になるけれど、彼の思考の邪魔にならないように、僕は黙って見守るしかない。


 しばらくの間、何かを考え込んでいる様子だった彼は、顔を上げた。


「やはり、行って確かめるしかないと思うんです。一ノ瀬さんは……行けそうですか?」


「はい。大丈夫です」


「そうですか……」


 どうして御澄宮司は、まだ何かを考えているような表情をしているのだろうか。


「御澄宮司?」


 顔を覗き込んでみたが、視線が合わない。


「でも……たぶんここからは、ずっと霊気が濃いままの状態で、進むことになると思うんですよ」


「そうでしょうね」


「今度こそ、何かがありそうな気がしますけど、調べていた二つの問題が、繋がっているとしたら……かなり複雑で、面倒なことのような気がしますし……」


「すでに、相当面倒なことになってますよね?」


 ——何で急に……。あれ? もしかして、僕のことで迷ってる?


「御澄宮司。まさか、また一人で行った方がいいかも、とか思ってます?」


 そう訊くと彼の右眉が、ぴくりと動いた。僕の予想が合っていると言うことだろう。


「いやいや、今更ですよ。こんなところまで来たんですから、ここで帰るのも、奥までついて行くのも、同じことですよ。札をたくさん持っていても、すでに僕の身体の中には、この霊気が入ってしまっているんですから」


「まぁ、そうですけど……」


「じゃあ、何を迷うんですか?」


「……一ノ瀬さんに同行をお願いしているのは、私では感じとれない霊気を探してもらったり、その場にある記憶を視たりしてもらうためです。この先はもう、行って確かめるだけですから、これ以上は巻き込まない方がいいかと……」


「だから、今更ですよ。それに、子供たちが夢で見た海は見つけられるかもしれませんけど、洞窟は僕じゃないと見つけられないと思うんです。御澄宮司は洞窟の周りの景色を知らないし、僕が身体の奥にある霊気を祓わなかったのは、洞窟の近くへ行けば、霊気が反応してくれるかもしれない、と思ったからです。御澄宮司だって、連休中に解決したいって言っていたでしょう?」


「もちろん、その方がいいとは思っていますけど……」


「これ以上長引くと、美奈さんが危ないんですよね?」


「はい……」


「じゃあもう、行くしかないんですから行って、さくっと終わらせましょう」


 本当は行きたくない。けれど、もうそんなことを言っている場合ではないのだ。


 僕が立ち上がると、御澄宮司はやっと「分かりました……」と呟いた。


 ——まったく……。いつもは強引に僕を巻き込むくせに、変なところで気を遣うんだから。




 御澄宮司の後について、薄暗い山の中を進む。


 古寺の裏山のように高低差があるわけではないが、山の中なので足場が悪い。積もった落ち葉に足を取られたり、石に躓いたりして、妙に疲れる。


「そういえば、古寺の裏山には、薄い膜のようなものがありましたけど、ここにはないですね」


 あの膜を通り抜ける度に霊気が濃くなり、恐ろしい目に遭ったので、少し恐怖心がある。


「そうですね。おそらくアレは、美奈さんに憑いている男が作り出したものなんでしょう。私も仕事で色々な場所へ行きましたけど、あんな膜のようなものに出会したのは、初めてですから」


「あぁ、だから似たような感じの山の中でも、膜はないんですね……」


「それに、一ノ瀬さんはあの男の記憶を視たと言っていましたが、ここに漂う霊気は、古寺の裏山のものとは、少し違う気がします」


「たしかに、違いますよね。あの男の霊気は刺々しい感じでしたけど、こっちは身体の中を、掻きまわされるような気持ち悪さというか……」


 身体の中を、生暖かい何かが這いずりまわっているような感覚があるのだ。霊気の濃さも古寺の裏山とは違って、山に入ってからはあまり変わらない。




 一時間ほど山の中を歩いた頃。


 また、山奥から吹いてきた生暖かい風が、顔を撫でた。


「あ……。御澄宮司。今の風は、美奈さんに憑いている男の霊気でした。ほんの少しですけど、さっきよりも、霊気が濃かったような気がします」


「言われないと分からないくらいの、微かな霊気ですね。あれで気配に気付くということは、やはり身体の中に霊気を取り込むと、反応しやすくなるということですね。なるほど……」


「納得している場合じゃないですよ。さっきの場所から、もう一時間も歩いているんですから」


「はははっ、すみません。でも、先ほどよりも霊気が濃くなっているのなら、進む方向は間違っていないのでしょう。ついでに洞窟までの距離も分かればいいんですけど……」


「それは流石に分からないです」


 そんな超能力のような力があるのなら、会社を辞めて、その力を使って稼いでいる。


 辺りを見まわすと、枯れた木がたくさんあることに気がついた。折れた枝や倒木が、あちらこちらに転がっている。もしかすると、全く人が立ち入らない場所なのかも知れない。


 ふと、左側が気になり、歩きながらそちらへ目を向けた。


 草の向こう側に、岩が飛び出している。同じ間隔で、五つ。あんな風に同じ間隔で、同じような大きさの岩があるのは、不自然な気がする。


「御澄宮司。あの岩、なんか変じゃないですか……?」


 僕が指差した方へ、彼も顔を向けた。


「たしかに、違和感がありますね。揃い過ぎているような……。行ってみましょうか」


「はい」


 獣道から逸れて、草をかき分けながら進む。


 そして岩の手前まで行くと、もっとおかしなことに気がついた。


 五つ並んだ岩は立った状態で、下は地面に刺さっている。どう見ても自然にそうなったのではなく、誰かが細長い形の岩を持って来て、立てているようにしか見えない。


「これは……自然にこうなったわけではないような感じがしますね」


 御澄宮司は岩に顔を近付ける。


「僕も、そう思います。なんだか、墓石みたいですよね……」

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