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第82話

 玉串を下ろした紅凛が、ふぅっと息を吐くと、部屋中を舞っていた金色の小さな光の粒は、消えて行った。


「蒼汰くん、大丈夫? 泣きそうな顔してる」


「あ、ごめん……。うん、大丈夫だよ」


「蒼汰くんは霊気を取り込んで、記憶を視ちゃうから、しょうがないよ。あの人と、お話をしたんでしょう?」


 ——分かるんだ……。すごいな、紅凛ちゃんは。


「うん。あの人は美奈さんのことを大事に想っていたから、このままじゃ美奈さんが死んでしまうって言ったら、離れることを選んでくれたんだ」


「そっか。私も祓うのは好きじゃないし、成仏してくれて良かったね」


「うん。ありがとう、手伝ってくれて」


「良いよ! また一緒にお仕事しようね!」


 紅凛は首を少し横に傾けて、にっこりと微笑んだ。


 ——本当に、ありがとう。


 霊媒師になる気はないけれど、いつか紅凛が困るような事態が起こった時は、手を貸してあげたい。




「二人とも、お疲れ様でした」


 満面の笑みを浮かべた御澄宮司が、部屋の中に入って来た。そういえば彼は、どこにいたのだろうか。


「ねぇ、何してたの? 蒼汰くんが追いかけられてたんだけど!」


 紅凛が、上司のはずの御澄宮司を睨みつける。


「私はまた逃げられないように、結界を張っていたのですが、なにか」


「そのまま、こっちに追い込んで来たら良かったじゃない!」


「それができなかったから、一ノ瀬さんにお任せしたのですが?」


「蒼汰くんは私より大きくても弱いんだから、可哀想でしょ!」


 ——あ、そんな風に思われてたんだ……。


 本当のことだが、八歳の子に言われるのはつらい。


「大丈夫だよ、蒼汰くん。私が守ってあげるからね!」


「あ、うん……。ありがとう……」


 紅凛は「ふんっ」と鼻を鳴らして、御澄宮司に玉串を押し付ける。御澄宮司の眉間には皺が寄っているが、何も言わなかったので、言い合いにはならなかった。


 ——まぁ御澄宮司の方が大人だし、ね。


 僕の前まで来た紅凛は、巫女装束の袖から、白い札を取り出した。札には、漢字にも絵にも見えるような、読めない文字が書いてある。いつも見る御澄宮司の魔除けの札よりも、随分と歪な文字なので、紅凛が作った札なのだろう。


 彼女が腕を大きく振り上げると、札はパリパリッ、と音を立てながら波打つように動く。


「全部終わったから、祓ってあげるねっ!」


 そう言いながら紅凛が、僕の胸に札を、バシッと叩きつけた。


「ぐっ……! ゲホッ、ゲホッゲホッ!」


「どお? スッキリしたでしょう?」


 満面の笑みを浮かべられては、もう何も言えない。本当は札を叩きつけられた部分が、ズキズキと痛むが——。


「う、うん……。さすがだね、紅凛ちゃん。ありがと、うっ……ケホッ」


「いつでも祓ってあげるから、言ってねっ!」


「頼りに、してる……」


「んふふっ」


 紅凛は満足げな表情をして、何度も頷いた。


「あ、そうだ。美奈さんは——」


 僕がそう呟くと御澄宮司は、ベッドに横たわっている美奈さんを覗き込んだ。


「気を失っているようですが、霊気は残っていないので、もう大丈夫でしょう。でも、身体はだいぶ弱っていますね。もしかしたら入院することになるかも知れません」


「そうですか、なんとか間に合って良かった。ただ……美奈さんが目覚めた時のことを考えると、少し心配になります……。さっき暴れていたのは霊気のせいではなくて、美奈さんの意思だと思うんですよね。目覚めた時には、少しは気持ちが落ち着いていると良いんですけど……」


「まぁ、我々の仕事はここまでです。冷たいようですが、立ち直れるかどうかは、彼女次第ですよ」


「……はい」


 儀式の後片付けは、神社の人たちが行うと聞いた。御澄宮司と紅凛はそれが当たり前のように、何もせずにスタスタと玄関に向かって歩いて行く。


 やはり紅凛は御澄宮司と同じように、特別な待遇になっているようだ。まだ八歳なのに、それを受け入れている紅凛は、本当にすごいと思う。周りは大人ばかりなのに、よくあんなに堂々としていられるものだ。すぐに怯えたり、他人に気を遣ってしまう僕とは、全然違う。


『蒼汰くんは私より大きくても弱いんだから、可哀想でしょ!』


 紅凛の言う通り、僕より紅凛の方が、ずっと立派な大人に見える。


 ——紅凛ちゃんや御澄宮司みたいに、桁違いにすごい人とは、比べようとも思わないけど……。でも僕も、もう少し、しっかりしないとな。


 美奈が目覚めるのを待たずに、僕たちは山里家を後にした。




 1ヶ月後——。


 退院した美奈から、男がいた洞窟に連れて行ってほしい、という依頼があったそうだ。美奈は毎日のように通っていたが、山の中を歩いている時の記憶は曖昧だと聞いた。


 御澄宮司は一応、道を覚えているつもりだが怪しい。ということで、僕も同行することになった。


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