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略奪

「聞きたいことあるんすよ」


 訓練場にて、永良が小路に向かって言った。汗だくの状態で、スポーツドリンクを飲んでいる。


「なんか、供華の奴、マジナントカって魔術使うみたいで。なんなんすか?」

「マジ・コミューンとマジ・スペリアーだな。フランスでは一般魔術コモン・マジック上級魔術アッパー・マジックをそう呼ぶんだ」

「なんで日本なのに英語なんすか?」

「日本にも、妖術だとか呪術だとかと呼ばれる魔術が受け継がれている。だが、それを体系化する際にイギリスの魔術師の力を借りたんだ。その影響で英語を使っている。術の一つ一つは古来のものだがな」


 ほへー、と間抜けな声が出た。


「俺も上級魔術アッパー・マジック使えますかね」

「どうだろうな。コモンに比べて魔力消費が多くなるからな、永良の魔力量では厳しいだろう」

「魔力量鍛える方法とか……」

「ないな。それは才能だ。精神回路を鍛えて瞬間的な出力を上げることはできるが」


 誤魔化すように永良は笑う。


「だが、もう一つの魂から魔力を供給してもらえれば……その限りではない」

「壮士……」

「そうだ。これは俺の推測になるんだが、壮士の魂は飽くまで憑依しているだけだ。接続はされていない。回路が繋がっていないんだ。それをどうにかできれば、お前は変わる」


 彼は胸に手を当てる。


「とは言っても、その『どうにか』がわからないんだがな。郭にも調査してもらっているが、やはりイレギュラーだ」


 そこまで話した所で、訓練場の扉が開く。風花と紲だった。小さく手を振る前者に、彼は振り返した。


「宝彩も訓練か?」

「風花ちゃんが小鳥遊に会いたいって言うから」

「ちょっと! それ秘密って……」


 照れくさくなって、彼は風花から目を逸らす。


「丁度いい。紲、魔力出力を上げるぞ」


 上司が空気を読んだのかは置いておいて、二人になれるチャンスを逃す永良ではなかった。


「じゃ、あっちの部屋で待とうぜ」


 と言う。


「そうだね」


 訓練場を出てすぐ、風花は永良の指に手を伸ばした。触れ合った肌と肌。彼は少し戸惑ってから、握った。そのまま静止。離すことも進むことも、ましてや口を開くこともできず、二人は廊下の中途半端な場所に佇んでいた。


「……私さ、怖いんだ」

「怖いって、何が」

「また、どこか遠くに行かなきゃいけないんじゃないか、って。小鳥遊くんとも、杉林くんとも、紲ちゃんとも離れるんじゃないか、って思うと、仲良くするのが怖いの」

「安心しろって、絶対守るからさ」


 ニッ、と笑ってみせた彼も、『絶対』という言葉の担保になるものが何もないことを知っていた。だが、その上で、絶対を誓ってみせることで相手を、そして自分自身を慰める必要性も承知していた。


 何となく口を開く気にもなれず、黙ったまま訓練場の様子を映すモニターのある部屋に入った。部屋の中央にあるテーブルの横に、並んで座る。紲の出す糸が幾分か太くなったように、彼には思えた。


「紲ちゃん、頑張ってるね」


 過激な縫い針ラディカル・ソウイングが、犬型の悪霊を完全に空間へと縫い付ける。そこに小路が止めを刺す。


「本当なら、宝彩に戦わせるのは嫌なんだ」

「死んじゃうかもしれないから?」

「ま、そういうことになるんだろうな。喧嘩も碌にしたことねえだろうし、多分、人間殴る度胸もねえ」


 風花は応えない。


「でも、あいつは戦うって言う。大場の仇を討つんだ、って。だったら……支えてやりたい」

「私だったら、怖くて何もできないと思う。でも、私がこんな力を持ってるから……」

「白鳥は悪くねえよ。慈我って奴が何のために白鳥のヴィジョンを欲しがってるのかはわからねえけど、そのために人を殺せなんて言う奴が悪いだろ」


 俯いている彼女の手を取って、永良は真っ直ぐ目を合わせる。


「俺も杉林も頑張るからさ、そんな顔すんなって」


 カアッ、と頬を紅潮させた風花は慌てて手を振り解いてまた下を見てしまった。


「小鳥遊くん、彼女いる?」

「いねえよ。いたら会わせてるって」

「フ~ン、フ~~ン」


 探りを入れられたと気づいた彼が次に取った行動は、瞬きだった。ただ、ぱちくり。


「あ、あのさ──」


 一世一代の一言を発しようとすると、今度はコーヒーを片手に持った京助がやってきた。


「邪魔しやがって」

「何がだ?」

「何でもねえよ」


 要領を得ない、という表情で彼は適当な椅子に腰かける。


「宝彩は成長しているみたいだな」

「だな。そろそろまともに実戦で戦えるんじゃねえか?」

「なら、またお前に任せることになるな」

「隊長でもいいし、乙素さんでも勇人さんでもいいじゃねえか。俺だって出来がいいわけじゃないんだぜ?」


 彼は飲み物を一口。


「三級悪霊の討伐くらいなら充分あり得るな」


 と言った、丁度そのタイミング。喧しい警報が鳴る。


「通報が入りました。三級相当の悪霊を確認。待機中の方は出動してください」

「了解した。永良と紲を現場に送る。早急に片付けろ」





「嫌だねえ」


 發は脚を組んでそう言った。時刻は午前三時を回ったところだ。


「折角産み出した三級も、新しい子供に縛られてあっという間に祓われてしまった。彼らを消すのは君たちの役割なんじゃないのかい?」


 話の相手は御手間夫妻。彼の自宅において、床に座らされた二人はただ粛々と嫌味を聞いていた。また、發の横にはうら若い少年が控えていた。


「お言葉ですが、貴方も未だに間小路どころか、影道乙素も、天ケ瀬勇人も排除できていないようですが」


 新狼が口を開いた。


「……なるほど。僕に文句を言う資格はない、と。だがね? 歪火は小路をあと一歩のところまで追い詰めたんだ」

「私たちも、小鳥遊永良をギリギリまで追い込みました」


 ピリついた空気がダイニングを満たす。


「フッ、それは正論だね。わかった、追及はやめよう。僕も準備が整ったことだしね」


 紅茶を飲んだ發は、機嫌の悪そうな微笑みを見せながらカップを置いた。


「更なる埒外を生成することは叶わないのですか?」

「僕が生み出せるのは等級にして二級まで。埒外を作るには複数の二級を合一させる必要があるんだ。この体になったお蔭で魂が知覚できるようになって、魔導式を後天的に付与できるようにはなったけれど……容易いことではないよ」

「我々には魂から魔導式を抽出する魔導式を持った、日変簑という同志がいます。貴方を彼に会わせることも可能なのですよ」

「そしたら歪火たちは君らを殺しに行くだろうね。彼らには私への忠誠心と畏怖を組み込んである」

「ウーデンウィザーディングの総力を挙げれば、敵はいません」


 その一言を發は鼻で笑い飛ばす。


「私は私のやりたいようにやる。それが結果的に君たちの利益になるかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ一つ言えるのは、君たちと事を構えるつもりはない、ということだけ。理解してもらえるかな?」


 夫妻は苦い顔をする。


「しかし、そうだね。フォックスの合流も近い。もう一体くらいは用意しようかな」


 と言って、發は二人の肩に触れた。それに応じるように、少年が夫妻の後ろに回る。


「さようなら、御出間兄妹」

「ええ、それでは──」


 そう言って新狼が立ち上がった時、彼の首から上が喰われた。恐る恐る振り向いた新府は、魂喰がそこにいることを認めた。氷柱を出す──前に頭蓋骨を砕かれた。


「いやあ、よかった。死ぬ直前に魂を引っこ抜いておいて」

「この魂、まずいよ」

「散々殺してるからね、魂が穢れたんだろう」


 悪霊の支配者が見せる表情は、子の成長を喜ぶ父そのものだった。


「これで君に魔導式が付与された。勇人に対しても十分戦えるよ」

「でもさ、なんで二つ食ったのに手に入る式が一つなわけ?」

「彼らは双子なんだ。近親相姦を日常的に行い、法的に効力があるわけではないけど契りを交わした。そんな彼らの魔導式は二人で一つ。確か、結婚指輪が半径三メートル以内に存在する場合にのみ行使が可能、というルールを付与していたよ」


 愛情というものを知らない魂喰は首を傾げていた。


「いつかわかるさ。このまま成長していけばね」


 それはともかく、と悪霊は少年の姿に戻った。


「じゃ、ぶらぶらしてくるよ」

「夜中にうろつくべきじゃない。人間とはそういうものなんだ」

「ちえっ」


 柔らかく笑った發。


「虹川兄妹との連絡も終わった、慈我からの許可も得た……さて、始めようか」


 彼はそっと手を挙げた。


「虚獄・妖曼荼羅あやかしまんだら





 それは、突如として訪れた。抹香町全体を巨大な結界が覆い、光を放つ悪霊が空を泳ぐ。永遠の夜が訪れたのだ。しかし、ここで、少し昔の話をしよう。

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